January 26, 2021

戦国呪詛合戦

 前回の『諏訪の神』に触発されて諏訪大社の話の続きになります。佳境を迎えた大河「麒麟がくる」に乗っかってもいます。

 今回同ドラマは、三方ヶ原の戦いも長篠の戦も「ナレ戦」というかセリフですっ飛ばしたので、その裏ストーリーになりますね。

 戦国武将が敵を倒すために神社仏閣に祈祷をしたことはよく知られています。当時は誰でもやっていたことです。

 神仏のご加護を得ると言えばきれいな言い方だけど、気に食わない奴を呪い殺そうとしていたと言えるわけです。

 織田信長も例外ではなく、天正10年(1582年)、武田勝頼をついに攻め滅ぼすときにも盛大に「呪詛」をかけています。

 平山優著『武田氏滅亡』(角川選書)によると、信長は正親町天皇や誠仁親王の協力も得て、奈良興福寺、石清水八幡宮、吉田神社、三千院、青蓮院、本願寺、そして伊勢神宮に先勝祈願の祈祷をさせています。

 まさに当時の宗教界・スピ勢力のオールスターです。

 これに対して、勝頼側の祈祷は同書には記されていませんが、当然諏訪大社をはじめとする甲信の武田領の寺社が行ったでしょう。

 何より諏訪大社は、勝頼を守るために必死の祈祷をしたかもしれません。

 なぜなら勝頼は、信玄の4男でありながら、諏訪家の血を継ぐ者でもあり、父の死で武田家を継ぐまでは「諏訪四郎勝頼」と名乗っていたからです。

 つまり勝頼は武田家の重臣であったと共に、諏訪大社の神主というか「大祝(おおほうり)」であったからです。当然祭祀などについても詳しかったかもしれません。

 まさに西の神々と東の神の対決ですが、しかしこの呪詛合戦はいかにも多勢に無勢な感じもします。

 しかも、ちょうどこの時、浅間山が大噴火を起こしたのでした。

 これは多大なショックを人々に与えたみたいです。

「浅間山噴火について、正親町天皇の祈祷により、信長に敵対する勝頼を守護する神々がすべて払われてしまった結果であり、この噴火は一天一円(世の中)が信長に従うようになる現象だと『多聞院日記』が記したのには、こうした背景があった。 p732」

 という記録があり、まさに信長側の呪詛が「効いた」結果とみんな思ったことでしょう。

 これを持って心理的には勝負がついたといえるかもしれません。武田側の人心も離れてしまったようです。

「朝敵」とされ、神仏にも見放されたイメージがついてしまった勝頼は、進退窮まります。

 この後信濃、甲斐に織田・徳川・北条が侵攻し勝頼は自害、武田家は滅びますが、上諏訪に到着した織田軍は方々に火を放ち、諏訪大社を焼き討ちして壮麗な伽藍は灰燼に帰してしまいました。勝頼が天正6年から7年にかけて、精魂を込めて造営したものだったそうです。

 ああ、もったいない。

 ところが、3月11日に勝頼が自害したわずか3か月弱の6月2日、本能寺の変で信長があっけなく討たれてしまいました。

 これを知って、諏訪大社関係者は大いに喜んだことでしょう。

「後に、神長官守矢信実は、本能寺の変で織田信長が横死したことについて、諏訪大明神の神罰であると断じている。 p641」

 そう思ったのも当然でしょうね。

 結局ほとんど同時期に二人は相次いで殺されたわけで、このサイキックな戦い、呪詛のかけ合いは引き分け、両者痛み分けに(というより両者痛い結果に)なったといってよいでしょう。

  

 

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January 22, 2021

『諏訪の神』

 全国にあまたある神社の中で諏訪大社は、とても特異な位置にあるようです。巨大な丸太を坂から落とす「御柱祭」がその代表的なイメージですが、その他にも奇妙なというか、よくわからない謎がいくつもあります。

 どうもそれは、現在諏訪大社に祀られている建御名方神(タケミナカタノカミ)だけではなく、それ以前にこの地方にはミシャグジ神という確実に縄文につながる古い神々への信仰があり、極めて長い歴史が重層的に諏訪の神道を作り上げたからのようです。

 戸矢学著『諏訪の神 封印された縄文の血祭り』(河出書房新社)は、神道関連で何冊も出している著者による諏訪の神道の謎解き本で、とても面白かったです。

 例えば著者によれば、諏訪の神はどうやら天津神系(天孫族、皇室に連なる流れ)、国津神系(出雲系、それ以前の土着の流れ)でもない異端の神ではないかということが指摘されています。

 建御名方神は『古事記』には確かに登場しますが、日本の正史である『日本書紀』や出雲自らが選録した『出雲国風土記』には全く登場しないからです。

 そして『古事記』に出てくる建御名方神の話は、いかにも不自然です。

 歴史上、諏訪大社、そこに祀られる建御名方神は戦の神、軍神、武神として崇められてきました。坂上田村麻呂、源頼朝、武田信玄、徳川家康というまさに錚々たる面々、彼ら自身が戦神みたいな武士たちが篤く敬ってきたそうです。

 それほどならば、その建御名方神はさぞかし強かっただろうというと、神話上は何とも情けない負けっぷりなのです。

『古事記』に詳しい人はご存知だと思いますが、こんなお話しです。

 天照大御神が葦原の中つ国を「ちょうだい」とリクエストした「国譲り」の時、大国主命は息子の二人に「どうする?」と聞いたら一人は「しょうがないね」と受け入れたものの、建御名方神は「許さん!ありえへん!」と大反対、しかし強引に迫ってくる天照大御神が派遣した建御雷神(タケミカヅチノカミ)と勝負したら、軽々と吹っ飛ばされてしまいました。
 フルボッコされて恐れおののいた建御名方神は信濃の国の諏訪(州羽海:すわのうみ)まで逃げて、「参った、参った、殺さないでくれ、私はもうこの地を出ることはない、葦原の中つ国は天照大御神に献上する」と命乞いをして、国譲りはなったのです。

 建御名方神、全然強くない。メチャクチャ弱いじゃん。

 なんでこれで諏訪大社は軍神と呼ばれるのか、実はこれは長年の私の疑問でもありました。

 諏訪大社は隣県にあるので何度も参拝していますが、『古事記』の諏訪の由来は、「なんかやな話だな」とずっと思っていました。

 武運長久、勝利を祈っても聞いてくれるのかしら、なんて考えちゃいそうです。

 著者の読みは、これほど諏訪(建御名方神)を貶めるには何か目的があるはず、つまり、こんなに情けない建御名方神は『古事記』にしか出てこないのだから、『古事記』のその話は後から創作されて取ってつけたものではないか、ということです。

 なるほど。

 ではどんな目的でしょうか。

 当時、諏訪を中心に信越辺りを支配していた強大な勢力でモリヤ氏というのがいたらしい。当時のことだからモリヤ氏は祭祀王でもあるので、諏訪は宗教的な一大中心地でもありました。諏訪大社の近くには守屋山があり、本来は諏訪大社のご神体だったようです。

 大和朝廷はモリヤ氏が強大なので武力征服をせず、懐柔して諏訪の地の安泰を保証し、代わりにそこから出るなと誓約させた。古事記のストーリーはその「封印」をアピールするためだったのではないか、ということです。

『古事記』が一般の目に触れるようになったのは江戸時代以降で、それ以前はそんなひどいストーリーは誰も知らないわけで、人々には古代から続く諏訪の神の強さだけが伝えられていて、無意識的に諏訪大社と言えば軍神として認識されていたのかもしれません。

 一方の建御名方神をやっつけた建御雷神は鹿島神宮に祀られているのは周知のとおりですが、建御雷神は当時政権を掌握していた藤原氏が氏神として祀っていたそうです。だから藤原不比等の意向がそこには働いたのかもしれないと著者は推理しています。

 藤原氏に忖度したなんて、大いにあり得ます。

 興味深いですね。

 我らが日本国のスタートになる有名な出雲の国譲りに、諏訪の服属ストーリーも忍び込ませたということでしょうか。

 諏訪の神の正体をもっと探りたい人は、本書で「妄想」を膨らませるのもいいと思います。

 古代史の楽しみ方ですね。 

 

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January 19, 2021

刀剣を愛でる

 現在山梨県東部の都留市にあるミュージアム都留で、日本刀の名刀を集めた非常に素晴らしい展示が行われています。

 先日行ってきました。

 崇高なる造形ー日本刀 名刀と名作から識る武士の美学

 私は日本刀について全く詳しくはないのですが、やはり武術を学ぶ身としては最低限の教養は身につけておきたいものです。

 館内では丁寧な説明書きがあり、私が入った時にたまたま学芸員さんの解説を聞くこともできて大変勉強になりました。

 宮本武蔵が作ったという鍔も展示されています。

 他の装飾が入ったりして権力や権威を感じさせるものと違って、さすが無駄を省いたスッキリとしたデザインでした。

 一見の価値があります。

 1月24日(土)までなので、関心のある方は是非お訪ねください。

 写真は何の刀かは忘れてしまいました。重文じゃないかな。メモすればよかった。

 撮影OKなので、たくさん撮りました。

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January 17, 2021

仏教の未来

 仏教が好きな人はいまだに多いと思いますが、余程熱心な人でなければ教義を丸ごと信じている人は少ないんじゃないかと思います。

 西方浄土が本当にあるとか、何とか観音とか菩薩が存在するとか、〇〇を唱えれば救われると信じている人は少なくとも私の身近にはいないようです。因果応報といった社会道徳的な考え方や、座禅をして心が鎮まるみたいな心の持ち方みたいなところを仏教の教えととらえているのではないでしょうか。

 葬式仏教と揶揄される日本の仏教界も、「これではいかん」といろいろな試みがなされているようで、時折仏教者からの発信を耳にします。

『集中講義 大乗仏教』(NHKブックス)の著者・佐々木閑先生は最終章「大乗仏教はどこへ向かうのか」で、その辺を考察しています。

講師 これからの時代は、科学的に証明できるか否かがすべての物事の判断基準となるため、仏教はおそらくこの先、どんどん変容を迫られることになるでしょう。それで、どんな方向に向かうかと言えば、科学とうまく擦り合わせできないことを「心の問題」に置き換えて解釈するようになっていくはずです。それは仏教にかぎったことでなく、キリスト教やイスラーム教も同じです。そしてやがては、世界の宗教は「こころ教」とでも呼ぶべきものに一元化されていくと私は考えています。  

青年 「こころ教」とは、具体的にどんな教えを説いたものなのですか?

講師 科学と擦り合わせできない教義を掲げても誰も信じないので、絶対神の存在や、輪廻、業、浄土といった神秘的な概念は次第に薄まっていき、最終的には「今をどう生きるか」を示す単純なものになっていくと思われます。  p189

 確かに最近のリーダー的な、あるいは若手の仏教者や宗教者の発言は、ほとんどカウンセラーや心理学者と変わらないですね。ただそこに、歴史や伝統の重みというか権威性がまとわれているという感じです。受ける側は、大学の研究室で言われるのと、お寺で言われるのとどちらが好きかという違いだけのような気がします。

 ただ、そこには難しさもあって、

「こころ教」のキーワードは「心」と「命」、動詞でいうと「生きる」です。最近の仏教宗派が掲げるキャッチフレーズをみると、「生かされている私の命」「命が心を生きている」といった意味不明で、しかし口当たりのよい言葉ばかりです。・・・(略)・・・なんとなくよいことを言っているように聞こえるので、すっと心に入ってくるのです。しかし、すべての人の心に軽く入っていく教えとういのは、じつは何も言っていないのと同じです。その宗派の教義と関係のないありきたりの標語だからみんなが受け入れるのであって、受け入れたところで、一時の気休めになるだけで何の役にも立たない。それが「こころ教」の本質です。  p189-190

 と手厳しいことも言っています。

 なかなか難しいところですね。

 つまり仏教単独の、あるいは各宗派の教えの救済力がなくなってきたということです。一般の人々みんなもそれを承知して、仏教と付き合っているのが現在でしょう。

 そしていずれは、「こころ教主義者」と一部の「宗教原理主義者」の二極分化が起こるだろうとおっしゃっています。

 私も妥当な推測だと思います。

 あと、意外と葬式仏教の部分は形や様式、コストを変えても生き残っていくと思います。やはり人は死は免れないもので、その処理(遺体の扱いとかいわゆるグリーフケアとか)は大変です。そこに仏教者や宗教者のかかわりは求められるでしょう。

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January 13, 2021

大乗仏教とは

『集中講義 大乗仏教』(NHK出版)には、「大乗仏教は、本来の釈迦の教えとは異なる別個の宗教である」とあります。

 著者の佐々木閑先生は、それを別に否定しているわけではありません。

 本来一つであったお釈迦様の教えがいくつにも分かれていったことを「よくないこと」と感じる人もいるでしょう。しかし、様々な選択肢を含んだバラエティ豊かな宗教になったことで、仏教がより多くの人を救えるようになったと考えれば、逆にプラスととらえることもできるのです。 p27

 もし釈迦入滅後、徐々に分派していった部派仏教から、釈迦の言うことを無視したかのように仏教が展開しなければキリスト教やイスラム教に並ぶ大宗教になることはなかったということです。そして、古代インドの時代からどんどん経典が捏造ならぬ「創造」されていきます。

 長い歴史のどこかで「昔から伝わっているお経には書かれていないけれども、論理的に正しければ、それは釈迦の教えと考えてよいのではないか」と主張する一団が現れます。
 これはつまり、「今までにない新しいお経を作って、それを釈迦の教えとして広めてもよい」ということですから、この考えが一度認められてしまうと、もう流れを止めることはできません。それまではなかった新しい考えを、釈迦の教えとして主張する人が次々に出てきて、いつの間にか全く異なる仏教世界(大乗仏教)が誕生することになったのです。 p29

 論理的に正しければ仏教にしちゃおう、という鷹揚さが仏教の特徴かもしれません。それが日本では神道というさらにゆるい民俗宗教と融合して、世界にまれな独特な姿になったのでしょう。

 本書は代表的な経典と宗派の歴史と論理を明快に解説していて、面白いです。

 臨床で瞑想をクライアントに教えたり実践する人は最近増えていると思いますが、仏教の思想についても最低限の知識を持っていた方がいいと思います。いまやアメリカ人の方が仏教について詳しい状況ですよ。

 

 

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January 11, 2021

山梨学院高校優勝!

 今日1月11日、全国高校サッカー選手権で、山梨代表の山梨学院高校が優勝しました。

 おめでとうございます!

 毎試合、PK戦の連続でしびれましたね。

 山梨学院高校の母体、学校法人・山梨学院は甲府市東部の酒折(さかおり)という町にあり、幼稚園から小中高大とキャンパスが散在しています。

 実は私はその酒折の育ちです。

 山梨学院高校は、私の実家からほんの数十メートルのところ、学校の裏口まで歩いてなんと1,2分。

 放課後は吹奏楽部の音がよく聞こえてきます。

 子どものころから、学院大学のグラウンドで野球をしたり凧揚げをして遊んでいました。

 今の私のオフィスは、山梨学院大学の目の前です。

 そして娘は山梨学院高校卒のOBです

 そしてそして、私もOBです。山梨学院大学付属幼稚園卒だから、広い意味ではOBといっていいよね(笑)。

 そんなご縁がいっぱいのご近所さんが、全国を制したのだから誇らしいですね。

 いやあ、よかったです。

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January 06, 2021

『集中講義 大乗仏教』

 今年最初のブックレビューは、仏教の本です。

 初詣の時期でちょうど良いでしょう。

 ただ、今年はやはりコロナで初詣もなかなか行きにくい状況ですね。

 そしたら昨年末になんと、「早めの初詣を」と年明け前の参拝を勧める神社仏閣のニュースを見ました。

 いくら何でも「初」じゃないだろうと思いますが、それでも神頼み、仏頼みしたい人は詣でたのでしょうか。

 私は、コロナ禍で参拝者激減による収入の激減を何とか押しとどめたいためではないかと踏んでますけどね。

 そういった日本独特の風景とも関連があるかもしれません、日本の仏教はなぜ日本の仏教なのか。

 変な疑問文ですが、日本の仏教が元々の仏教からかなり離れた独特の姿をしていることは、以前から言われていたことです。

 私のように多少読書する人間なら、日本史を通して仏教の受容の歴史、各宗派の勃興時期やその創始者たち(空海やら親鸞やら)を知っているでしょう。

 私も釈迦の人生や仏教の基本的な教えくらいは知っています。八正道とか。座禅だって経験があります。古寺巡りも大好きです。

 また、臨床心理界隈では、仏教由来のマインドフルネス瞑想が大流行りです。その関連で、さらに仏教と心について学びを深めたい人はタイやミャンマーの上座部仏教に関心を持ったり、中には中村元先生などの原始仏教の研究に当たる人もいるでしょう。

 そんな中では、「葬式仏教」と揶揄される日本の大乗仏教は分が悪い感じがします。特に心理学や哲学に関心を持つようなけっこう知的な人たちには。

 でも実際の日本人の大半は、今の日本的大乗仏教を好み続けているような気がします。別に問題を感じている人は少ないんじゃないかな。葬式の時に戒名料が高いなと不満を感じるくらいで。

 日本の仏教は、「京都や奈良っていいよね」「やはり日本文化は素晴らしい!」という思いを支えてくれるネタとなっています。

 それだけは満足できない、もう少し大乗仏教の歴史や考え方を知りたい人には、素晴らしい入門書があります。

 佐々木閑著『集中講義 大乗仏教 こうしてブッダの教えは変容した』(NHK出版)

 著名な仏教学者による仏教の紹介ですが、対談形式で「今さら聞けない素朴な質問」に答えてくれています。

 釈迦の仏教から大乗仏教へ至る歴史、般若経、法華経、浄土教、華厳経、密教について、それぞれに内在する論理を解説してくれています。

 とても頭が整理されて勉強になりました。

 次回に中身を少しメモします。

 

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January 02, 2021

謹賀新年

 明けましておめでとうございます

 今年は波乱、試練の年となるか、意外にすんなり乗り切れるか。

 自分のあり方が問われる年になりそうです。

 取りあえず大学の講義や目前の研修、原稿の執筆が落ち着いたら、遅まきながらYouTubeチャンネルを開設しようかな。

 YouTubeは私の携わる領域だと公共性の高さがあるので、出すには内容の精査が必要に思えます。作るのもブログの方が手軽で、テキトーなこと言っても大丈夫そうなので自分向きだと思います。ただ、表現の手段は多く持っておくのもいいかもしれないとも思っています。

 今年も、よろしくお願いいたします。

 写真は私の実家付近からの富士山です。

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December 31, 2020

富士に冠雪

 暮れも押し詰まって、所用で富士北麓地方に出張りました。

 河口湖畔で富士山を撮影。曇り空でしたが、富士山がくっきり現れていました。曇りの日は見えないことが多いのですけどね。

 今年は寒くなってからもなかなか冠雪がなかったのですが、ようやく冬の富士山らしくなってきました。

 今年はこんな感じの、どんよりした日本でしたね。

 来年はどうなることやら。

 また、よろしくお願いします。

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December 29, 2020

コロナで儲けた人たち

 前回は、今年はひどい年だったと独り言ちましたが、もちろん全員がそうだというわけではありません。

 当然、この時代に求められることにうまくマッチすることができて盛り上がったり、儲けたり、ポジションが上がった人たち、企業がいるはずです。

 でも「コロナで儲けた」とは言えないので、黙っていることが多いでしょう。

 それが悪いと言っているわけではなく、むしろこの困難な社会に貢献してくれているなら賞賛すべきことですね。

 ジャーナリストの中野博さんのYouTubeチャンネルで、コロナで儲けた人を紹介しているのが面白いので、良かったら参照してください。

【ヤバイ真実】2020年コロナバブルで儲けたTOP5、日本版、世界版を分析!

 この通りだと思います。

 やはりIT関連、検査・衛生関連がその最右翼ですね。消毒薬やマスクなど売れに売れたでしょう。

 例のGAFAだけでなく、BATHというのもあるらしい。バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイなどの中国のIT関連企業のことです。

 陰謀論的には、ビル・ゲイツはこのパンデミックの仕掛け人の一人に疑われているので、ちょっとムッとしますね。

 そして中野さん的には最も儲けたのはズバリ、中国共産党と金融業、投資家だそうです。

 なんというか…

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