September 27, 2016

昌幸逝く

「真田丸 第38話 昌幸」で、ついに草刈昌幸が亡くなってしまいました。
 
 九度山生活の10年、赦免を願い続けて衰えた晩年でしたが、私のイメージでは実際は表面上絶望を表しながらも、意外に楽しみを見つけていたのかもしれないと想像しています。けしてめげない人のような気がしています。
 
 最後は、主君であり師匠であった信玄公のお迎え旅立ちでした。幸せだったでしょう。最後まで武田武士としてのアイデンティティーを捨てない人生でした。
 
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 確かにそうかもしれない。
 武田武将の家来のそのまた家来だったであろう者の末裔として、共感します。
 
 私の先祖は姓の通り、ルーツが山奥だから足が強くて、物見か透破でもやらされてたんじゃないかな。
 
 スーパーヒーロー幸村(信繁)はたくさんありましたが、これほど真田昌幸をしっかり描いた歴史ドラマはこれまでほとんどありませんでした。
 たいていの歴史ドラマは、天下人をあたかも平和主義者や「いい人」にこしらえたものが中心でした。「そんなわけないだろ」と突っ込みながら観ていたので、権力者にはあまり関心がありません。
 
 私は戦国武将の中で昌幸が一番好きだったので、今回は大変満足です。
 
 いつか、若き日の昌幸と信玄を描いたドラマができることを期待します。
 
 草刈さん、お疲れ様でした。見事な演技をありがとうございました。
 

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September 24, 2016

山梨でELM講座開催!

 山梨のアドラー仲間、功刀京子さんが「勇気づけ講座ELM」を開きます。
 勇気づけの考え方、方法を学ぶよくできたプログラムです。本などでアドラー心理学を知った方は、具体的にその在り方を学ぶ絶好の機会ですので、是非ご参加ください。
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September 20, 2016

身体系個性化

 
 ユング心理学の観点から、アスリートや武術をする人の心の発達に迫ろうという本書は、ユングの最重要概念、「個性化」について、新たな修正を提案しています。
 
 個性化は、意識と無意識など様々な内的対立が統合、合一される「全体性の実現」を人生の最大の目標とすることです。一生をかけて、その人の実現されていないもの、隠されてきたもの、育ててこなかった可能性を改めて取り込んで統合することで、人生は完成すると考えるようです。大変魅力的な考えと思います。
 
 しかし、著者はその個性化の概念では十分ではないと考えたようです。どうしても心理学に関心のある人は、心の方に注目をしがちで身体の方からの個性化の道を射程に入れていなかったと、「身体系個性化」という概念を提案します。
 私も非常に共感するところなので、紹介します。
 
(引用開始)
 したがって、心と身体の調和を目指す試みは個性化のプロセスの一側面といえる。そのとき人のたどりうるルートは二つあるだろう。一つは、心のほうから入っていって身体との和解に向かうルート、もう一つは、身体のほうから入って心の統合に向かうルート。従来、前者を中心に、また後者をなんとなく含めて、漠然と個性化と呼んできた。心の専門家は一般に前者のほうにずっとなじみがあるからである。
 しかし、これではちょっと大雑把すぎないか。私は、後者には後者の独自性があるように思う。そこを区別してみると、特徴がもっと見えてきて、その種の個性化の促進につながるのではなかろうか。ここでは、前者のルートを心系個性化プロセス、後者のルートを身体系個性化プロセスと呼ぶことを提案したい。アスリート、あるいはスポーツや武道やボディーワークの愛好者は、基本的に身体系個性化プロセスを歩む人と見てよいだろう。 p11 
(引用終了)
 
 なるほど、です。
 アドラー心理学の「全体論」について考えるときにも参照できる視点と思いました。
 
 

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September 17, 2016

第2次上田合戦の描き方

「真田丸」は基本的に全面的に推しているのですが、前回「第36回 勝負」には、「あれ?」と物足りなく感じたのは事実でした。
 関ケ原が合戦シーンがなく、報告のみなのはいいのです。信繁目線に徹すれば、あれがリアリティーです。
 
 ただ、当の上田合戦が、せっかくの昌幸パッパ最後の戦で、信繁に戦略を伝授する場としたらもうちょっと物足りない気がしました。
 
 昌幸と本多正信の知恵比べは、中々良かったですが、信繁の奇襲が空振りのあっけない引き分けのような感じで終わったのはどうだったのでしょうか。
 
 第1次上田合戦と同じく、徳川方が手ひどい損害を被ったといわれていますが、ドラマでは小競り合い程度でそのシーンはなかったですね。
 最近の研究ではあんな感じだったという時代考証の結果でしょうか。
 
 と思ったのは私だけではないようで、真田の地元信州の学者さんのブログ「代替案のための弁証法的空間」で同じ感想がありました。本格的な考証をされているので、大いに参考になります。
 
 同記事によると、徳川方は本多正信と仲が悪い大久保忠隣らが上田城下に突撃して昌幸に返り討ちされ、正信はその責任をとらせるため大久保らの腹心の部下を切腹させたそうです。それがさらに両者の関係を悪化させ、後々徳川幕府成立後、本多家と大久保家の対立と悲劇を生むことにつながったのかもしれないとのことです。
 
 本多正信は、真田が挑発してくることを百も承知で、刈田に徹して決して挑発には乗らないように厳命してあったようです。
 対する昌幸は、現場の指揮官は激高すれば上官の命令なしでも、猪突猛進してしまうという心理を読んでいたのでしょう。しかも、現場にいたのは本多正信にはライバル心が強い大久保忠隣でした。はたして、昌幸の挑発にのって、徳川方の大久保忠隣隊や牧野康成隊は城下に乱入し、第一次上田合戦の二の舞を演じてしまうのです。

 昌幸の作戦を読んでいた正信ですが、昌幸はさらに現場の将兵の心理まで読み切っていたのではないか・・・・。そこは、正信よりも実戦経験豊富な昌幸の読み勝ちだったといえるのではないでしょうか。

 さて、その後のエピソードが恐ろしい。正信は、自分の命令がないのに、挑発にのって勝手に攻め込んだ将兵たちを軍令違反で厳しく処罰します。なんと、大久保忠隣の旗奉行であった杉浦文勝、ならびに牧野康成の旗奉行の贄掃部(にえかもん)に切腹を命じるのです。(この切腹命令のシーンは大河「葵・徳川三代」ではちゃんと描かれていました)

 それにしても、正信さん、切腹はひどすぎるのでは・・・と思わざるを得ないエピソードです。冷静な正信が思わずキレてしまうほど惨憺たる結果だったのでしょう。この昌幸と正信の知恵比べ、負けた正信の悔しさ・・・・こういった点を丹念に描いてくれれば、もっと深みが出たと思います。昌幸最後の大舞台として、すべてのパパ・ファンも満足できたことでしょう。

 大久保忠隣は、大事な家臣を切腹させられてしまい、正信に恨みを抱いたようです。その後、長く尾を引くことになる徳川家中での大久保vs本多の怨恨バトルは、第二次上田合戦のこの時に始まる、という説もあります。それが結局のちの大久保家と本多家の悲劇にもつながっていったのかも知れません。徳川家にとっても第二次上田合戦というのは、後々まで尾を引く家中の深い亀裂を残す結果になったようなのです。
 
 ちょっと豊臣時代の描写に時間を割き過ぎたところもあったかもしれません。ここはこれまでの真田信繁(幸村)のドラマにない視点だったので、評価したいところですが、時間と予算の都合もあったのでしょうか。
 
 これから一気に最終章です。これまで観察者だった信繁は、いよいよ本格的に舞台に乗ることになります。
 
 

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September 14, 2016

朝日カルチャーセンターでアドラー心理学講座

「真田丸」はできるだけ真田信繁の視点で描くという三谷幸喜さんの姿勢が貫徹されていました。関ケ原の戦いが全く描かれず、佐助の報告のみという扱い。その前の「犬伏の別れ」もそうでしたが、これまでの歴史もののお約束の描き方を裏切られるのが楽しみです。
 
 今年の関ケ原は西軍が勝つんじゃないかという噂がありましたが、やはり残念な結果になりました。
 次回に人気の石田三成と大谷刑部の最期が改めてあるみたいです。泣いちゃうかも。
 
 あと3か月、これから九度山の生活と大阪冬と夏の陣をやるなんて、時間が足りないんじゃないかな。なんならあと1年延長してもいいよ。
 
 さて、朝日カルチャーセンター湘南教室でまたアドラー心理学講座をやります。
 
  2016年10月1日(土) 15:30~16:30
 
 前回7月の第2弾ですが、もちろん初めての方でも全然大丈夫です。
 
 是非、ご参加ください。
 

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September 11, 2016

『身体系個性化の深層心理学』

 スポーツと心理学は、メンタルトレーニングやコーチングなどによって最近かなり密接な関係になっていますが、ユング心理学と結びついた大変稀有な本です。
 
 
 ユング派最強の技法といわれるアクティブ・イマジネーションを通して、一人のアスリート(トライアスロン)が成長をする事例を物語っています。
 私は大変興味深く、面白く読みました。
 
 精神分析学はリビドーという概念で、アドラー心理学は全体論で、身体性とある程度接続しようという方向性はありますが、ユング派はどちらかというと観念論的な印象がありました。「元型」や「集合的無意識」も身体的といえばそうですが、どうも実感しがたいものです。
 
 しかし、著者によれば、それはこれまでのユング派の人たちの関心のあり方の問題で、ユング自身は本来非常に身体性の強い人で、ユング心理学は深く身体の世界を探ろうという動機が強かったはずだというのです。
 実際ユングは、非常に凝った装飾と革張りの分厚い本を手作りしたり、大工仕事が大好きだったそうです。
 身体作業、物理的作業といえば、ユングの別荘作りも半端なものではなかった。彼はやはり数十年の歳月をかけ、自力でコツコツと別荘を建て、改築を繰り返している。石を切り出して、刻み、積むために、ユングは石工のギルドに入りさえした。この石造りの別荘はボーリンゲンの塔と呼ばれている。そこには電気も水道もなく、原始的な生活を送ることが想定されていた。この究極的とも言えるDIYに注がれたエネルギーを取ってみても、ユングは職人的な身体系個性化の人である。  p133-134
 これは確かに半端ない。だからこそ、当時にして錬金術、煉丹術(気功)、クンダリニー・ヨーガなどの東西の身体技法に並々ならぬ関心を持ったのでしょう。ユングが今の時代にいたら、中国か台湾で武術や気功の修業をしに来たかもしれません。
 
 ユング自身はどちらかというと、書斎にいて執筆に精を出すフロイトと、毎晩ウィーンのカフェで集う社交的なアドラーとは違うタイプだったのは明らかのようです。
 
 実際編み出した概念も、お坊ちゃんでお母さん大好きなフロイトは「エディプス・コンプレックス」だし、友達が多いアドラーは「共同体感覚」で、内向的で霊感が強そうなユングは「集合的無意識」だったりします。
 技法も、患者を寝椅子に横にさせるフロイトと、対面して活発な会話をするアドラーと、一人(もしくはそれを見守るもう一人と)イメージの世界に沈潜させるユングと、個性が際立っています。
 
 私自身はタイプとしてはユングに近いと思います。でもユング派にならなかったのは(大学のユング研究会に一時いたこともあるのに)、どうも肌合いが合わないというか、実践的でないというか、観念的な印象があったからです。
 
 実際、日本のユング派の先達は、ユングのこの辺りのところはあまりにも妖しい領域なので避けてきたような印象が私にはありました。それよりも、ユングの哲学的、ファンタジーなところを強調したり、箱庭などとっつきやすい技法を紹介することで日本に根付かせようと努力されてきたようにはた目には見えました。それは成功したといえます。まず、知識人、読書人層に受け入れられ、女性臨床家に多く受け入れられました。
 日本人は(特に女性は)、ユング好きが多いです。
 
 著者の老松先生は、現代のユング心理学の欠けているところを補おうと立ち上がった(?)のかもしれません。実際著者は、合気道や杖道をやっていた武術家です。さもありなん。
 
 実は6年ほど前の日本心理臨床学会の「武術と心理臨床」の自主シンポジウムにシンポジストとして出られ、私もご一緒したことがあります。私は今年と同じく太極拳を紹介し、先生は本書のモチーフにつながることを語られていたように思います。
 
 
 今回このような実践と研究の集大成を出されて素晴らしいと思いました。
 
 

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September 08, 2016

合気道と心理臨床学との接点

 7日(水)はかねてからお知らせしていた通り、パシフィコ横浜で開かれた日本心理臨床学会の自主シンポジウムにシンポジストとして参加しました。
「合気道と心理臨床学との接点」という、なんとも珍しいテーマ。
 知人の臨床心理士にして合気道家の掛井一徳先生の企画により実現しました。私は知り合いのよしみで呼んでいただいたのです。
 
 学会最終日の午後、普通ならみんな早めに家路につくか、横浜で遊ぶかするところ、テーマも極めてマニアックなので、誰も来ないんじゃないかと思ったら、30人も来てくれました。
 
 まず、掛井先生の企画趣旨説明と話題提供。
 合気道開祖、植芝盛平翁と掛井先生のやっている富木流合気道の紹介。
 なぜ、合気道と心理臨床が本質において通じ合うのかを論じていました。
 
 その後、なかおよしき先生(福井県スクールカウンセラー)の「学校臨床を戦術的に見立てる~空間定位の心理学という試み(2)」という話題提供。
 なかお先生は哲学科のご出身らしく、孫子の兵法と宮本武蔵などの兵学書と環境心理学とシステム理論を駆使して、教室での子どもや先生たちの動きをどう見立てるか、けっこう抽象的で高度な話をされました。でも難解なことをおもしろく語れる人みたいで、キャラクター共々楽しませてもらいました。
 
 しかもなかお先生はなんとマンガ家でもあり、学会員の人は『心理臨床の広場』という心理臨床学会発行の雑誌で四コマ漫画を描いている人といえばわかるかもしれません。
 古武術研究家の甲野善紀先生から学んだ人ですが、この後の二次会で聞いたらメチャクチャ高名な武道家、格闘家たちに会い続けている稀有な人だと判明。すごいインパクトの人でした。
 
 そして私が「太極拳と心理臨床」として、テーマの合気道ではないけれど、合気道と共通要因の多い武術として太極拳の紹介。今回のシンポの奥行きを与える役回りと思ったので、武術としての太極拳の説明と自分が得た体験、私から学んだクライエントさんの体験談のお話しをさせていただきました。
 
 最後が指定討論者の津川秀夫先生(吉備国際大学)の指定討論。
 津川先生はブリーフセラピーやエリクソン催眠の名手として知られていますが、実は若い頃から様々な武術を修行され、現在岩間流という、合気道の古くディープなところで研さんを積まれています。
 
 津川先生は「合わせ(ペーシング)」と「ずらし(リーディング)」が合気道と心理臨床の重なるところであると事例を交えて説明され、その他臨床上非常に重要なポイントをお話しされました。さすが、とても勉強になった。
 
 多分、これを読んでる人は、内容が何もわからないと思いますが、もし機会があればご本人に聞くか、次の機会を狙ってください。
 
 うれしいのは、シンポ終了後、「私も合気道やっています」「イギリスで太極拳をやったことがあります」といった武術家兼臨床心理士が何人も私たちのところに来てくれたことでした。ある大物家族療法家も来ていて、「とても面白かった、是非これを続けてほしい」とコメントしてくれました。
 
 けっこういけるテーマかもしれません。
 あるいはこれで何か本が書けそうです。
 
 芸は身を助く、と言いますが、私としては道楽のような好きなことで学会で話ができて感無量でありました。
 そして、武術を通すと、学派やアプローチの違いを超えて対話ができるのが何よりいいですね。
 

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September 05, 2016

学習会と学会参加

 先週末の9月2日(金)の夜は、山梨のアドラー仲間との学習会。小瀬スポーツ公園武道館の会議室でありました。
 初めての方も含めて15人も参加してくれました。
 
 実は久しぶりの会なので、各自近況報告を兼ねた自己紹介の後、まず私が5月に参加した北米アドラー心理学会(NASAP)の報告をしました。発表の資料やパンフレットなどをお見せしながら、どんな旅だったかを面白おかしく(し過ぎたか)お話ししました。
 日本の状況は皆さんよく知っているので、あちらの様子には興味を惹かれたようです。
 
 その後は佐藤丈先生の出版記念ミニ講話。
 先生は先頃、『勇気づけの教室を作る! アドラー心理学入門』(明治図書)を上梓されました。売れ行き好調のようで、アドラー心理学による学校教育の重要図書になることでしょう。
 
 佐藤先生は、小学校特別支援教室での印象的なエピソードを話され、みんな聞き入っていました。また参加者から事例を求めて、クラス会議形式の事例検討会を行いました。全員参加型の暖かい事例検討会になってとても良かったです。
 特別支援教育でのアドラー心理学の実践、クラス会議の実践はこれからのトピックになる予感がしましたね。
 
 昨日4日(日)は、横浜で開かれた日本心理臨床学会に行きました。
 
 自主シンポジウム「盗撮問題への心理臨床アプローチ~ブリーフセラピストのかかわり方」を見ましたけど、これは面白かった。内容的にここでは書けないですけど、スマホの普及により、盗撮問題は今とても深刻です。本人にとってはもちろん、家族や周囲の人たちにとっても大変な問題になります。だけど、本格的に扱うところはとても少ないのが現状です。どうやっていいかわからないところもあるでしょう。
 
 そんな中で、シンポジスとたちの実践にとても刺激を受けました。これは私も取り組まなければいけないと思いましたね。シンポで示されていたアプローチ(ブリーフセラピーとアドラー心理学、条件反射制御法を駆使して)でかなりいけそうです。
 
 あさって7日は、私が「合気道と心理臨床学の接点」というシンポジウムに出ます。今日資料作りをしてましたが、マニアック過ぎてどうなんだろう、という感じ。まあ、多分他の発言者も同じだと思うけど。合気道家と古武術修行者(甲野先生筋らしい)が出るので、どんな場になるのかとても楽しみです。
 多分普通の臨床心理士、ドン引きかもね。
 

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September 01, 2016

アドラー心理学基礎講座

 明治大学の浅井健史先生からがアドラー心理学の講座のお知らせをいただきました。
 
 星一郎先生、箕口雅博先生につらなる浅井先生のグループは、アドラー心理学とコミュニティー心理学と臨床心理学の接合を考えているようで、より専門的に学べると思います。
 
 是非参加してみてください。
 
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August 29, 2016

『先延ばしをやめる本』

 気がつくと大分更新が滞っていました。
 
 この間、原稿書きと9月の心理臨床学会の自主シンポのネタ作りをしていました。好きなことを気楽にやっているので、これについてはいいのですが、実は取り組みたいとは思っているけど、取りかかれていないことが数件あります。
 
 いわゆる先延ばしですね。
 
 岩井先生のブログでずっと以前紹介されていて、読んでいたのが和田秀樹著『先延ばしをやめる本』(だいわ文庫)。
 
 精神分析学の自己心理学で知られる和田先生ですが、実はアドラー心理学に最も共感を寄せてくれている精神分析家です。 『精神分析とアドラー』(アルテ)など、何冊も書いています。
 いつかお会いして語り合いたいですね。
 
 ということで本書ですが、先延ばしのタイプと対応方法が説かれています。「優先順位を決める」とか、当たり前といえば当たり前のことが書いてありますが、和田先生流に心理学を駆使ししてやさしく説いています。
 
 私には参考になったので、私のオフィスの「本貸し出しコーナー」に置いて、クライエントさんにも読んでもらえるようにしておこう。
 
 私は「性格的な引き延ばし」タイプかな、ようするに「めんどくさがり屋」。「不完全でいる勇気」がありすぎるというかね。
 他に「完璧主義」とか「計画倒れタイプ」、「言い訳上手タイプ」なんてあります。 
 
 これまで楽しいこともつらいこともいろいろ先延ばししてきましたが(人にはやりたいようにやっていると見えるらしいですが)、人生の後半になるともう先がないわけで、先延ばしからの脱却を図りたいと思っています。
 
 取りあえず、50代は臨床領域でのアドラー心理学の展開をできる限り進め、本を書いたり翻訳を出したりして、その後は若い頃学んでいた神秘主義思想、トランスパーソナル心理学をとらえ直して、古神道を極めることを考えています。
 
 ただこちらは来世に先延ばしになるかもね。

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«シンゴジラ、なかなか良かった