January 2026
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

これいいよ!

無料ブログはココログ

January 13, 2026

「経営は知られてなんぼ」

「経営は、知られてなんぼ」

 これは私がカウンセリング・オフィスを開業する前に、アドラー心理学の恩師からうかがった言葉です。

 長年資本主義の荒波を心理学の起業、開業で乗り切ってきた方の言葉だけに、私は常にこの言葉を意識してきました。

 といっても無理に営業したり、宣伝することはしませんでした。

 私の臨床経験と臨床スタンス、そして時流が、オフィスの経営を助けてくれたからです。

 私の住む地域は臨床心理学的には、精神分析志向の研究者や心理士が圧倒的多数です。

 それは昔からこの地域には高名な精神分析家やユング心理学の臨床家がいて弟子が育っていたことと、臨床心理士養成大学院には精神分析学を専門にしている先生たちが多かったためです。

 ここで普通のカウンセラー志望者なら、「精神分析学を修めないとこの地方ではやっていけない」と思うことでしょう。

 しかし、へそ曲がりの私は、「これこそ、望む状況だ!」と喜びました。

「みんなが精神分析学だからこそ目立てる」と思ったのです。

 実際その通りになりました。

 アドラー心理学なんて物珍しいものをやっている、県内唯一の心理士となったのです。

 そして私は長年、児童相談所や県の中核総合病院、中核精神病院で心理士を務めていたので、まさにハードかつ最先端の社会問題に接してきた経験値があり、医師たちからも知られていた存在でした。

「あの人は、アドラーというのをやっていて、認知行動療法やブリーフセラピーや催眠もできる」と思われたのです。確かに間違ってはいませんが、アドラー以外はまだそれほど自信はなかったですけどね。開業前にすでに目立つことができていました。

 さらに2000年代、インターネットが普及して2チャンネルが出た頃、「山梨の精神科」とかいうスレッドで、私の患者さんが書き込んでくれたと思うけれど、私のことをとてもほめてくれていたんです。

「県立中央病院には良いカウンセラーがいる」などといくつも書き込まれていることをある人から聞いて覗いたら、本当にそうでビックリしました。

 うれしかったですね。あの2チャンネルでほめられるとは。

 そして2012年に仲間の心理士たちと甲府で開業したら、2013年末からの『嫌われる勇気』の大ベストセラー、空前のアドラーブーム。

 これが追い風になって、研修依頼や執筆依頼が増え、私の実力以上の「ハロー効果」ではありますが、経営にとって良循環となりました。

 この間、県内の精神分析志向の臨床心理士や大学の先生たちとも別に反目していたわけではなく、臨床心理士会の活動にも積極的に参加することで、お互いに信頼関係もでき、クライエントさんを紹介し合うこともあり、ついには推挙されて県臨床心理士会会長にも就任することになりました。

 今や二つの大学の非常勤講師も務めています。

 お陰様で私は地域の人たちから、「偉い先生」と誤解されて、今に至っています。

 化けの皮が剝がれないようにしなくちゃ。

 と、ザックリ振り返ってみましたが、たとえマイナーであってもそれ故に存在感を示すことができるのです。

 カウンセリングというそもそも社会のニッチな領域では、たとえその中の多数派がどうであろうとも、さらにニッチであるがゆえに知られることができたのでした。

January 07, 2026

田舎で開業するには

 年末に『臨床心理学 開業論』という業界誌を紹介して心理カウンセラーの開業ブームのことを述べ、私も多少の先達として開業を勧めましたが、それ一本で食べていくのは大変なのも事実です。

 そこはやはり、都会のカウンセラーが有利と思います。

 確かにコロナ禍以降、オンラインカウンセリングが増えてきて、地方にいても収入増の機会はありそうですが、やはり大手のカウンセリング会社やオンライン専門のカウンセラーが出現して、ネット広告を駆使して集客しているので、そううまくはいきません。

 私もオンラインでやっている山梨県外や海外のクライエントさんがいますが、多くはありません。

 大体山梨県全体の人口が80万人弱、私のオフィスのある甲府市周辺、甲府盆地内で60万人といったところで、東京の一つの区にも及びません。

 マーケット的に圧倒的に小さいのです。

 ですから、開業オフィスのほかに何かを兼業しないではいられません。

 多くはスクールカウンセラーで、私もそうです。

 その他に大学非常勤講師、市町村のカウンセリング事業、研修講師などで、あちこちからお金をかき集めている感じです。

 それで国民の平均年収よりは数百万円は得られているので、まあ頑張っている方かな。

 でも、年収1千万円以上なんてとても無理。

 しかしそれは覚悟の上で、収入を上げたければカウンセリングの単価を上げて、富裕層狙いのやり方もあるでしょう。コーチングなんかはそういう方向性で活躍されている人もいます。

 うちは一般の方は1回8,000円ぽっきり(それでもこちらの地域の人には高く感じられるらしいけど)、さらに学生と障害者は5,000円というサービス価格でやっているからです。

 こういうシステムは、開業カウンセリング業界では珍しいんじゃないかな。

 理念として、幅広い層にカウンセリングを届けたいというのもありますが、選り好みをしないので難しいケースに出会う機会が増えるので、何よりカウンセラーの腕が上がります。

 精神科を始めとした病院や関連機関もオファーしやすくなりますし、「あそこは受けてくれて、何とかしてくれる」となれば、医師やコメディカルの人たちからの信頼度も高くなります。

 狭い地方では何かとお互いに顔見知りのこともあるので、信頼が最も重要です。

 

January 02, 2026

謹賀新年

 今年もよろしくお願いいたします。

 令和8年、2026年は丙午(ひのえうま)で、時代のエネルギーが高まり、激しい年になるそうです。

 まあ、毎年「激動の時代」と言われているので、いつも世の中は動いているのですが、こんな時代を生きるには古神道的には荒魂(あらみたま)を発動することが必要、との話をあるところから聞きました。

 荒魂とは、その名の通り荒々しい心の働き、破壊と創造、厳しく言うと攻撃や戦いの心です。

 古神道ではこの他に和魂(にぎみたま)、幸魂(さきみたま)、奇魂(くしみたま)、精魂(くわしみたま)とあります。

 詳しくはいずれまた。

 昨年還暦を迎えた私も「もう、思い残すことはない」と覚悟を決めて、これまでの「仏の深沢さん」から「鬼の深沢」に変貌して、激しく主張して、世の流れに掉さしていこうと思います。

 要するに「嫌われる勇気」を最大限に発動するということですね。

 本性を露わす、とも言えます。

 どうなることやら。

 そんな意識に影響されたのかはわかりませんが、本日全国大学ラグビー選手権の準決勝「早稲田大学ー帝京大学」戦を観に行きました。

 実は長年の大学ラグビーファン、取り分け母校の早大贔屓でしたが、根性のない私は、「寒いの、いやじゃ」とずっとテレビ観戦でした。

 でもやっぱり一度は生で観たいと思うようになって、朝甲府を立ち、初めての国立競技場に向かいました。

 帝京大は4連覇の絶対王者、早大は対帝京戦2連敗中だそうで、先制するもすぐに逆転されて「やっぱり無理かもな」と弱気になった自分を恥じる早大フィフティーンの健闘ぶり、見事再逆転で帝京大を撃破しました。

 これはうれしかった。

 体が熱くなりました。

 私にとっては幸先の良いスタートになりましたよ。

20260102

 

December 24, 2025

『臨床心理学 開業論』

 現在、心理カウンセリング業界では、開業がブームなのだそうです。

 地方にいると気がつかなかったけれど、そういわれればこの山梨でもいくつかのカウンセリング・オフィスがここ数年でオープンしているようです。

 私はその前の時期、2012年に開業して今年で13年経ちました。

 いろいろあったけれど経営危機はなく、といってメチャクチャ儲かるわけでもなく、スクールカウンセラーなど外部の仕事を兼ねながら何とか生活できている感じです。

 生活は大変だけれど、開業してよかったと感じています。

 何より、自由の感じがよい。これは何物にも代えがたい。

 しかし、私より下の世代、若い人たちはさらに高邁な理想を持ち、積極的に社会課題に取り組みながら、心理開業ビジネスを開拓しているようです。その辺の事情が、『臨床心理学 第25巻第5号 開業論-初めての組織運営・援助実践ガイド』(金剛出版)でうかがうことができました。

 心理の開業の草分け、信田さよ子先生による「開業のすすめー自治と連帯の経営実務論」から始まり、医療との関係性の持ち方、マーケットの開拓、オフィスを選ぶこと、行政との連携、経営実務、トラウマケアやマイノリティーの権利擁護などの社会課題の解決手段としての開業など、話題は多岐に渡ります。

 なにより個々の執筆者の開業に至るプロセスや苦労が、私なりに共感できて、今後の活動の参考になりそうです。

 これからカウンセラーとして開業したい人には、目を通しておくべきではないでしょうか。

 ただ、私も本誌で取り上げられているテーマのすべてに大なり小なり関わっているといえますが、そんなに徹底しているわけでも、特に優れた実績があるわけでもなく、いつもテキトーな感じです。

 志も高いのか低いのかよくわからない。

 もし私に執筆依頼が来たら、彼らのような第一線の研究者や実践者と違った感じで、「ホンネの開業論」といったタイトルで、半ば不真面目と受け取られそうな感じで、いかに開業が楽しいか、言いたいことを書き散らす内容になるだろうな、と空想いたしました

December 19, 2025

文学大河が開いた時代劇

 大河「べらぼう」が終わりました。

 昨年の「光る君へ」も最高に面白いと思っていましたが、今年も最高でした。

 歴オタを自任していても、江戸時代の文学や文化事情は歴史教科書で名前を知ってただけで、ほとんど親しんでこないできました。

 子どもの頃の人形劇の「八犬伝」くらいか。

 山東京伝ら戯作者や浮世絵も一般常識レベルの知識でしたね。

 それが一気にリアリティーを持って、感じられるようになりました。

 それも横浜流星さん始め俳優陣、スタッフの超努力のおかげです。

 素晴らしかった。

「べらぼう」には戦がなくても、人の業、特に性と権力欲を逃げずに描きながら、史実の隙間を驚天動地のフィクションで埋めてくれました。

 なにより「書をもって世を耕す」、本を通して人生を楽しく豊かにするなんて、文系人間には刺さるわけです。

 本当は自分は科学をしたくて文学部に入ったわけではなくて、実は文学青年だった、そして今はただの文学ジジイであることに気づかされました。

 昨年は「光る君へ」に触発されて『源氏物語』に挑戦、暇な時にちらちらと読み進め、ようやく終わりそうです。

 今度は江戸文学や、本居宣長なんかにトライしてみようと思います。

 しかし、今度文学大河をやるとしたらどこがいいかなと思うと、なかなかいい時代がなさそうです。

 平家物語?西行や吉田兼好、鴨長明? 

 世捨て人、ひきもり文学として面白いけどドラマになるか?

 明治の文豪はなんか、葛藤ばかりして暗そうだし…。

 忍者・芭蕉が日本中を歩き回って観光して句を詠みながら庶民を助ける、黄門様かブラタモリみたいか。

 次はまた戦国時代らしいけれど、文学大河の再開、楽しみにしています。

December 14, 2025

アドラー心理学の新講座「ALIVE」甲府開催!

 アドラー心理学の学び舎、ヒューマン・ギルドが最近開発した講座、ALIVEが山梨県甲府市で来年1月に開催されます。

 日時:2016年1月17.18日(土日) 9:30~17:30

 会場:かいてらす(山梨県地場産業センター)

 講師:鈴木三穂子さん(新講座開発メンバー、アドラーカウンセラー)

 私が山梨側のホストになって会場予約等を行っています。

 生きていく中で直面するさまざまな対人関係の場面を、対話型のワークによって扱い、学んでいくものだそうです。

 第1章 これからのコミュニケーションを考える
 第2章 相手の行動を理解する
 第3章 話を聴く
 第4章 伝える技術を身につける
 第5章 協働しながら課題を解決する
 第6章 自他に寛容になる
 第7章 自己を受容し、自分らしく生きる
 第8章 共同体の中で協働するために

 私も受けたことがないので、どのようなものなのか、楽しみです。

 山梨在住、近隣の方は是非ご参加ください。

 申込:https://www.hgld.co.jp/plecture/view/1302

December 07, 2025

『アドラー臨床心理学入門』新装版登場!

 日本人による初めての、そしていまだに数少ない臨床的なアドラー心理学の本が、装いも新たに、再登場しました。

 鈴木義也・八巻秀・深沢孝之『アドラー臨床心理学入門』(アルテ)

 初版は2015年に出て好評のうちに売り切れ、絶版となっていました。

 電子書籍なら買えますが、やはり紙の本がないと寂しいです。

 ということで、今回改めて新装版として出版していただきました。

 初版が出て10年、この間日本個人心理学会が設立されたり、日本アドラー心理学会との合同学術集会が開かれたりと、アドラー心理学界隈は地道ながらも発展をしてきました。

 一方で本書の共著者の八巻秀先生の急逝など、悲しいこともありました。

 しかし、本書はこれからも残り続けます。

 アドラー心理学を学ぶ臨床家、支援者の基本図書になる本と自負していますので、是非お求めください。

 

November 29, 2025

『心理臨床と政治』

 信田さよ子・東畑開人編『心理臨床と政治』(こころの科学、日本評論社)を読了。

 カウンセリング、心理療法は本質的に政治的行為であることは昔から言われていたことでした。

 古くはR・D・レインらの反精神医学、70年代日本の臨床心理学界を二分した論争と分裂、最近の社会構成主義とそれを源流としたナラティブセラピーは、心の治療についての政治性に敏感な人たちの運動でした。

 しかし、時代の流れはエビデンスというスローガンのもと、「科学性」が最重要視されてきました。

 しかし、私たちは本当に科学的になれるのだろうか。

 本書の編者、執筆者たちも現在の臨床心理学やカウンセリングの流れに違和感を持っている方たちだと思います。

 何より信田さよ子先生は、親子や家族の権力関係に一際敏感で数多くの著書をものにしてきたし、虐待やDV、犯罪被害者や加害者の支援の先駆者です。

 最近売れっ子の東畑開人先生も、臨床心理学と社会の関係をわかりやすく発信しています。 

 本書で取り扱っているトピックは、臨床心理学の歴史と戦後政治、DV加害者臨床、母娘問題、学派、国家資格、精神分析とフェミニズム、アディクションなど多岐に渡ります。

 どれも最近臨床的関心を集めているもので、それらを一覧するには良い本だと思います。

 ただ一つ大きなものが欠けています。 

 コロナ対策とコロナワクチンです。

 近年これほど大きく政治に関わり、我々やクライエントの心身の健康と臨床スタイルに深刻な影響を与えたものはありません。

 それにも関わらず、一言も触れられていない。

 触れる勇気がないのか、そもそもそういう視点を持ち得なかったのか、それともそれこそ権力側に忖度したのか。

 この点において、本書は「画竜点晴を欠く」と私からは言わざるを得ません。

 日本を代表する臨床家や臨床心理学者が集まっているのだから、次の機会には是非、取り上げていただきたいです。

November 19, 2025

熊目撃情報の真偽

 日本中が熊に揺れています。

 マスコミは全国の熊目撃情報、熊被害、熊の生態など連日流し、煽りに煽っています。

 この煽りになんか既視感があると思ったら、コロナ禍の報道でしたね。

 あの時はひどかった。

 私の住む甲府北部は山が迫っているので、当然熊くらいはいるでしょう。

 でも、ここに暮らすこと60年、一度も熊野目撃情報を見聞きしたことはありませんでした。

 猪や鹿はよくありました。

 遂に最近、私のオフィス近くの町中に熊目撃情報がありました。

 この時私は、「本当か」とかなり疑念を持ちました。

 実際目撃されたという地点は山からけっこう離れていて、それ以外どこにも他から情報がなく、点と点が全く結ばれることがなかったからです。

 みんな敏感になっているので、かなりの誤認があると思われます。

 猪や鹿を遠目に見て熊と思い込んだり、もしかしたら山に入っていた人であるかもしれません。

 心理学を学ぶとよくわかるように、人間の目はけっこういい加減です。

 中にはウソ、いたずら電話もあるでしょう。

 いや、実際はけっこうあるんじゃないかな。

 でも市町村としては、情報が寄せられたら注意喚起のアナウンスはせざるを得ないでしょう。

 ウイルスと違って、熊は被害を聞くとなんかリアリティがあるし、一旦恐怖のイメージがつくと厄介な気がします。

 気にするなとは言いませんが、話半分に聞くくらいでいいと思っています。

 

November 11, 2025

なぜ保守はワクチンを忌避したか

 前記事でリベラルがなぜ、コロナワクチンを安易に受け入れたか、その内在的論理を『ワクチンの境界』を引用して紹介しました。

 一方で欧米でも日本でも、コロナワクチンに疑問を呈し、義務化に反対の意思を示したのはどちらかというと保守的な思想を持つ人たちでした。

 リベラル系ではほとんど思い浮かばない。

 その中で、古武術研究家の甲野善紀さんはリベラル的知識人と多く対談して本を出しているし、保守的な武術・武道界ではリベラルな方だけれど、やはり武術をしているだけあって身体的な直観が優れているのでしょう、Xで(Twitter時代から)コロナ対策とワクチンに猛然と反対をしていました。

 そのくらいかな。

『ワクチンの境界』によると、保守思想の特徴は「過去からの伝統を重視する立場」「人間社会にいにしえから伝わる道徳的伝統を堅持することにある」といわれます。

 ただ保守はひたすら伝統を守ることだけに終始するのではなく、必要があれば修正する、という立場でもあり、変化を漸進的に進めることを求めます。

 急進的、抜本的な変化を求めるリベラルとはそこが違います。

 これを感染症対策の問題に置き換えると、感染症対策はワクチンも含めて、伝統の枠組みに入りません。しかも今回のワクチンは、従来の方法で製造されたワクチンではなく、人類へ本格的に接種する初めての遺伝子ワクチンですから、保守が慎重になるのは当然です。‥‥保守がワクチンの義務化に反対するのは、それがまだ人間の伝統になっていないからです。  p148

 最近、私自身がなぜ、コロナワクチンに直観的に反対の立場を取れたかを考えるのですが、別に私が特段優秀な知能を持っていたわけではないのは明らかです。

 いや、多少は並みの人より優秀だと思わないことはないけれど、それも文系科目に限ってのことで、私より知能の高い人は無数にいます。

 ワクチンに対する道が分かれたのは、私がアドラー心理学的なリベラル思想を理想に持ちながらも、実践的には伝統思想、保守思想に親しんでいたことと、武術や心身の修行経験で身体的な感覚を磨いてきたことにあったからと思います。

 性格的には(アドラー心理学的にはライフスタイル)、反権威主義的で、文化の境界領域、外れ値を好むところも大きかったでしょう。

 同書では、リベラルと保守は対立する思想ではなく、「二つがセットになって初めて、人間社会がうまく動くようになる人間の知恵」と、民主主義社会を発展させるための車の両輪のようなものであると説かれています。

 私も賛成です。

 リベラル思想の中に、コロナワクチンに反対の思考を持ちうる可能性があるのか、最近の保守勢力の躍進、リベラル勢力の退潮というトレンドの中で、そこがリベラルが生き残るカギのような気がします。

«リベラルとワクチン全体主義