August 21, 2019

「チアダン」に出た!

 実は、ここのところ大人気の広瀬すずさん主演の映画「チアダン~女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話」に出ていました。

 といっても私本体ではなく、私の本です。

『ブレない自分のつくり方』(PHP研究所)という私が最初に関わって出した本で、唯一の一般書です。これ以降はもっぱら専門家向けの本ばかりだしてました。私はこの本で監修をしました。

 映画では、チアダンス部の鬼顧問を演じる天海祐希が、自らのコーチングを反省して猛勉強するシーンで、天海さんの前に積みあがった本の中に私の本があったのです!

 他には山下泰裕さんとか松岡修造さんの本などがありましたね。それらの中に私の本が入っているとは、製作者のどういう選択かわかりませんが、光栄です。

 東北にお住いのアドラー仲間が見つけて、わざわざメールで教えてくれました。ありがとうございます。

 最初から1時間40分前の辺り、ほんの一瞬だから、よく見つけたなと思います。

 でも、うれしいですね。

 いつも研修会や講演会でこの本を宣伝する時に、「アマゾンのマーケットプレイスで1円で打ってますよ!買うなら今です!」と自虐ネタで受けていたのですが、今度は自慢ネタにできそうです(今日は93円でした)。

 いつか本体も、広瀬すずさんや天海祐希さんと共演できたらうれしいです。

 さて、明日から日本ブリーサイコセラピー学会で、群馬県は前橋に行きます。

 しばらく更新は夏休みとなります。

 

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August 19, 2019

『春宵十話』

 岡潔著『春宵十話』(角川ソフィア文庫)

 数学者・岡潔の評判は方々で聞くことがあったので、代表的なエッセイを読んでみました。評判通りでした。天才の直観と経験に基づいたエッセイだと思うのですが、非常に重要なことを述べているように思いました。一見奇をてらったような言葉も、当たり前に感じられるのは普遍性に到達した言葉だからでしょうか。

 有名な「数学は情緒である」というフレーズは、初めて聞いた時は、面白いなと感じながらも、数学は論理だけだと思っていた文系人間にはなかなかわかり難い感じもしました。本書で、岡先生独自の非常に深い教育論であることがわかりました。こんな理解で数学をやれたらよかったです。

 印象的なところはたくさんあるのですが、後学のためにメモします。

 人の中心は情緒である。…(中略)…数学とはどういうものかというと、自らの情緒を外に表現することによって作り出す学問芸術の一つであって、知性の文字板に、欧米人が数学と呼んでいる形式に表現するものである。  p3

 頭で学問をするものだという一般の観念に対して、私は本当は情緒が中心になっているといいたい。  p13

 本当は情緒の中心が実在し、それが身体全体の中心になっているのではないか。その場所はこめかみの奥の方で、大脳皮質から離れた頭のまん中にある。ここからなら両方の神経系統(自律神経の交感、副交感神経のこと=ブログ主注)が支配できると考えられる。情緒の中心だけでなく、人そのものの中心がまさしくここにあるといってよいだろう。  p13

 面白い視点ですね。こめかみの奥の中心って、松果体でしょうか。岡先生の数学をやっている最中の身体感覚なのかもしれません。神秘主義者やオカルティストはよく松果体を直感や霊感の座ということがありますが、関連があるように感じてしまいます。

 さきに副交感神経についてふれたが、この神経の活動しているのは、遊びに没頭するとか、何かに熱中しているときである。やらせるのではなく、自分で熱中するということが大切なことなので、これは学校で機縁は作れても、それ以上のことは学校にはできない。  p15

 文化の型を西洋流と東洋流の二つに分ければ、西洋のはおもにインスピレーションを中心にしている。たとえば、新約聖書がインスピレーションを主にしていることは芥川龍之介の「西方の人」を見ればよくわかる。これに対して、東洋は情操が主になっている。孔子の「友蟻遠方より来る、また楽しからずや」などその典型的なものだし、仏教も主体は情操だと思う。  p36

 仏教では視覚、聴覚の中枢を五つ考えて、五識としています。これをまとめるのが第六識で、第六識をあらしめているものが第七識となっていますが、これが情緒の中心と言えます。つまり情緒の中心が第六識以下の感覚をあらしめているのに違いないと思えるのです。  p86

 本当の数学は黒板に書かれた文字を普通の目玉で見てやるのではなく、自分の心の中にあるものを心の目で見てやるのである。これを君子の数学という。  p119

 数学教育の目的は決して計算にあるのではない。かたく閉じた心の窓を力強く押し開いて清涼の気がよく入るようにするのにあるのだ。  p120

 

 

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August 15, 2019

『はじめてまなぶ行動療法』

 SNS等で心理専門家、学生の間で評判の高い本です。行動療法の基礎から最先端の動向まで学べます。

 三田村仰著『はじめてまなぶ行動療法』(金剛出版)

 一読して、私も改めて行動療法の世界を整理できた感じです。公認心理師試験の受験生にも役立ちそうです。

 本書によると、行動療法には大きく二つの流れがあるといいます。「要素実在主義」と「文脈主義」です。前者はイギリス発祥でアイゼンクやウォルピの系統、不安症が主なターゲットで、認知行動療法やマインドフルネス瞑想はこの流れの中にあるといいます。

 後者はアメリカ発祥で、スキナーの徹底的行動主義の発展形といえ、障害者の療育から始まり、現在幅広く応用されるようになってきており、最近は弁証法的行動療法(DBT)やアクセプタンス・アンド・コミットメント・セラピー(ACT)などが最新のアプローチです。

 初心者向きとありますが、原理的なところをきちんと押さえているので、心理療法全般を思想的基盤から考えたい人にも役立つ内容でしょう。

 アドラー心理学からすると、この二つの中では「文脈主義」が近いところにあるように思われます。価値とか文化的要因も加味して、コミュニケーションの全体を重視するからです。アドラー心理学は深層心理学というより「文脈心理学」といった方が正確であるとは、海外の文献でも昔から言われていたので、言葉からしても、内容的にも近いのは間違いありません。

 実際、何年か前の日本心理学会でアドラー心理学シンポジウムがあったとき、シンポジストの一人としてお話しさせていただきましたが、アドラー心理学は「ACTに似ている」と感想を持った方がいたようです。

 科学的であれ、価値中立的であれ、という態度が絶対的だったイメージの行動科学、行動療法が価値を重視するようになったのは時代の流れを感じます。昔だって実際はそれは建前で、現場のセラピストが価値中立的なはずはないのですが、今や堂々と価値を語れるようになったということなのでしょう。

 今私が大学生だったら、アドラーを知らなければ、これを学んだかもしれません。科学的であることにそんなに魅力を感じなかったので、その時は。行動療法家への道は考えませんでした。

 「第三世代の行動療法」ともいわれるこの流れの特徴は、以下の通りだそうです。

(1)文脈と機能を重視すること、(2)症状の治療を超えてクライエントの人として生きる機能を高めること、(3)理論や技法をセラピスト側にも向けること、(4)これまでの行動療法や認知行動療法に延長に位置づけられること、(5)人間の抱える大きなテーマ(例:価値、自己)も積極的に扱う  p25

 (4)以外は、まったくアドラー心理学と一緒です。私から見れば文脈主義的行動療法は、当人たちが言うほどまったく新しいアプローチではなく、昔からアドラー心理学が射程に入れていたところで、他の心理療法学派が入れていなかったことに、行動療法側がようやく目を向けるようになってきたということです。心理療法史の中でいえば、これが正しい理解だと思います。しかし、行動療法の強みである、実証性を引っ提げてきたというところが素晴らしいといえます。

 そして文脈主義の一つである「機能分析心理療法(FAP)」は、なんと勇気と愛についても言及しているそうです。

「勇気とは、その瞬間に起こっていることの意味について誠実に表現することである。そして愛とは、オープンかつ共感的で、理解を持って承認し、相手の表現を気遣う反応のことである。 p224」

 なかなか面白い表現です。こういう用語や定義を比較して研究するのもいいかもしれませんね。

 他にも、「ぼくたちは人生の方向性を自分で選べる! p270」なんて、アドラー心理学の「主体論」の主張そのままです。環境主義の行動療法はどこへ行ったのだろう。

「実証的アドラー心理学」を作るとしたら、この方向だろうと思いました。

 技法の解説も懇切丁寧で、臨床がうまくなりたい人は、是非参照してください。 

 

 

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August 12, 2019

スピリチュアル・タスクとセクシャル・タスクを学ぶ

 ひどい暑さが続いているので、オフィスにひきこもっています。

 ただ、学校が夏休みでスクールカウンセリングがないので、外に出る仕事や機会も多くなっています。

 7月30日(火)は朝日カルチャーセンター湘南教室で「アドラー心理学とスピリチュアリティ」についてお話し。私も初めてテーマでしたが、これからの社会でいろいろな意味で重要になるトピックだと思いますので、アドラー界で先陣を切るつもりでやりました。

 詳しい人は、スピリチュアリティは野田俊作先生が早くから述べていたように思われるかもしれませんが、彼の趣味は私にはイマイチ感がずっとあったので、ここを持って嚆矢とするぐらいのつもりでいます。

 8月1日(木)は山梨県中央児童相談所で、里親会主催の「里親更新研修」で講師。「発達心理学と勇気づけ」を里親さんたちにお話ししました。生物学的ではなく、人為的に親子関係になる里親さんたちのご苦労は大変なものです。ここはアドラー心理学の出番となるでしょう。

 8月2日(金)は、北杜市主催の自殺予防のためのゲートキーパー養成研修で、食生活改善推進員さん、80人近くにお話ししました。自殺予防の基本的心構えと、正しく相手を励ます、つまりは勇気づけの話をさせていただきましたが、大変盛り上がって好評だったみたいです。

 そして今度は私が学ぶ番、昨日8月11日(日)はヒューマン・ギルドに出向き、ジョセフ・ペルグリーノ博士の講座に参加しました。2日間の講座でしたが、私は都合で初日夜の懇親会と2日目のみの参加でした。

「5つのライフタスク」というテーマ、アドラー心理学の基本であるライフタスクを丁寧に学ぶ時間となりました。私が参加した日は、スピリチュアル・タスクと愛のタスク、とりわけセクシャルタスクと講座では名付けてましたが、性を取り扱うというなかなかない内容でした。

 スピリチュアル・タスクは上記の通り、最近の私の関心事なので博士の考えをうかがうことができて、大いに参考になりました。

 性の話題もけっこう突っ込んだ内容でしたが、別に精神分析的でもなく、個人のプライバシーを暴くものでもなく、ここは博士の人柄とアドラー心理学の率直さのために、実にユーモラスに楽しく進行しました。でも、とても考えさせられる中身でした。

 そしていつもながら圧巻は、博士によるカウンセリングのデモンストレーション、いわゆるオープン・カウンセリングでした。長年何度も見てきてますが、今回も素晴らしかった。博士の温かさとアドレリアンとしての厳密さ、柔軟さが見事に融合していて、御年84歳(だったかな)、武術の達人のあり様を見ているようでした。

 私が80代で同じようにできるか、とても自信はありません。ただのエロ爺になる自信はありますが。

 はっきり言います。アドレリアンになって30数年、東西のたいていの代表的な人物は見たり接したりしてきましたが、アドレリアンとしての総合力では、ペルグリーノ博士が頭抜けていると思います。

 この人を見ないで、何が正しいアドラー心理学だ、と言っておきましょう。

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August 09, 2019

対人関係によい太極拳

 太極拳などの中国柔拳、内家拳をやっていると、「これは対人関係のレッスンとしてとても良い」と実感することが多々あります。

 臨床でいうと、クライエントにとってはストレスを感じた時の緩和法、リラクセーション法としてはもちろん、相手から攻撃的なかかわりをされた時の心構えを作ることができます。攻撃(と感じたこと)やストレスまともに受けるのではなく、フワッと受け止めて、受け流す感覚を身体感覚として身につけることができます。

 特に推手という実際に腕を触れ合い、技をかけあう練習法がそれに最適です。

 また、ゆっくり型を練ることはまさにマインドフルネス瞑想で、自らの心身を客観視することができるようになります。

 アメリカの文献を見ると、太極拳がトラウマ治療として採用されているのもうなづけます。

 同様のことはセラピストにとっても当てはまります。クライエントがどんなふうにやってきても、それを柔らかく受け止める感覚を身につけられます。

 太極拳家の河津康弘先生という方が、伝統的な太極拳の効用や稽古法について積極的に動画で発信していて注目しています。

 対人関係に効果抜群な太極拳マインドセット

 私もまったく同意見です。

 河津先生のところには、私のブリーフセラピーや催眠療法関係の知人の先生が学びに行っていて、その実力をうかがっていました。動画でも、太極拳を修めた人らしい雰囲気が伝わってきます。

  ただ、そのような効果を得るためには、型だけをやる簡化太極拳ではなく、推手や護身術などの伝統的な稽古法を取り入れたところで学んだ方がより良いと思います。型だけならマインドフルネス瞑想やリラクセーションになっても、強いストレスに対する感覚を養うことは難しいかもしれないからです。

 武術の対人コミュニケーションへの効用を知りたい方は、参考にしてください。

 

 

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August 07, 2019

よっちゃん食品工業のお菓子が世界に

 全英オープンの渋野日向子さん、見事な優勝でした。いつも夜更かしの私も、しっかり中継を見ていました。確かにプレイの合間に見せる笑顔は素敵でしたが、さらに彼女が食べていた駄菓子が「よっちゃん食品工業」のものだと聞いて驚きました。

 まさに昔からある山梨県のローカル企業です。私も小さい頃から、駄菓子屋などでお世話になりました。渋野選手が食べていた「タラタラしてんじゃねーよ」以外にも「よっちゃんイカ」とか、たくさんのお菓子を出しています。大体、地域の中小企業だから、「よっちゃん」の商品は山梨辺りでしか売っていないと思っていました。

 有名になってよかったですね。

 それにしても今回の渋野選手の強さの秘密は何でしょうか。

 いずれ、高岡英夫先生の身体意識の分析があるかもしれないので、それを楽しみにしています。

 若い頃に天才的な才能と天真爛漫さでトップに一気に登った人はその後、伸び悩むイメージがあります。水泳の岩崎恭子さんとかが浮かびます。清原和博さんもPL学園から西武に入ってしばらくした頃、落合博満さんが「高校時代が最高だった。プロでは下手になった」と早くからバッサリ切っていましたが、その後の彼の大変な人生を見事に予見していたかのようでした。

 天才性を維持しきったのはイチローくらいでしょうか。

 そのくらい、才能を生かし続けるのは大変なことなのでしょう。渋野選手の成長を祈ります。

 ただ、早くから芽が出るのは、やっぱりうらやましい気もします。

 昔、知人が占い師に運勢を見てもらったところ、「晩年運が素晴らしい!」と絶賛されました。

 うれしくて彼は、「いつですか?」と聞いたら、

「80歳からじゃ」とのお答えでした。

 悲しげな彼の顔が思い出されます。

 

 

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August 04, 2019

紀元前と未来のシンギュラリティと心の発達

 前々記事で古事記の面白い話を紹介した能楽師の安田登さん、前記事で東洋文庫ミュージアムで文字の歴史を学んだことを記しましたが、その両方にかかわるようなことを、またも安田登さんが述べているのを見つけました。とても面白いです。

 一般に「シンギュラリティ」と呼ばれることは、AIが発達した近未来に起こると推測されていて、人の存在意義や労働の在り方についてなど、不安や希望など多様な意見があります。

 安田登さんは、該博な古典の知識を活かして、シンギュラリティは過去にも起こった、それは文字の発明とそれに続く心の発見となり、それを外在化することによって成し遂げた人は進化したと語っています。

 よろしかったらご覧ください。

 紀元前に起きたシンギュラリティからの「温故知新」:能楽師・安田登が世界最古のシュメール神話を上演するわけ

 孔子やニーチェは「人間のバージョンアップ」を目指していたのではないか。「仁」とはその意思を表し、そのための道具立てを孔子は論じた。それが「礼」であった。紀元前の中東やアジアで起こったことに続いて、新たなシンギュラリティによって、「新しい心」が生まれるのではないかというのは、大変スリリングに感じます。

 一部、メモしておきます。

(引用始め)

安田 孔子の言行録である『論語』のなかで最も重要なテーマは「仁」です。しかし、実は、孔子は「自分ですら、『仁』に至っていない」というようなことを述べていました。そもそも、当時まだ「仁」という漢字がないのです。

酒井雄二(以下、酒井) すっかり、孔子は仁を体現している人なのだと思い込んでいました。

安田 孔子はもう少し先の人間を想像していたのではないでしょうか。『論語』は「ひとはそろそろ、いまの人間を超える新たな存在になるべきではないか」と提案しているように読める。そして孔子は、「人」と「二」から成る「仁」という新たな人間像を創出したのではないか、なんて話をしたら、ドミニクさんが言うんですよ。

ドミニク それはまるで「Human2.0」じゃないか、と。

一同 (笑)

ドミニク まさに「人」と「二」という漢字の組み合わせなので。

酒井 字面から。

ドミニク 字面もそうですが、仁についての孔子の説明を聞いていると、それを聞いて真っ先に思い浮かんだのがニーチェの「超人」の概念なんです。「人間のヴァージョンアップ」という意味と近しいことが言われている。

酒井 時代も地域も異なる孔子とニーチェが、人間のさらなる進化について考えていた、というのは興味深いですね。

ドミニク 最近だと、イーロン・マスクが「ニューラル・レース」の構想を発表しましたよね。脳内にコンピューターと通信できるモジュールを挿入して、人工知能に勝てる人間をつくる、という。

酒井 いよいよ『攻殻機動隊』や『マトリックス』の世界だ。

ドミニク レイ・カーツワイルはシンギュラリティについて、機械の知能が人間を超えると言いました。一方で、人間がどう変わるかということについては、彼はあまり言いません。そこで、イーロン・マスクは「ニューラル・レース」というヴィジョンを打ち出した。

安田 人工知能の進化に警鐘を鳴らし続けた、彼らしいヴィジョンではありますね。シンギュラリティに「リテラシーを高めて対抗する」というのはイマイチです。いっそ、人間が機械を取り込んでしまおう、という。

(中略)

酒井 安田さんはなぜ、『イナンナの冥界下り』や孔子に注目しているのですか。

安田 『イナンナの冥界下り』から孔子の時代、つまりポスト心の時代になったばかりの混乱は、いま、次のシンギュラリティを迎えようとしている現代社会に近いという気がしているんです。

ドミニク なるほど。新しく生まれ、広がった概念により混乱が起きたというのは、いま、フィルターバブルやポストトゥルースといった問題で混乱する現代社会と似ています。そうだとすると、今度はどんな時代になるのでしょう。

安田 わたしは、いまの「心」を上書きする新しい概念が生まれてくるのではないかと思います。

酒井 それは、どうしてですか?

安田 心ができたばかりの神話や文学には、心以前の世界の記憶が残っています。その時代の神話には、たとえば「未来のことを考えない」、「話が突然飛ぶ」、「色が少ない」などといういくつかの特徴があります。これはわたしたちが夜見る「夢」の世界に似ているでしょう。

心以前の世界は、言葉によって生みだされた「心」によって上書きされ、夢の中に封じ込められたのだと思います。そして、文字の発明というシンギュラリティによって「心」が生まれたなら、ロボットやAIによって生まれる次のシンギュラリティは、まったく別の何かになるはずです。「知」という精神活動、すなわち「温故知新」はビッグデータによってAIでも可能になりつつあります。

ならば、脳や身体をさらに外在化したことによって生じる余裕によって生みだされるものは何か。それが「ポスト心」をつくるのではないかと思っています。そして、いま心を持て余したり、あるいは心によって苦しめられたりしている人の方が、その時代をつくることも十分に考えられます。

 

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August 01, 2019

納涼会と東洋文庫訪問

 今週前半29日(月)の夜は池袋で、アドラー心理学関連の本をたくさん出版しているアルテ関係者の納涼会に参加しました。同社から本を出した著者たちが集まりました。社長と著者たち(といってもほとんどがアドラー仲間の知り合いばかり)と飲み、二次会はカラオケと楽しい時間を過ごすことができました。

 実はその納涼会の前、お昼過ぎに東京に着いた私は、ふと思いついて駒込まで行きました。

 かねて行ってみたかった東洋文庫を訪ねたのです。

 東洋文庫は、東洋学分野に関する最大、最古の研究図書館です。1924年、三菱財閥三代目、岩崎久彌が設立したそうです。そこのミュージアムがまた良いらしいのです。

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 巨大で美しい書棚に圧倒されます。モリソン・コレクションといい、当時北京に駐在していたオーストラリア人のモリソン博士が収集していた本を岩崎久彌が購入したものだそうです。

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 本好きには夢のような空間ですね。

「漢字展」という特別展示では、文字の歴史を学ぶことができました。漢字だけでなく、楔形文字やヒエログリフも展示されています。

 文字の歴史は、まさに知の歴史、人類の思考力を高めた大発明です。

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 万葉集も展示されていて、まさに「令和」の引用元になったと思われる個所が開かれていました。

 夏休み、本好き、活字中毒者は是非行って見るといいと思います。

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July 29, 2019

本当はちょっとアダルトな古事記

『古事記』は日本最古の書物として知られていますが、教科書や右寄りの人たちには絶対取り上げられない楽しいお話がいくつもあります。

 能楽師で、ロルフィングというボディーワークの専門家でもある安田登さんが、インターネットラジオで『古事記」の大変面白い解説をしています。安田さんは、先日NHKEテレ「100分de名著」にも出演、『平家物語』を語っていましたね。これもよかったです。

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 私も以前初めて『古事記』を読んだ時に、「なんだこれは?」と驚いた話です。

 ある神様がある女性を見初めてお近づきになりたいと思い、その女性が厠(トイレ)でしゃがんでウンチをしているときに、神様は赤い矢に変身して、厠の下に流れて行き(当時の厠は小川の上にあったみたいです)、なんと下からその女性のあそこをツンツンしちゃうという、とっても心温まるお話です。

 いやあ、古代日本人の大らかさが、いいですね。

 しかし、神道に造詣の深そうな新海誠監督も、さすがにこのシーンはアニメ化はできないでしょう。

 女性の立場での現代訳、関西弁訳の2つのナレーションも楽しい。番組に出ている女性たちにも大受けでした。

 是非、お楽しみください。

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July 26, 2019

武術的身体操法が世界へ

 古武術研究家・甲野善紀さんのご子息、陽紀さんはお父様の影響を受けながらも、極めてユニークなアプローチで身体の不思議を体感できるワークをたくさん開発しています。

 ワークの内容は、殴る蹴る斬るといったいかにも武術的な動きではなく、立つ、歩く、持つというごく簡単な日常動作ばかりなので、誰でも取り組めます。

 私も学んだことがありますが、とても興味深く、日常動作、稽古に役立っています。

 その陽紀さんが、NHKの国際放送、NHK WORLD に出演しました。

 動画として見ることができますので、是非ご覧ください。

 体験する外国人女性の驚きの表情が面白い。私も同じ体験をしました。それをスクールカウンセリングの勤務校で子どもたちにやったら、大受けでした。

 日本の医学情報に関するプログラムの後半、22分くらいからのご登場です。

 英語リスニングの練習にもなりますよ。

 The Road To Patient Safety

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