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これいいよ!

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February 20, 2024

スタレビに遭う

 18日、スターダストレビューが来県、ライブに行きました。

 若いころから「夢伝説」を始め、楽曲はたくさん聴いていたのにライブに行ったことはなく、死ぬまでに一度はお目にかかりたいと思っていたので、願いが叶いました。

 噂通りというか、噂にたがわず、めちゃくちゃ楽しいライブでした。

 演奏の間の根本さんのトークが面白くて会場は大爆笑、高い演奏技術とハイトーンボイスの歌唱とのギャップがすごい。根本さんのトークは長いので有名で、さだまさしと双璧とか。

 2時間で終了と聞いていたけど、実際は3時間以上かかっていました。

 アンコールも「地獄のアンコール」と根本さん言っていましたが、スタレビのメドレーが延々と続き、どんどん客を引っ張る。

 興奮して、改めて魅了されて、帰ってからも聴いて「復習」しています。

 写真は休憩中の様子、根本さんから「写メOK、SNSにアップしてもOK」ということで出します。

 休憩中もステージに残って観客とトークするメジャーバンドなんて、スタレビ以外ないんじゃないでしょうか。

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February 17, 2024

コロナワクチン被害メモ

 コロナワクチンの問題は今マスコミではタブー扱いになっているようで、発言さえ許されないようです。

 遺伝子ワクチンのメカニズム的問題から、接種後の副作用の激しさと症状の多様性、そして死亡事例の多さ、さらに製薬会社の実態と利権、国際政治などまさに「生物-心理-社会」的次元が複雑絡み合う巨大な問題と化しています。

 ただ、大きな問題は専門的過ぎてなかなかわかりにくい。

 ここで、「自分にとってどうだったのか」を振り返ることも大切です。

 自分のワクチン体験が、この問題の判断のベースになるからです。

「自分は全然大丈夫だった」という人は、ワクチンのおかげで罹らなかった、重症化しなかったという信念を持つでしょう。

 私は1回も接種していないので、逆に「打たなかったから罹らなかった」と思うのですが、なぜ接種しなかったのかを振り返ること、自分の周りはどうなっていたかを記録することは必要と考えました。

 今回は後者、私の周り、公私にわたってどんなことがあったのか、私にはどんな風に見えたのかをメモしたいと思います。

死亡事例

・本人はどう思ったのか、もはやわからないけれど、周囲は「絶対ワクチンのせいだ」と思っている事例が1件あります。健康な成人が接種後数日してあっという間に亡くなったからです。

・周囲はどう思っているかわからないけれど、私が勝手に疑っているのが2件。接種後しばらく、数か月して突然亡くなったのです。1人は心臓系の問題だといいます。心疾患はコロナやワクチンの後遺症としてよく言われていたので、「もしや」と思っています。もう1人は原因不明。

・私は直接に知らないけれど、人づてに「あの人ワクチンで亡くなったらしいよ」と聞いたのが1件。なんと子どもらしいです。単に噂なのかは不明。

病気の発症

・知人の奥さんが軽い認知症でいたのが、接種後急激に悪くなり徘徊や迷惑行為をするほどになり、家族がほとほと困っていた事例。私に、「いいと思って打たせたらこんなことになって。もう絶対打たない」とおっしゃっていました。

・これはよくあるらしいですが、帯状疱疹になった80代女性。しかも眼窩というのか、目玉の奥の方にできてしまいました。さらに涙腺が詰まったのかゆるんだのか、涙が止まらなくなる症状が今も続いています。何を隠そう、私の母親です。「打つな」と言ったんだけどなあ。私よりモーニングショーを信じてしまった。もう反省して4回でストップしています。

謎の体調不良

・原因がよくわからないけれど、体調不良が続き激やせしたり、不調がある程度の期間続いて日常生活に支障が出た人を少なくとも4人知っています。私が疑っているだけで、ご本人はどう思っているのか知りませんが、どうも「ワクチンのせいかも」と思いたくない節があるようです。気持ちはわかる。ストックホルム症候群みたいなものですかね。

 人間、病気で死ぬのはある意味仕方がない。コロナは風邪、風邪は万病のもと。罹って免疫が負ければ、死ぬしかない。それでも病弱な人や高齢者がコロナを怖がってワクチンを打つのはわかりませす。

 だとしても、このコロナワクチンは本当に効果的なのかと、私は疑っていますが。

 しかもワクチンは病気の治療ではなく、健康な人に予防的に打つものなので、極めて高度な安全性が求められます。

 死亡は1万人に1人ぐらいだそうですが、これはけして少ない数字ではありません。

 人口80万人しかいない山梨でも、80人ぐらいは死ななくてもいい人が死んだことになるのですから。

 けっこうな確率で深刻なことが起きているような実感があります。

 

February 10, 2024

源氏物語にはまる

 ずっと『源氏物語』が嫌いでした。

 大体、身分が高くてイケメンで、狙った女を次々とものにしていく光源氏は、なんてうらやましい、いや、なんてとんでもない悪い奴だ、としか思えず、これまでの人生で遠ざけてきました。

 一応文学少年だったので、高校の時、清少納言の『枕草子』は読んだし、『伊勢物語』や『今昔物語』、ちょっと下って『平家物語』だって多少は読んだけど、『源氏物語』だけはどうしても読む気になれませんでした。

 それがご想像の通り、大河「光る君へ」に触発されて、吉高由里子ファンでもあるので、「じゃあ、この機会にちょっとは触れてみるか」と読み始めたら、これが面白いのなんの。

 平安世界にどんどん引き込まれ、「こういうことか。さすが、世界最高峰の文学作品といわれるわけだ」と納得した次第です。

 光源氏も女好きではあるけれど、ただ単に軽薄な男ではなく、自らの行為の罪の意識に悩んだり、それでも女たちに惹かれざるを得ない業があり、女たちも立場の違いによってそれぞれの苦悩や歓びがあり、さらに私の好きな権力闘争も描かれています。

 いやあ、食わず嫌いだったなあ。

 といっても原文を読む力はないので現代語訳ですが、今読んでいるのは田辺聖子訳『源氏物語』

 与謝野晶子から始まり数多くの作家が訳していますが、田辺聖子を選んだのは特に理由はなく、上巻が Kindle unlimited で0円だったからです。

 つまり、電子書籍で読んでいます。老眼にはやさしいので。

 田辺訳はとても読みやすくて、バランスがいいような気がします。

 これからは、いろいろな人の訳を比較する楽しみも出てきそうです。

 しかし、3月の研修講師や学会発表で読まなければならない資料がたくさんあるのに、気がつけば源氏物語の世界に逃避してしまっている自分がいます。

 やばい、やばい。

February 03, 2024

心のケアにインフラ整備は不可欠

 今、元旦に起きた能登半島地震で多くの医療チームが派遣されています。

 私がSVをしている精神科病院でも、スタッフが交代で珠洲市などの能登半島に出向いていました。

 私はその前、2007年の能登半島地震の時には県職員でしたので児童精神科のチームの一員として派遣されました。

 2011年の東日本大震災でも宮城県と岩手県に2回、精神科チームとして参加したこともあります。

 緊急支援はけっこう経験しているのです。

 今の私は、とても能登まで行く余裕がないのですが、体力も必要なことなのでここはやはり若い人たちに頑張ってもらいたいところです。

 このような現地での活動はもちろん現在絶対必要なことですが、時には何でこのような被害に至ったかを考えることも必要です。

 現場ではミクロな視点ですが、もっと引いたマクロな視点も大切です。 

 私は京都大学の藤井聡教授の提言に注目しています。

 次の動画をご覧になってください。

 【東京ホンマもん教室】 能登半島地震と「緊縮」の大罪“人災”は強靭化で乗り越えろ!

 要約します。

 藤井氏は、今回の被害の多くは社会経済的、土木工学的に事前に備えることができたし、そうすれば被害をもっと抑えられただろうと説きます。

 被害が大きくなった理由の一つは、能登半島における道路整備の貧困にあるのです。

 この地域は、七尾市を中心に道路網ができているものの、高速道路はそこから先はないそうです。輪島市にも延ばす計画はあったものの、完成に至らず、珠洲市には計画さえもないみたいです。

 高速道路は高規格道路といって耐震性が高く、地震に対して強靭です。

 実際今回も、地震のあった1月1日には高速道路は通行止めになりましたが、翌2日には解除されたそうです。高速道路が無事であれば、物資も人も運ぶことができます。

 ところが、能登半島の北部方面は国道、県道等の生活道路しかないために大渋滞になって、物資を届けたり、被災者を避難させたり、支援者を運んだりすることが大変滞ってしまったそうです。

 その結果、倒壊建物の下敷きになった人への救援や、避難所への被災者の移送が遅くなってしまった可能性があります。そのために災害死や災害関連死が増えた可能性が高いのです。

 もし片側2車線の高速道路が能登半島の先端まで伸びていたら、もっと網の目のように巡らされていたら、被害はもっと少なくてすんだに違いありません。「国土強靭化」を唱える藤井氏は、これは政府の「不作為の罪」であると批判しています。

 私も前述のとおり、能登半島を支援チームで巡った時、海岸線沿いや山間部の片側一車線の道をダラダラと走ったことを覚えています。今回その中のいくつもの道が崖崩れなどで寸断されているのをテレビなどで見ると、藤井氏の指摘が正しいことを実感しています。

 自然災害は災害そのものだけで被害の程度が決まるのではなく、社会状況や政策によって大きく変わってくる「人災」でもあるのです。

 

January 25, 2024

日本個人心理学会大会に行こう!

 3月2、3日(土日)に第4回日本個人心理学会第4回学術大会が、東京、水道橋駅近くの東洋学園大学で行われます。

 今回のテーマは「私の好きなアドラー」

 アルフレッド・アドラーとアドラー心理学を改めて好きなっていただこう、すでに好きな人はもっと好きになっていただこう、知らなかった人は初めて好きになっていただこうという企画です。

 初日午後は研修会、私は「早期回想」を学ぶ研修会の講師を務めます。

 アドラー心理学的アセスメントの華といえる早期回想法の初歩をお伝えします。

 アドラー心理学をメインにしていないカウンセラー、臨床家にも役に立つこと必至です。

 他にも「アドラー心理学入門」や「勇気づけ」、「課題の分離」、「不適切な行動の目的」についての研修会があり、アドラー心理学の多様な側面を学ぶことができます。

 といっても一つしか選べないけど。

 2日目の午前、演題発表では、私は「日本人のスピリチュアル・タスクと神道的世界観」といったテーマで、日頃の研究(というほどでもないけど)の成果をお伝えします。

 あまり妖しくならないように気をつけなきゃ。

 午後のシンポジウムでは、長年日本のアドラー心理学をけん引してきた岩井俊憲先生らをお招きしてのシンポジウムがあり、私はその司会を務めます。

 なんか出ずっぱりですが、年に1度のことですので頑張ります。

 別に「アドラーなんか好きでない」なんて人でも大丈夫。

 決して無理に折伏しません。

 いろいろ有益な情報や報告に触れる機会ですので、プロアマ問わず、是非ご参加ください。

January 18, 2024

マスクの着け過ぎもいけない

 前回、藤田絋一郎著『手を洗いすぎてはいけない』という本を紹介して、手を洗って消毒し続けるとかえって体に良くないことをお伝えしましたが、感染対策でマスクを着けることも本当に意味があるのでしょうか。

 マスクなんて、N95みたいな特別なものでなければ、ただの生活雑貨でしかないのに、私たち日本人はマスクが感染対策になると信じ込んでいるようです。

 実際は、ほとんどの国民がマスクを常時着け続け、おまけにワクチンまでも打っていたのに、世界最高の感染者数を叩き出したのだから意味がないのは明らかのはず。

 こういうのをフェティシズムというのか、宗教学的には物神信仰というものなのでしょう。

 日本人は、マスクにも神が宿ると思っているのかもしれません。

 前出の『手を洗いすぎてはいけない』にも、「マスクは風邪予防に効果がない!」と言っている箇所があります。

 新型コロナは風邪だから、マスクも効果はないことになります。

 むしろ「みんなと同じ」という体裁と安心感を得るために、ほとんどの人がマスクをしている、と藤田先生は指摘しています。

 その通りですね。

 これは最近の調査でも、多くの人が感染対策というより、人目が気になるから着けているという人が最も多いという結果が出ていたので、相変わらずということでしょう。

 まあ、マスクに効果があるとしたら、「みんなと同じという安心感」と「ウイルスを防げているはず」という信仰による心の安寧、プラセボ効果によるのでしょう。

 それで多少免疫力が上がるかなあ、上がらないかなあ。

 マスクの効用と限界については、X(元Twitter)で、マスク業界にいると思わるMr.NowWovenという方のポストがとても勉強になります。

 さすが、業界の人だけあって、とても詳細にマスクはウイルスの空気感染に無力なことを詳しく説明してくれています。

 最近はこの人のポストに「コミュニティーノート」がつくようになって、余計に信頼性が上がりました(笑)。

 今はテレビが報道しないことを言うこと、Xのポストにコミュニティーノートがつくこと、YouTubeで削除されることで、その情報の信頼性が増すという時代になっているんですよ。

January 13, 2024

『手を洗いすぎてはいけない』

 コロナ禍で私たち日本人が強いられ、強く身につけたのが手洗いの習慣。

 どこに行ってもアルコールの手指消毒が置いてあり、今でもスーパーやレストランなどに入店するときに手をシュッシュとする人はよく見かけます。

 ご本人はきれいになったつもりでいるけれど、本当はどうでしょうか。

 実は、免疫や衛生に詳しい人ほど、過度な手洗いを勧めてはいません。手洗い自体はいいのですけど、過剰な手洗いは本末転倒になることを警告しています。

 皮膚にある常在菌がアルコールで死滅し、油脂が水で流されてしまうからです。

 皮膚は免疫の第1関門、そこでウイルスや細菌を防げれば、体内の免疫の負担はだいぶ減るはずです。

 手洗いによって、ウイルスとの戦いの最前線が崩壊してしまえば、こちらは不利になるのが必定。

 その辺をわかりやすく解説してくれるのが、藤田紘一郎著『手を洗いすぎてはいけない』(光文社新書)です。

 藤田先生は以前から私もファンの感染免疫学者で、先年お亡くなりなりました。本書はコロナ前の2017年に出た本ですが、コロナ禍の日本人の狂騒ぶりを早くも警告したかのようです。

 本書の中身の一部を抜粋します。

 人間の皮膚には表皮ブドウ球菌や黄色ブドウ球菌をはじめとする約十種類以上の「皮膚常在菌」と呼ばれる無数の細菌がいます。これらが私たちの皮膚を守ってくれているのです。

 皮膚常在菌は、皮膚から出る脂肪を餌にして脂肪酸の皮脂膜を作り出します。この皮脂膜は弱酸性で、病原体のほとんどは酸性の場所では生きていけないそうです。つまり皮膚常在菌は病原体から体を守るバリアの役割を果たしているのです。弱酸性のバリアとして感染症から身を守る第一の砦となっているのです。

 それを水で執拗に洗い流し、アルコールで殺菌してしまえばどうなるでしょうか。

 昔ながらの固形石鹸で手を洗った場合でも、9割の皮膚常在菌はなくなってしまうそうです。しかし、10%でも残っていれば、再びそれは増殖して12時間後には元の状態に戻れるとのことです。

 1日1回入浴するくらいなら、皮膚常在菌は十分復活するそうです。

 しかし今の薬用石鹸やボディソープならもっと殺菌効果が高いはずですし、それを何時間おきに、時には何分かおきに使っていたら皮膚常在菌が戻る余裕はなくなってしまいます。

 皮膚常在菌のバリアを失うと、皮膚は中性になるので、病原体にとても弱い状態になります。病原体は手指から口へと体内に入り、感染します。あとは体内の免疫機構に働いてもらうことになります。まず皮膚の段階で、病原体を殺すことができれば、体内の免疫機構の負担は減るでしょう。

 つまり、手を洗いすぎることで、私たちは免疫力が低下するのです。

 これを藤田先生は、「洗いすぎると人の皮膚はどんどん『キタナイ』状態になり、病原性の弱い菌やウイルスに感染しまうほど、ヤワな体になっていくのです」と言っています。

 これはキレイ好きで感染を恐れる人にとっては、「洗えば洗うほど汚くなる」ということで衝撃的ですね。

 何事も過ぎたるは猶及ばざるが如し。

 では、どの程度の手洗いならよいのでしょうか。藤田先生は言います。

「両手を軽くこすりながら、流水で10秒間流す」

 これだけです。

 簡単ですね。

 もう、高田純次的に、テキトー主義でいきましょう。

January 08, 2024

河口浅間神社

 初詣は元旦に地元で、私が氏子でもある酒折宮へ。

 実家から歩いて3分。

 敷地も建物も小さいのですが、古事記や日本書紀にも載っている極めて古く由緒あるお宮です。

 日本武尊(ヤマトタケルノミコト)を祀っています。

 尊が東征の帰りにここに立ち寄って、地元の「翁」と歌を交わしたと記録にあります。そこから連歌発祥の地と言われています。

 6日は車で30分ほど河口湖方面へドライブ、河口浅間神社にお詣りしました。

 あの経営コンサルタントの神様、船井幸雄氏はじめ、財界の大物たちが参拝に来るといわれています。

 私にはかつての通勤路沿いにこの神社があるので、これまで何度も立ち寄っています

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 杉の巨木が本殿を囲み、神気が漂っていました。

 私も商売繁盛、金運上昇を欲望たっぷりに祈ってしまいました。

 大丈夫かいな。

 参拝の後、その裏山を登ること20分、天空の鳥居という場所に立ち寄りました。

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 鳥居を通して富士山を真正面に望め、2019年ごろ富士山を拝む遥拝所として作ったようですが、絶景スポットとして有名で、たくさんの観光客が訪れていました。中国人など外国人ばかりでした。

 そこから歩いて15分、河口浅間神社の分社がある「母の白滝」も訪れました。ここは人が少なく、日陰で寒いのですが、マイナスイオンがいっぱい、神気が一層濃いところです。かつては修験の行者が富士山に登る前にここで滝に打たれて身を清めたそうです。

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 富士山も絵に描いたように素晴らしく、1年のよいスタートとなりました。

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January 04, 2024

衝撃の新年

 前回元旦にアップした記事で、「今年のテーマはサバイバル」なんて言いましたが、本当にとんでもないことが正月早々に起こってしまいました。

 1日、元旦に能登で大地震、2日に羽田空港で日本航空機と海上保安庁の航空機との衝突事故。

 何ということか…。

 別に占いに出たとか予言者ぶっていたわけではなく、信頼する識者、情報源の人たちからの情報と自身の直観からそう思って書いただけでしたが、まさかこんなに早く現実化するとは。

 もちろん自然災害と事故ですから、単なる偶然でしょうけれど、かのユングがいうようにシンクロニシティ(意味のある偶然)という捉え方もできます。

 いずれにしても誰もが不吉な年を予感したのではないでしょうか。

 亡くなられた方にはお悔やみを、被害に遭われた方にはお見舞い申し上げます。

 我々も油断なく生きなければならないかもしれません。

January 01, 2024

謹賀新年

 明けましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いします。

「激動の年」とか「何百年に一度」とかいうのは、最近定型の決まり文句ですが、今年も一層そうなるような気がします。

 私は、50代最後の年。

 これまでも言いたいことを言ってきましたが、もう心残りがないように言いたいことをさらに一層喚き立てていきたいと思います。

 まず戦闘目標は、コロナワクチンかな。

 コロナ禍とワクチンは、現代社会の問題が集約されています。

 史上最大の薬害を明らかにしようという人たちと、それを封じ込めようとする体制側との闘いが今、進行中です。

 私も反ワクチンの人たちを応援しながら、被害者の支援や情報の拡散、運動に参加していきたいと思います。

 そういうわけで今年のテーマは、サバイバルかな。

 戦争、紛争、災害、経済の変動が私たちを襲うかもしれませんし、それまで隠されていたものが表に出ることによって、私たちのものの見方が大きく変わる年になるような気がします。

 基本、日本はまだ平和だと思いますが、何か事が起これば、ストレスマネジメントとか心のケアなんてレベルではないかもしれません。

 頑張っていきましょう。

 

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