May 26, 2017

進化に生き残った自閉症

 今日、26日は身延町に行き、「山梨県看護協会峡南地区支部」の総会で、看護師、保健師さん約60人に「看護に活かすアドラー心理学」というテーマで講演をしました。
 
 短い時間の中で、目的論だの共同体感覚だのいってもわけわかんなくなるだろうから、今回は、劣等感と勇気づけに絞ってお話しさせていただきました。劣等感はみんな身に覚えがあるだろうし、勇気づけは看護の基本コミュニケーションになり得ると思うので、是非学んでほしいところだからです。
 ほとんどが女性のためか、皆さんノリが良く、ワークも楽しくやっていただけたようです。
 
 ところで、先日NHKスペシャルで発達障害の特集番組がありました。
 発達障害プロジェクト なんてのもやっているみたいです。
 
 番組では、感覚過敏に焦点を当てて、当事者の世界をわかりやすく再現していたと思います。けっこう参考になったのではないでしょうか。
 
 番組には専門家として、信州大学教授で前山梨県こころの発達総合支援センター所長の本田秀夫先生が出ていました。先生の山梨時代は、ケースを通して当オフィスと連携させていただいたので、ご活躍の様子でうれしかったです。
 
 ご著書も紹介したことがあります。
 
 その発達障害者特有の感覚の世界がなぜ存在するのか、生物学的にどういう意味があるのかを考察した、面白い記事があるので、リンクします。私が日ごろ思っていたことを生物学のニューロダイバーシティ(脳多様性)の考えからうまく説明してくれているからです。
 よかったらご覧ください。
 
 発達障害の過剰診断が問題になることがありますが、診断された人が他の疾患や障害に比べてあまりにも多くなったからです。けして多数派ではなくマイノリティーではあっても、そのボリュームは厚いといえます。中には不適切な診断もあると思いますが、どうしても多くなってしまう現実はあります。なぜなのか。
 
 本記事によれば、つまり発達障害は遺伝的に淘汰されなかったわけで、それは生物学的に意味があったのだろうということです。私もそう思います。そして自閉症とそうでない人たちが協同し合ってきたことが歴史を作り、今日の人類文明の発展に至ったと考えられます。
 
(転載はじめ)
社会がこれほど産業化する以前の人類の生活を考えた場合、今日なお数理的な思考や生物に非常な関心を示し、学校でもすぐれた成績をのこすことからもうかがえる自閉症者のスタンスと、そうでない人のスタンスのいずれが欠けたとしても、人類の今日の繁栄はなかったのかもしれないのだ。

 ニホンザルの近縁であるアカゲザルの群れでも、集団外の脅威にもっぱら注意を払うサルと、仲間同士の社会的交流の調整にエネルギーを注ぐサルがいて、しかもサルがどちらの役割をはたすかは遺伝的にきまっている(専門的には遺伝的多型があるという)ことが報告されているが、人間にもこうした特徴はうけつがれているらしい。

 社会的周縁に存在し、自然界のなかで自分たちがどう生きていくかに思いをめぐらす人物と、集団・社会内で互いの利益を調整し、どう上手くやっていくかに思いをめぐらす人物がいる――前者こそが自閉症者であることは改めて指摘するまでもないだろう。

 先史時代、われわれの祖先が狩猟採集に依存した生活をおくっていたころ、天候の変化をよんだり、動物の習性を知ったり、あるいは簡便な道具を作成したりするための「ナチュラリストとしての才覚」にたけていた存在と、社交にたけた存在が相補的に機能することが、人類の地球上での生活圏の拡大に多大の貢献をはたしたと考えられる。

 生物が同一の空間・場所にあって同じ景観に接したところで、その認識する世界は種によって多様である。
(転載終わり)
 
 きっと昔々の宗教家とか平安時代の和歌の達人とかは、自然の微かな変化も敏感に感じ取って独特な感性で言語化した自閉症的な人たちだったのでしょう。
 
 一方でADHD的な人は、関羽や張飛みたいに白刃の中を暴れまわって武勇を誇る豪傑になったのかもしれません。
 
 私なんかは現世では武術家を気取ってますが、ほんとは戦いが嫌いだから、前世はきっと戦場から逃げて、自閉症的な貴族かお坊さんのお世話でもしていたのかもしれません。今とあまり変わらないな。
 
 それにしても現代の機械文明、情報化社会は自閉症的な人たちが作ったのだとしても、それに彼らの多くが感覚的に合わずに逆に苦しめられてしまうとは、なんか皮肉な感じもします。

| | TrackBack (0)

May 22, 2017

『スピリチュアル・カウンセリング入門』

 カウンセリング、心理療法の将来を考えたときに、いわゆるスピリチュアルに向かっていくものが主な領域の一つになると思っています。
 
 スピリチュアルとは何か、というのは置いておいて、人々の関心も、それに付随して専門家の関心もはこれまで以上にそこに向かうだろうという予感がするのです。
 
 実証的な心理学のポジティブ心理学的な流れ、臨床心理学のマインドフルネス、ACT(アクセプタンス&コミットメントセラピー)、そしてアドラー心理学への注目の次はそれをさらに進めたものを探ることになるかもしれません。
 
 社会が豊かになってスピリチュアルに向かうというのは、「衣食足りて~」といえばそうだけど、その意味はAIやら自動運転やら何やらが進化し、人々が労働や知的作業から解放され(アホになるともいえる)、一方で共謀罪みたいなものが推し進められ極端に監視・管理社会になって、時には仕組まれて世界のどこかで戦争やテロも(支配層によっては適度に)起こされ、閉塞感はあっても人々は普通にしていれば取りあえず楽しく生きることはできるから、「何かつまらんな、あの世のことでも考えるか」という意識になるためかもしれません。
 
 
 この2月の日本臨床・教育アドラー心理学研究会の大会で諸富先生が講演してくださったときに知った本です。当日の書籍売り場で買いました。せっかくだから、サインしてもらえばよかった。
 
 なんでも本書は、3.11の後の日本に対して生じた諸富先生なりの危機的意識の中で、「魂を込めて」(と講演会でおっしゃっていた覚えがある)書き下ろしたものらしいです。けして妖しい内容ではなく、かなり地に足の着いたしっかりとしたものになっています。
 
 その内容についてはいずれ。
 
 最終章にはあの河合隼雄先生が対談に登場しています。
 諸富先生と河合先生が、本ブログでも言及した吉福伸逸さんと80年代のトランスパーソナル心理学の思い出を語っているのは当時の貴重な証言でもあります。
 
 実は私、これから老後に向かって、普通の臨床とは別に、アドラー心理学とスピリチュアリティーをテーマにした研究、著述をしようと目論んでいます。野田先生や岡野先生らがこれまでに著わした「仏教とアドラー心理学」ものとはまったく違った切り口になると思います。きっと大きな反発(あるいは無視)を招くことになるでしょう。
 
 そのためにも、この辺の文献を集めていこうと思っています。
 
 

| | TrackBack (0)

May 19, 2017

真のアドラー心理学

 アドラー心理学の世界も狭いようで広く、実践者によっていろいろなスタンスがありますし、あり得ます。現在たくさんの団体、グループ、個人が活動していますが、それぞれ特徴があり、キャッチフレーズみたいなものもあるようです。すべてを直接知っているわけではないので、以下は長年アドラー心理学界隈に過ごしている私の主観に過ぎませんが、代表的なものを。
 
 一つは、 「正しいアドラー心理学」を標榜するところ。何が正しいアドラー心理学かを追求し続ける姿勢のようです。
 
 その志や良し。
 
 男子たるもの(女子の方が多いか)、一つの学問を究めるなら、そうでなければいけません。
 
 おそらくそこから発信される情報は質が高く、参考になる可能性があるでしょう。
 岸見先生とその著作が、最高のモデルだと思います。
 
 でもおそらくすべてのアドラー関係者が「自分は正しい」と思っているだろうから、正しさをうたう以上、「その根拠は何?」ということにはなります。私個人は、どんな分野でも一人のカリスマが牛耳っていて、その発言が根拠になっているようなところはダメだと判断しています。
 
 また、私がアドラーに限らずいろいろな運動体を見てきた経験では、「正しさ」を内輪でだけ言い合っているうちはいいのですが、社会的なムーブメントとして動き出したときに、妙なことをしだす場合もあります。
 
 そうすると、「あんたらの正しさって何?」「おいおい、大丈夫か?」という疑問や心配が出てきてしまいます。
 
 ドラマ『嫌われる勇気』を巡る日本アドラー心理学会の抗議に対して、私がこのブログビジネスジャーナルの取材であっさりと否定した時がまさにそうでしたね。あれは「正しさ」を稚拙に適用した例で、私はほんとに心配したのですよ。
 
 ただ、私は「正しさ」を原理主義的に追い求めることは実は支持しているのです。クリアーさには惹かれますね。そういうものも世には必要です。
 政治でも思想でも社会運動でも、原理主義は、全体のあるパーセントは存在しているものです。そこでは、カリスマに夢中になるような熱狂的な信者みたいな人たちが盛り上げています。基本冷めている私には、ある意味うらやましい。
 
 それに対して「寛容なアドラー心理学」をうたっているのが、岩井先生のところ。 「統合的」と言い方もしているようです。ペルグリーノ博士や岩井先生の雰囲気や人柄が、まさに寛容さを醸し出していて、実際そのために様々な分野のたくさんの人たちが集う大きなグループ、ネットワークになっています。
 おそらく日本のアドラー心理学関係では、一番多くの人が集まっているんじゃないのかな。私もその一人。
 
 寛容さがキーワードですから、穏やかで、適度に保守的で、あまり過激なことは言いません。大人の雰囲気がありますね。
 ある有名な臨床心理学者がその関係者の集まりに出て、「ここはほんとに健康な人たちでいい。臨床系は暗くて何言っているかわからん」とおっしゃっていたのが印象的でした。
 
 そのため社会的に受け入れられやすいのですが、横に広がりすぎて、いかに深めるかということで課題を持ちやすいと感じています。
 
 長々と何を言っているかというと、先日アドラー仲間と会って話していて、自分たちは何とするか、となったときに、上の二つではない、 「真のアドラー心理学」というのはどうだろう、と言った人がいたからです。 「しんの、あるいは、まことのアドラー心理学」ですね。
 その時は、ただ笑い合ったのですが、なかなかいいフレーズかもしれません。
 
 真のアドラー心理学は、時には「正しさ」を原理主義的に詰める一方で、時にはそれにこだわらずアドラー心理学が本来持っている寛容さ、鷹揚さも失わず、その精神の本質を探し続けようとします。
 
 そもそもいくら議論しても、「真」なんて、究極的にはわからないのだから、そういう姿勢を持つことで、絶え間ない対話に開かれているともいえます。
 
「正しさ」はどうしても判定的、評価的なニュアンスが出ますが、真理なんてないというポストモダンの時代だからこそ、「真」を出すことに開かれた意味が生じると言えるかもしれません。
 
 ということで、私は、真のアドレリアンを標榜しよう。

| | TrackBack (0)

May 17, 2017

『人間科学におけるエヴィデンスとは何か』

 心理学は、科学的とは何か、何がエヴィデンスになるのかについて喧々諤々と議論してきた歴史があります。
 
 私は研究者ではありませんが、アドラー心理学を学び、伝える機会が増える中で、何を拠り所にしたらいいか考える時があります。
 実は私は、「これが正しいアドラー心理学だ」といっても、あまり意味がないような気がしていました。ただの内輪向けです。つまりアドラー心理学界隈での差別化をしたい場合にだけ使えるということです。
 
 一方で、若い頃から竹田青嗣先生の著書を通して現象学に触れてきたので、自分が使うとしたらその辺かなと当たりはつけてきました。
 ただ、現象学も現代思想も簡単じゃないからいまだ半可通の域を出ませんが。
 
 
 著者たちの立場は量的研究ではなく、質的研究と現象学の立場から、心理学等におけるエヴィデンスを根元的なところから考えようとしています。
 
 私にはとても刺激的で、アンダーラインをいっぱい引きました。
 
 「自然科学のエヴィデンスと人間科学のエヴィデンスのちがいの問題」が、近代ヨーロッパの学問における「主観・客観一致の難問」にまで遡るものであることをまず指摘します。そのうえで、学問の客観性とは客観世界との一致ではなく、じつは「共通了解をどうつくりあげるか」という問題であることをフッサール現象学にもとづいて明快に示します。 (プロローグ)
 という竹田先生は、実証主義の心理学を丁寧に批判していて、私が昔から心理学に感じていた疑問に対してある答えを与えてくれています。でも多分、普通の心理学者はこういうところはあまり意に介さないかもしれないけど。結局、実証主義者と現象学者の溝は埋まらないような気もします。
 
 本書では、現象学の実践として、現象学的還元による「本質看取」の方法がワークショップのスタイルでわかりやすく説明されています。これは、「勇気」とか「共同体感覚」などのアドラー心理学をやっている人には自明の概念を改めて検討するときに使えると思いました。
 
 今度どこかでやってみてもいいかもしれません。
 
 本書を契機に、また現象学や質的研究にトライしてみたくなりました。
 特に臨床心理学を原理的、哲学的に考えたい人には良書だと思います。
 

| | TrackBack (0)

May 14, 2017

ヨシダソース創業者・吉田潤喜会長、山梨講演!

 5月12日(金)は、アドラーネット山梨の仲間と定例の勉強会、メンバーの近況報告をし合い、最近のみんなの活発な活動の様子が知れてよかったです。
 
 中でも、井上尚子さんという美容師でアドラー心理学を学んでいる方が、お友達の女性たちと中心になって、なんと海外の著名人を呼んで講演会を開くことが告知されました。
 ヨシダソース創業者、吉田潤喜会長を山梨に招くそうです。
 
 私も詳しくは知らなかったのですが、若い頃単身アメリカに渡って空手を教えながら、ソース会社を起こし、苦労を重ねながら遂に成功を収めた人らしいです。
 2005年には『Newsweek』(日本版)の「世界で最も尊敬される日本人100人」に選ばれ、2010年には日本とオレゴン州の友好に貢献したとして、「外務大臣賞」も受賞したそうです。
 
 
 時々テレビにも出演されたり、とてもエネルギッシュで陽気な人みたいですね。
 
 井上さんたちは、吉田会長をあるところで紹介され、その人柄やお話しに魅せられ、山梨で講演会を開くことを決意されたそうです。すごい行動力です。
 
 プロフィールを見ると、なんと吉田会長は3歳の頃事故で右目を失明してしまいますが、それにもめげず空手を支えに成長し、乗り切ったそうです。典型的な器官劣等性の建設的な補償であり、きっと大変な勇気をお持ちの方だと思います。お話を聞くときっと勇気づけられるでしょう。
 
 吉田会長は最近の若者が海外に飛んでチャレンジしなくなったことを憂慮されて、このような講演会を引き受けてくれているそうです。
 
 めったにない機会ですので、是非、ご参加ください。
 
「僕のアメリカンドリーム 吉田潤喜の決断」
 
日時:6月28日(水) 18:00~20:00
会場:山梨県立文学館
受付:17:30開始
参加費:2,500円(前売券)
      3,000円(当日券)
 
申込み・問合せ:吉田潤喜講演会実行委員会事務局
    プライベートカフェ 井上尚子(山梨県中央市西花輪3430-26)
           Tel. 055-274-3325
 
後援:山梨日日新聞、山梨放送、テレビ山梨

| | TrackBack (0)

May 10, 2017

ブリーフサイコセラピーワークショップ-児島達美セミナー

 やまき心理臨床オフィスの八巻秀先生(駒澤大学教授)から、素敵なセミナーのご案内をいただきました。
 
 日本のブリーフサイコセラピーを支え、創り上げてきた功労者の一人、児島達美先生(長崎純心大学教授)が、関東に来てくださいます。
 私たちブリーフセラピストの間では有名な先生ですが、関東近辺のカウンセラー、臨床心理士の人たちはあまり先生のお名前をご存じないかもしれません。
 
 そこで、セミナーに先立って、児島先生とはどのような人なのか、オフィスの先生方で紹介しているサイトがあります。力入っていますね。
 
  児島達美 先生 略歴
 
1950年、長崎生まれ福岡育ち。上智大学大学院教育学専攻博士後期課程修了。
東京都立駒込病院心身医療科他非常勤カウンセラー、九州大学医学部附属病院心療内科助手、三菱重工長崎造船所メンタルヘルスサービス室長を経て、2000年4月、長崎純心大学人文学部人間心理学科教授に就任。    2017年3月、退職。
日本家族研究・家族療法学会;認定制度委員長(認定スーパーヴァイザー)。
日本ブリーフサイコセラピー学会;元会長。
日本心身医学会;代議員。
長崎県臨床心理士会;会長。
 児島達美先生から皆様へのメッセージ
 
 私の心理臨床家としての道筋をつけてくれたのは、主に家族療法とブリーフセラピーと呼ばれる一群のアプローチです。私にとって、そこから学んだ最大のものは“言葉が心をつくる”ということでした。私たちは、通常、心をすでにある内実をもったものとして認識しており、また、そうすることで社会生活は維持されてもいるのですが、実は、そうした心の内実は言葉によってつくられていくものなのです。
  ところが、一旦、心が内実化されると、心の製作者としての言葉のありようは忘れ去られてしまうもののようです。これを機に、あらためて“言葉が心をつくる”ということを参加者の皆さまと味わうことができれば幸いです。
 
 私も日本ブリーフサイコセラピー学会などで遠くからお見かけして、ダンディーな先生だなあといつも感心していました。私にないものを持っている(笑)。
 
 ただ地理的に離れていることもあって、なかなか児島先生とは縁ができなかったので、今回、是非参加したかったのですが、残念ながら同日同時刻に別の仕事が入っていて行くことができません。
 ブリーフサイコセラピーの真髄を学ぶまたとないチャンスですので、是非、ご参加ください。
【ブリーフサイコセラピーワークショップ-児島達美セミナー-のご案内】
◆研修内容|
• ブリーフサイコセラピーの講義
          • ライブ・ケースコンサルテーション

◆日 時   2017年6月4日(日)
          ◆時 間   10:00~17:00
          ◆定 員   50名さま
          ◆講 師   児島 達美 先生(元 長崎純心大学教授、長崎県臨床心理士会;会長)
          ◆場 所   たましんRISURUホール 5F 第一会議室
          ◆参加費   15,000円 (学生 12,000円)  ※事前振込とさせて頂きます。
          ◆参加対象  教育・司法・医療・福祉・保育・産業分野の専門職の方 および 学生


詳細・お申込み : やまき心理臨床オフィス
        〒190-0022 東京都立川市錦町1-19-21
          TEL: 042-523-8240 (火・木が比較的つながります)

| | TrackBack (0)

May 08, 2017

GW終了

 GWが終わりました。
 
 連休はクライエントさんも気持ちが楽になるのか、それとも私に気を使ってくれるのか予約ががたんと減って、はっきりいって時間的には暇でした。
 私的には収入もガタ落ちになるので、本音は休みたくはないですが、人が来てくれないのだから仕方ない。
 
 静かなGWとなりましたが、それが幸いしてちょうどやるべきことがいっぱいできました。
 
 進行中の二つの本の仕事が重なったのです。
 
 一つはゲラのチェック、もう一つは原稿締め切りのための仕上げの執筆。
 二つともアドラー臨床心理学ものですが、なかなかユニークな内容になりそうです。
 この夏には出ると思います。出来上がったら、ここでもお知らせします。
 
 時間の合間に、評判の高い『この世界の片隅に』を鑑賞。よかったあ、泣いたあ。
 
 6日には神奈川に行き、なぜか南大沢のアウトレットモールに寄り、私にしては高いジャケットを購入。本とか研修にはいくらでも金を出すのに、服一着買うのにメチャクチャ迷う私です。
「本を買わないで、こんな布切れなんか買ったら天罰でも下るんじゃないか」と思ってしまいます。
 
 そのまま新横浜で一泊、翌7日は横浜の日本支援助言士協会で講義をしました。
 
 午前中は「家族心理学」、午後は「発達心理学」。
 
 参加者にはアドラー仲間が多く、打ち解けた雰囲気で楽しく進めることができました。
 アドラー心理学だけを話すわけではなく、家族社会学や心理学、エリクソンやピアジェの話などが中心になったので、いつもとは少し違った切り口から、アドラー心理学についても学んでいただけたかもしれません。
 
 驚いたことに前記事で紹介した『もしアドラーが上司だった』の著者の小倉広さんも参加してくれていました。他にもアドラー本の著者が何人もいて、考えてみるとけっこうレベルの高い時間だったかもしれません。
 
 日本支援助言士協会は、実は私も顧問を務めさせていただいています。
 なかなか意欲的な講座をたくさん開いていて、職種や立場にかかわらず支援や臨床の実践的な学問やスキルを学ぶには絶好のところです。
 
 是非、のぞいてみてください。
 

| | TrackBack (0)

May 06, 2017

『もしアドラーが上司だったら』

 もし、アドラーが上司だったら、どうでしょう?
 
 勇気づけてもらえるからやる気がわいてきて、いいチームにいられたという気になって、自分が役に立てたという思いを持てるようになるでしょうか。
 
 でも、アドラー心理学はけっこう厳しいところもあるから、仕事はキッチリやることを求められるかもしれません。自分の課題は明確にされ、結局自分次第で頑張らないとならないことに気づかされそうです。
 
 それでも、フロイトが上司だったらいうこと聞かないとハチにされそうだし、ユングだったらわけわかんないこといわれそうだし、おまけに突然ひきこもったり、女の子に手を出しそう。
 スキナーだったら、ロジャーズだったら、マズローだったら、などと勝手に考えると面白そうですね。他派の臨床心理士、学者さん、是非出してみてください。
 
 小倉広著『もしアドラーが上司だったら』(プレジデント社)は、主人公の若きサラリーマンのリョウと、アドラー心理学を身も心も体現した上司(通称ドラさん、身というのは外見までも)の対話と、主人公の成長物語です。
 
 この春の発行後、著者の小倉さんから贈呈していただきました。小倉さん、ありがとうございます。
 
 一読して、さすがたくさんの著書をお持ちの小倉さんらしく、一般の人の心に入りやすい言葉と物語で感心しました。
 しかし、シンプルのようでいて、かなりアドラー心理学の本質が練り込まれていて、楽しくも充実した内容です。
 
 特に参考になったのは、組織において、アドラー心理学をどのような発想で使っていくかというところ。
 中でも「機能価値」「存在価値」という考え方は印象深かったです。
「いいかい、リョウ君、キミはね、『機能価値』と『存在価値』をごちゃ混ぜにしているんだ。言葉を換えるなら『Doing(やり方)』と『Being(あり方)』と言ってもいい。キミは『Doing』が上手でなくて『機能価値』を上手く発揮できていないだけだ」 p96
 相手を受け入れ尊重するということと、組織の論理とをどう折り合いをつけるか、一人の人間にとってはなかなか難しく感じられるところですが、うまく整理してくれたと思います。私もこの概念を使わせていただきたいと思います。
 
 連休も終わってしまいますが、是非お読みください。
 
 

| | TrackBack (0)

May 03, 2017

うつぬけにゆる体操

 前記事でゆる体操のイベントをお知らせしましたが、そのゆる体操の開発者・高岡英夫先生が、実はうつ病体験があることを前月号の『月間 秘伝 2017年4月号』(BABジャパン)でカミングアウトしていました。
 
 うつの苦しみから抜け出すために、現在のゆる体操を創っていったようなのです。とても興味深い話です。
 
 生来の鍛錬好き、武術好きの高岡先生は日々、死と隣り合わせのような徹底的に厳しい稽古を続けながらの、大学での研究生活と家族を養うために働くことにより、30代前半、遂に心身の疲労が頂点に達し、朝起き上がれなくなり、気分が極度に沈んでしまったそうです。
 
 心身の能力に自信のあった先生は相当なショックだったようです。武道家やスポーツマンは元気で明るい人が多いから、「俺はうつにならない」と思い込んでいることがありますが、やはりけしてそうではないのですね。
 
 うつは誰でもなり得ます。
 
 先生は大学病院の精神科にもかかったそうです。そこで重度のうつ病と診断されました。
 
 うつに苦しみながらも、しかしそこは、類まれに優秀な高岡先生ですから、自身の心身の状態を見つめながら、ゆる体操的な運動(今の膝コゾコゾ体操)を少しずつ続けると、心身の変化を感じ、遂にはうつを抜け出しました。それからゆる体操を体系化して、今のスタイルに仕上げっていったみたいです。
 やっぱり優れた人は、転んでもただでは起きないというか、大したものです。
 
 本誌には、高岡先生のうつを抜け出すときの心身の感覚の変化が描写されていて、印象的でした。
 
(引用開始)
 最初に気が付いた変化は、身体の中の方から、ポーと灯がともるような温かさでした。主に腹の奥から脊椎まわりで、その温かさを感じたのです。それからもうしばらくすると、驚いたことに、頭の中で、トクン・トクンと血液が流れ始める音が聞こえてきたのです。あのとき感じた、トクン・トクンという音は、いまでも忘れることができません。頭の中がポーッと少しずつ温かくなってきて、しばらくの間、その音を聞き続けていたものです。
(引用終わり)
 身体感覚がすぐれている人だからこそのうつ病回復体験記です。
 
 私は初めてゆる体操を知ったとき、「これはセラピーに使えるな」と直感したものですが、その開発過程に、うつからの治癒があったとは、納得です。
 
 臨床家の方は、動作法とか自律訓練法とかの静的なリラクセーションだけでなく、動的なリラクセーション法であるゆる体操を参考にしてみてください。セルフケアの有力なツールになると思います。
 

| | TrackBack (0)

April 30, 2017

ゆる体操&歌ゆるのつどい

 4月27日(木)は、山梨県立北杜高校に行き、二コマ授業をしました。
 
「介護に関する心の仕組みの基礎理解」
 という内容。福祉の仕事を目指すコースの2年生の生徒さんたちに、ストレスコーピングとアドラー心理学の勇気づけの話をしました。
 最近、高校生に話をする機会は割にあって、みんな素直に話を受け入れてくれる感じがいいですね。
 
 さて、山梨でゆる体操を指導、普及している河野先生らが、ゆる体操のイベントを開催します。毎年この時期にやっていて、地域の方や福祉施設の職員や利用者が参加して盛り上がっているようです。
 
 ゆる体操&歌ゆるのつどい
日時:2017年5月12日(金)午後1時30分~3時30分
 
会場:南アルプス市若草生涯学習センター ホール
          南アルプス市寺部725-1
 
内容:ファーストタイム 指導者たちによる「ゆる体操」30分
                 正指導員 河野貴仁氏など指導者と共に
 
   メインイベント Nidoさんによる「歌ゆる」60分
                 講師 Nidoさん(運動科学総合研究所主席指導員)
 
参加費:500円
 
問い合わせ:ゆる体操の仲間たち
          代表 野田 090-2677-0146
              河野 090-2943-1024
 
 私も行くかもしれません。
 ゆる体操を楽しく学べるチャンスです。是非、ご参加ください。
 

| | TrackBack (0)

«大人の稽古