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April 15, 2005

僕の武道修行・思春期編

 太極拳を学んでもう20年になります。素人武術家ながらよく続いたと思います。
 年を取ったせいか最近、これまでの武術歴を振り返ってみたくなりました。別にたいした武勇伝もあるわけでもなく、完全に個人の趣味なので、思い出すままに書き連ねていきます。
 誰もが各武道の創始者みたいな波乱の人生を歩んでいるわけでもないので、きっとこんな奴はいっぱいいるんだろうな。

 僕は、幼い頃からなぜか武道や忍者ものが大好きで、コミックでは「サスケ」や「忍者武芸帳」、「子連れオオカミ」「空手バカ一代」なんかを読みふけっている子どもでした。特に拝一刀には心酔してました。当然時代的にウルトラセブンや仮面ライダーも好きだし、タイガーマスクにも熱中したので、戦うことに興味があったのでしょう。
 おまけに武田信玄が地元の英雄で、周囲に史跡も多く、戦国時代の歴史にも自然に関心が向きました。
 成長するにつれ、いつしか武道を習ってみたいと思うようになっていました。でもなぜか友人たちがやっていた剣道や柔道にはいかなかったのです。スポーツ的な方向性は無意識のうちに避けていたのかもしれません。

 中学生の時には近くに空手道場がないものだから、裏山に行って木に座布団を巻いて突きをしたり、空手の真似事をしていました。テキストは金澤弘和先生の本を買いました。「何週間で強くなる」みたいなタイトルだったかな。本を読みながら、こうかな、ああかな、と試行錯誤の自己流の山籠もり稽古でした。
 そこは甲府盆地が見渡せる景色の良い場所で、冬枯れの木々の中で突き蹴りの稽古する姿はさながら大山倍達先生の気分!時にはいちゃいちゃしようとやってきた不埒なカップルがギョッとして逃げてしまうことも。

 そんな中、ある日書店で合気道養神館塩田剛三先生の本を見つけました。その本には塩田先生の武勇伝が書いてあって、身長が150センチそこそこの小柄な人が屈強な男を軽くやっつけている話を知ってびっくり。僕も背は低い方で劣等感もあったので、体格の小さな人でも強くなれることを知って、俄然合気道に関心を持ちました。
 でも当時山梨に合気道の道場はありませんでした。やはり、家の畳の上で受け身や四方投げの練習をするのですが、合気道は二人稽古が中心なので、一人ではどうやって技をかけるのかわからず、途方に暮れていました。
 高校に入ると、部活は弓道部に入り、おまけにできて間もない合気道の教室を見つけて入門することができました。
 生まれて初めて本格的武道を習える!と胸の高鳴る毎日でした。

 そこは合気会の道場で、師範は磯山博という方、以前「秘伝」誌にも取り上げられた先生です。自衛隊などに非常に実戦的な合気道を教えられている方と聞いていました。先生は暖かくもメリハリのある指導をして下さり、初めての武道の師匠として申し分のない方でした。
 先生の豪快な小手返しや腰投げは今でも目に焼き付いています。手首もすごく太かった。
 ただ部活と学業と不純異性交遊(?)も一応こなしていた高校生としては、十分に合気道に打ち込めなかったのが今となっては残念です。

 弓道は武道としてよりも、友達と弓道場で語らいながら楽しく過ごす場という感じでした。それでも矢が的に当たる感覚はとても気持ちが良かった。袴姿もかっこよく見えたし、「アイコ16歳」という小説がはやって、弓道部は女の子が多かったのもよかった(^_^)。

 武道をかじる男の子なら誰でもそうだと思うのですが、稽古を続けながら、一体どの武道が、誰が一番強いかということに興味が大きくなってきました。あっちこっちの本屋に行って情報を探し回りました。当時はインターネットなんて影も形もなく、本ぐらいしか手段はありませんでした。
 怪しく不確かな情報源も多かったのですが、武道や格闘技に対する自分なりの価値観や見方をその中で形成していったと思います。
 その中でやはり大山倍達と植芝盛平はやはり気になる存在になっていました。
(続く)
 
 
  

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