November 10, 2018

アドラー心理学の未来

 少し前に紹介した『Adlerian Psychotherapy』の終わりの方に、アドラー心理学の課題、未来のあるべき方向性を考察した章があります。著者以外にアメリカの主なアドレリアンが答えていて、いろいろな意見があるのが興味深いです。

 例えば、著者は次のように言っています。以下、意訳、要約します。

・もっとアドラー心理学についての調査や研究をしたり、奨学金によって、エビデンス・ベイストのアドラー心理学(Adlerian evidence-based psychotherapy)の輪郭を描き出すことが必要である。

・アドラーのアイデアは、スクールカウンセリングの分野でよく確立されている。ペアレンティングやコンサルテーションや子どもの発達に関するガイダンスに力を入れているからだ。

・アドラー心理学は二つの領域に特に適している。一つは多文化やコンテキストを考慮しなくてはならない領域と、ポジティブ心理学のような成長志向、ストレングス志向の領域である。

 科学的なアドラー心理学を目指す著者に対して、ドライカースの娘、エバ・ドライカース・ファーガソンは、反対のようです。

・多くのセラピストは症状とそれを楽にすることに焦点を当てすぎている。アドラー派のアプローチは、長期的な社会・認知的な変化(long-term social-cognitive changes)を目指すものだ。所属とか意味の感覚を。

・アドラーの社会変革の強調は、未来の心理学でも生き残っていくだろう。

 反対にロイ・カーンという学会誌の編集長は、

・アドラー派のライターや研究者は、もっと他の認められたジャーナルで発表するべきだ。

・アドラー心理学を教える専門家、学部が必要である。

・アドラー心理学は大学をベースにしないと、その理論は心理学のテキストの中のただの脚注に過ぎなくなってしまうだろう。

 とまで言っています。

 このようにいろいろな意見があり、アドラー心理学の未来に対してある種の危機感を抱いている人もいるようです。面白いので、次回以降もメモしようと思います。

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November 07, 2018

「創立30周年記念の集い」に参加

 11月4日(日)、東京・竹橋、平川門近くの如水会館というところで開かれた、「公益財団法人日本臨床心理士資格認定協会創立30周年の記念の集い」というのに出席しました。

 臨床心理士の資格を出す団体で、臨床心理士ができて、もうそんなに経つのですね。

 私はこれでも山梨県臨床心理士会会長なので、一応県代表ということで参加させていただいたわけです。

 心理臨床界、臨床心理士界の有名な先生がたくさんいらして、関係者で会場はいっぱいで、精神分析でもユング派でも認知行動療法でもなく、どこの学閥にも属していない一人ぼっちの私は、居場所感なく身を縮めておりましたよ。

 ただ、立食パーティーの料理は大変美味しくて、所在なさげにしていた割には食べまくって、お腹は大変満足でした(笑)。

20181104

 そうこうしているうちにブリーフセラピー関係の知っている先生を見つけたり、近隣の県から来た先生もいて、「おたくは公認心理師の会をどうするの?」と情報交換をしました。

 そう、関係者はわかると思いますが、国家資格の公認心理師がこの冬に正式に生まれたら、その職能団体をどうするか、各都道府県で問われることになります。多くは各県の臨床心理士会が主導しながら、何らかの組織を立ち上げることが多いと思いますが、なかなか難しいところがあります。

 大変頭の痛い問題です。

 臨床心理士そのものがどうなるかもみんなの関心のあるところだと思いますが、認定協会のスピーチを聞くと、公認心理師よりも専門性の高い資格として生き残りを図っていこうとしているように感じられました。

 確かに、多分それしかないだろうと思いますが、臨床心理士が今のような心理職の代表的資格としての隆盛はなくなるだろうと思います。

 30周年という記念の年に奇しくも新しい国家資格が誕生というわけで、時代の流れも感じた時間でした。

 次回40周年もあれば、料理も美味しいし、また出たいです(笑)。

 

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November 05, 2018

『臨床アドラー心理学のすすめ』重版!

 前記事でアメリカのアドラー心理学のテキストを紹介しましたが、日本にもあるのですよ。

 何を隠そう、私も書いてます。

 その一つ、 『臨床アドラー心理学のすすめ』(遠見書房)の第2刷りが出ることになりました。初版は1,000部だったということで、専門書にしては上出来だと思います。3000部出ればベストセラーといいいますからね。

 アドラー自身の本は岸見先生訳で、アドラー心理学の自己啓発、子育て系は岩井先生関係の著者たちで充実していますが、臨床本は類書があまりないので(そのほとんどに私が絡んでますが)、当分日本のその分野では本書が基本テキストになり続けるでしょう。

 特に遠見書房さんは心理系の学会によく出店しているので、これからもより専門家の方に見ていただけるかもしれません。ロングセラーになる予感です。

 カウンセリング関係の方、是非お読みください。

 アマゾンにない場合は、書店か直接遠見書房にご注文ください。

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November 01, 2018

『Adlerian Psychotherapy』

 先週末はヒューマン・ギルド岩井俊憲先生が山梨に来県し、「アドラー心理学ベーシックコース」を開催していました。山梨のアドラー仲間の森崎千秋さんが主催し、20人もの参加者があったようです。

 小さい県とはいえ、山梨のアドラー心理学は人材が豊富で充実しています。さらに仲間が増えてくれたようで、うれしいですね。

 私も学びをさらに進めていきたいところです。まず基礎が終わったら、次はカウンセリングを学ぶ人が多いでしょう。本格的にアドラー心理学によるカウンセリングや心理療法を学びたい人に絶好の入門書があります。

 Jon Carlson and Matt Englar-Carlson 『Adlerian Psychotherapy』

 新宿の紀伊国屋書店の洋書コーナーをぶらぶら歩いていたら見つけたのでした。なんと日本で買えるとは。

 アドラー心理学の代表者的立場として、APA(アメリカ心理学会)でも活躍したジョン・カールソン先生が著したものです。残念ながらカールソン先生は昨年だったか、亡くなってしまいました。

 本書には、アドラー心理学の歴史や理論から、具体的な方法、事例まで、しっかりと説明されています。

 英語としり込みしなくても大丈夫です。本書は他の英語のアドラー本に比べても格段にやさしく書かれています。ちょっと驚きました。高校生くらいの力があれば十分だと思います。

 読んでみましょう。

 

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October 29, 2018

『ウクレレきよしの歌謡医学エッセイ』

 昭和歌謡をヒントに人間心理、面接の極意を語る、とても面白い本です。

 長田清『ウクレレきよしの歌謡医学エッセイ 歌は世につれ予は歌につれ』(幻冬舎)

 著者は沖縄出身、沖縄で活動している精神科医。ブリーフセラピー関係の会報誌にとても面白いエッセイを書いていたので、何となく存じ上げてはいました。それが歌謡曲、ポップスにこんなに造詣の深い人だとは知りませんでした。「

 懐かしのメロディーにはよりよく生きるヒントが隠れている。

 昭和歌謡にまつわる自身のエピソードを織り交ぜ、精神科医のストレングス(強み)で歌詞から人間心理を読み解く。  

 中条きよしの『うそ』に直観力を感じ、SMAPの『世界に一つだけの花』に解決志向アプローチ、『 Let It Go~ありのままで~』にマインドフルネスの概念をみる。

 沖縄在住・精神科医の捧腹絶倒エッセイ    (帯より)

 今年の日本ブリーフセラピー学会の懇親会で、この長田先生が舞台でウクレレを抱えて気持ちよさそうに歌っていたのを見て、翌日出店していた書店で早速買い求めて、サインをいただきました。本の通りに気さくで、腰が軽くて、面白い先生でした。

 面接や仕事で疲れた合間にどうぞ。

 

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October 26, 2018

『アンゴルモア』

 白川伯王家については面白いことがいっぱいあるのですが、追々お話ししていきます。

 それにしても私は、武術にしてもアドラーにしても、普通の人が目をつけないところ、しかも一見異端だけど実は保守本流といったものに縁があるものだと、つくづく思います。日本思想の根幹に触れている毎日です。

 さて、日本国と関係あるといえばある楽しい本のご紹介、珍しくコミックです。

 『アンゴルモア 元寇合戦紀 第10巻』(たかぎ七彦作、角川書店)

 鎌倉時代の元寇(文永の役、1274年)を描いた珍しい作品で、実はずっと読んでたのです。

 蒙古の大軍に襲われる対馬の人たちの絶望的な戦いを描いたものですが、「義経流(ぎけいりゅう)」の使い手の主人公の侍(元御家人)の活躍が痛快です。

 鎌倉幕府に対抗した勢力にいたことから対馬に流された主人公や一癖も二癖もある流人たちと対馬を守る宗氏の人々、元軍を構成するモンゴル人と朝鮮の高麗人との確執なども織り込まれ、重層的で読みごたえがあります。

 アンゴルモアは、かのノストラダムスの「アンゴルモアの大王」から取ったのでしょうか。ヨーロッパを震撼させた蒙古軍の酷薄な雰囲気もいいですね。

 史実は相当悲惨だったはずなので、中途半端なハッピーエンドにしなかったことは評価したいと思います。まあ、子どもは読まないほうがよいでしょう。

 この夏にはアニメ化もされていたそうですが、私は不覚にも知らなくて最近ちょこっとだけ見ました。

 10巻で第1部が終わったそうで、次はいよいよ九州が舞台らしいです。

 新シリーズも楽しみです。

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October 22, 2018

祓いと鎮魂

 では白川神道(白川伯王家)は、何を具体的にしているのか。なぜ、トランスパーソナル心理学と関わるのか。公になっているところで、簡単に説明します。

 神道ですから、核になっているのは「お祓い」「鎮魂」です。

 でもその中身は、一般の人のイメージとはだいぶ違うでしょう(私もそうでした)。

「祓いとは、4つの祓い言葉(三種祓、身禊祓、大祓、一二三祝詞)を奏上し、「空」の意識を作ることを目指している(仏教の悟りの境地と同様と思われる)

祓いによって、あらゆる罪穢れをを祓うことによって、意識が変容し、平安清明な心の状態を体感する。そして、過去も未来も内包した「中今(なかいま)」に意識を置けるようになり、中今から言霊を発動する」(当日資料)

 つまりお祓いは、神社で神主さんにやってもらうものではなく(別にそれでもいいですけど)、自らが意識の修行のために行うものなのです。自ら祓い詞と祝詞を唱え、自分と向き合う作業です。

 だから私も、長い祓い詞を覚えました。朝、仕事の前に、ある作法と共に唱えています。ちょっと変わった光景かな。まさか自分が、祝詞を唱えられるようになるとは思わなかった。

 そして、鎮魂は神道における重要な瞑想法です。

 鎮魂とは、一般的に死者の霊を慰める(レクイエム)ことを指すが、同時に生者の魂を鎮めることも含めている。

 鎮魂を行うことで、様々な感情や観念に囚われ分離してしまった魂(五魂)を統合し、神を迎える器・社(やしろ)をつくることを目指す。(当日資料)

 方法や細かいところは省略しますが、端的にいうとまさにマインドフルネス瞑想です。しかも仏教の瞑想とも共通点が多くありながらも、やはり和というか日本的というか、独特の味わいがあります。

 私自身、これまでいろいろなタイプの瞑想や意識変容法を体験しましたが、このお祓い、鎮魂をやると、速やかに意識がスッキリして、まさに平安清明な感覚になれるのです。「これはいいな」と実感したので、七沢研究所の人たちと研究や検討を重ね、世間に紹介するべく、今回の発表に至ったわけです。ここなら、瞑想好き、修行好き、スピリチュアリティに造詣の深い人、しかも学術的な理解のできる人が多いはずだからです。

 会長には諸富祥彦先生(明治大学教授)がいらっしゃるし。今回もめちゃくちゃ面白いプレゼンをしてました。

 私たちの発表の後には、占星術とユング心理学で著名な鏡リュウジ先生が登壇していました。ユングがいかに占星術に傾倒していたかを説明していて、とても興味深かったです。

 しかも私たちの発表の座長には、ケン・ウィルバーのインテグラル理論の紹介者・鈴木規夫先生が務めてくれました。私は若い頃ウィルバーのファンだったので、お会いできて大変うれしかったです。

 鈴木先生からは大変鋭く、しかし好意的なコメントをいただきました。

 私の知る限り、トランスパーソナル心理学のバックボーンはユング心理学とウィルバーの理論が中心で、実践的には各種サイコセラピーと仏教系の瞑想のハイブリッドだったように思います。

 そこへ足元の日本独自の瞑想と意識開発法を紹介したのは、新味があり、意義があったかもしれません。発表終了後、何人もの方が挨拶と名刺交換に来てくれました。

 これからも折に触れ、いろいろなところで紹介していきたいと思っています。

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October 19, 2018

神道の深い流れ

 では、私たちは日本トランスパーソナル学会で何を発表したのか、その概要をお伝えします。

 一言でいうと「古神道」と呼ばれるジャンルです。神道にも流派、系譜というものがあるのです。それは現在の神社本庁が管轄していて、私たちが普段目にする神社とはやや異なり、現政権を裏で支えている、ある政治集団の国家神道的なものとも明確に違います。

 もっと日本の歴史の奥深くに根差したものです。そのエッセンスの部分はおそらく縄文にまでさかのぼり、民衆の信仰形態に影響を与えながらも、宮中でひっそりと伝えられてきた神道の系譜です。

 私もその存在を知り、学ぶまで、全く知らなかったので大変驚きました。

 白川伯王家、いわゆる白川神道(伯家神道)です。

 歴史的には平安時代、第65代花山天皇により、宮中祭祀を司る神祇官の長として任命されたのが、白川伯王家だったそうです。
「宮中内侍所、皇霊殿の奉仕、天子摂関等に御拝を伝授。全国の神社の統括」をしていたそうです。

 江戸時代には少しずつ宮中から外部にその内容が伝えられるようになり、あの国学者の平田篤胤が「学頭」を務めていたこともあったそうです。だから僭越ながら、平田篤胤は私の師匠筋(?)に当たることになりますね。

 それが幕末から明治の動乱期には、孝明天皇の命により、当時の白川伯王家の学頭・高濱清七郎が宮中を後にして京を脱出するというドラマがあったそうです。

 しかし明治5年に新政府は、神祇制度を廃止してしまい、宮内庁、神社庁を設置したので、白川神道は宮中に戻ることなく、細々と民間で伝承されることになりました。

 そして現在その命脈は、なぜか京都でも東京でもなく、山梨は甲府に残りました。甲府在住の七沢賢治先生が、明治時代からそっと伝えられてきた流れを継承していたからです。

 そのような歴史をまず、お話しました(発表者は私ではなく、渡邊氏)。会場は40人近くが集まり、みんな初めて聞く話に身を乗り出すかのように、大変熱心に聞いてくれました。

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October 16, 2018

トランスパーソナル学会に参加

 10月14日(日)、明治大学駿河台キャンパスに行きました。

 日本トランスパーソナル学会第13回大会に参加、発表するためです。私にとって初めての参加、発表です。その様子を報告します。

 トランスパーソナル心理学は若い頃、随分熱心に学んで、大学の仲間と勉強会をしたり、日本の代表的な紹介者、吉福伸逸さんのWSに参加していました。
 しかし、その後児童福祉や精神医療の「普通の」臨床現場に入ったことで、トランスパーソナルとは縁遠くなってしまいました。

 そしてアドレリアンになって、臨床心理士になりました。

 だから現在のトランスパーソナル事情をうかがう絶好の機会にもなると思って、楽しみにしていました。

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 明治大学・リバティタワーの入口です。高く立派な建物で、昔の明大校舎のイメージがあったので随分新しく、きれいになってビックリです。発表会場はこの11回でした。

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 入り口の案内です。

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 会場入り口の貼り紙です。こういうタイトルなんですよ。なんでしょうね、妖しいですねえ(笑)。

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 始まる前の会場です。少なく見えますが、40人近くの方が来てくれました。

 この世界では著名な先生が何人もいらっしゃたようです。本学会では初めてのテーマ、内容なので関心を引いたようです。

 では具体的にどんな内容を発表したのか、最近の私が関心を持っている古神道について次回以降お話ししていきます。

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October 12, 2018

脳のモジュール構造と自閉症

 前記事の小林朋道著『進化教育学入門』(春秋社)から。

 人の知能はいろいろな知能の種類からできているという「多重知能論」というのが今の心理学の定説となっていますが、それを進化心理学がさらに進めて、「進化的適応」という観点から、人は生きる環境に適応でき、繁殖できるためにさまざまな「課題専用モジュール」を脳に作り上げたと考えたようです。

 いわばパソコンの各種ソフトのように、ある課題に向けて動き出すソフトウェアがあらかじめ脳にビルトインされているのです。

 その方が汎用性のあるソフトを作るより、より早く適切に反応できたりして、生存に有利だったためです。

 例えば「同種専用モジュール」は、集団内の他人といかにうまくやり取りするかという課題のために、相手の感情を読み取って判断するソフト。

「物理専用モジュール」は狩猟採集の道具や住居をうまくつくるために、物理的な対象の把握や操作のためのソフト。

「生物専用モジュール」は食物になる動植物や有害な動物にいかに適切に対応するか、生物の特性の把握や操作のためのソフト。

 同種専用モジュールの下位には、「言語専用モジュール」があると想定されています。これは言葉を習得して生み出すソフトで、言語学者のチョムスキーのいう普遍文法に相当すると考えられます。

 本書では、自閉症についても言及しています。

 自閉症と判断された人の中には、物理専用モジュールがとくに発達しており、計算や図形の認知・記憶等に驚くような能力を示す人もいます。また、同種(ヒト)以外の動物について、顕著な理解・記憶能力を示す人もいます。

 突出するモジュールにはさまざまなケースが見られますが、自閉症は、「同種専用モジュールの不調」を根本に据えることによってよりよく理解できる、という点では多くの研究者が同意していると言えるでしょう。 p126

 我々が知っていることを進化心理学的に言い換えているわけで、確かにそうだろうなと思います。

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