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April 26, 2005

僕の武道修行・思春期編2

 極真空手の大山倍達、この名を聞いただけで武道関係者は好き嫌いはともかく何らかの反射的思考、連想、感想を抱くでしょう。実にユニークかつ巨大な存在です。
 僕が中高生の時はまさに実力随一の武道家、格闘家というイメージで、友人にも「信者」がいました。でも彼は臆してか実際にやってはいなかったけど・・・。
 
 コミック「空手バカ一代」を立ち読みで全巻読破した僕にも、当然大山倍達先生は気になる存在でした。写真での姿を見た時の、「この人はきっとすごい人だ!」という直感は今でも覚えています。
 でも同時にストーリーの内容について「これは嘘だ」という直感もわいていました。当時の武道少年にはあのストーリーをまともに信じた人が多かったらしいので、子どもにしてはけっこう洞察力あったのかな?
 梶原一輝の、マンガだから当然としても、作為というかあざとさというかマッチョな世界観というか、その辺に「自分の進む方向ではない」という拒否感があったのかもしれないと今は思っています。「巨人の星」も既にパロディー化されてきた時代でしたからね。

 そんなで、結局その後も僕と空手との縁はできずじまいでした。食わず嫌いのところもあったかもしれないですけどね。その後中国武術を学ぶ中で極真の友人ができたりして、若干縁ができたのですが。

 植芝盛平、この人の写真を道場や本で見た時もなにか異様な感覚を抱きました。白い髭をたたえ、人の心の奥を見通すかのような仙人のような風貌に、この人も普通の人ではないと確信しました。
 それで、早速合気道関連の本をいろいろ読んでみたのですが、神道や大本教から影響を受けた植芝先生の武術思想は、難解すぎて歯が立たちませんでした。超能力者みたいなすごい人らしいけど、それと今やっている合気道とどう絡んでいくのかが見えにくい感じがしていました。とても僕はこの人みたいにはなれない、体質的に違うような気がしていました。
 基本的に僕は合理主義というか、実利好みのところがあったので、合気道家の中では、塩田剛三先生に近い感覚を持っていました。
 それでも合気道の技は好きでした。小手返しなど、関節技を学ぶことで、ちょっとしたことで人体が崩れ、投げられる、極められることがわかることはとても面白かった。昔の人の身体への知恵をかいま見た気がして、武道の奥深さを合気道から学びました。

 高校を卒業し、東京の大学に進んで一人暮らしに慣れ始めた頃、やめていた武道を何かやりたくなりました。
 さて何を学ぼう、と探し始めたのですが、そこでその選択に影響を与えたのが、このブログのもう一方の柱である心理学なのでした。
(続く)

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