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May 05, 2005

勝手に師事した恩師たち・1・クールでおもろい相対主義者・頼藤和寛

 これまでたくさんの方々から教えを受けてきました。直接学ばせていただいたことはアドラー心理学や中国武術を始めいっぱいありますが、本や講演、メディアなどから間接的に影響を受けることも多々ありました。もともと本好きだから、読書の影響は特に大きいと思います。またワークショップ等で若干縁はできたけど、直接長期間に渡って教えを受けたわけではない先生の中にも、自分としては強い影響を受けた方もおられます。
 その中で、僕が特にある時期とても入れ込んで、私淑した方々をご紹介しながら、臨床心理学やその近接領域を照らしてみたいと思います。勝手な人物評ですから、気楽に読み流していただき、お気にさわることがあったらお許し下さい。

 まずは、精神科医頼藤和寛氏。
 1947年大阪生まれ。阪大出身、著書は本当に多数。僕は大学時代、この人の著書(確か最初は「自我の狂宴」(創元社))を読んで、僕みたいないい加減な人間でも臨床心理学の世界に進んでも大丈夫そうだ、と勝手に思いこめたのでした。
 氏のどの著作も、ありがたいことや人間味にあふれたことが書いてあるわけではない、実にあっけなく、身も蓋もなく、人間の愚かさと単純さ、本性をユーモアたっぷりに書いてあるのでした。
 まさに博覧強記、精神医学、精神分析、動物行動学、行動理論、ゲーム理論、脳科学などなどを学問的正確さを損なわず、この世界にありがちな甘ったるい虚飾やタテマエ、偽善を廃して冷静に人間を描こうとする姿勢は、読んでいて痛快でした。頭を冷やすには絶好の作品ばかりで、僕はほとんど全て読んだかもしれません。
 特に好きなのは「ホンネの育児論」(創元社)と「悪と魔の心理分析」(大和出版)、「自分取り扱い説明書」(金子書房)かな、一般向けなのですが、世間で流布する子育てや犯罪など異常心理への見方を徹底的に反駁してくれています。
 臨床家は人間通のような顔をしていますが、実はけっこうアマちゃんです。僕もつい「いい子」になってしまう。タテマエ的言辞を信じてしまう自分がいるのですな。
 そんなとき、氏の著作はとてもいい解毒剤になります。
 また、いろいろな学問のトリビアな知識の仕入れ先としても役立ち、読むとなんか「わかった気」になれます。

 精神科医だの、医学博士だの、大学教授だのは、筆者が、身過ぎ世過ぎのためにかぶっているぬいぐるみにすぎない。いや、それどころか日本人とか男性とかさえ、筆者にとってはぬいぐるみでしかない。心理学者がご大層にアイデンティティーと名づけているものは、畢竟するに一種の化けの皮なのだ。筆者の正体は、単なる「動く蛋白質」である。この蛋白質は、困ったことに、言いたいことを言う。ズケズケ遠慮せずに言う。(「悪と魔の心理分析」)
 万事この調子です。

 でも氏の世界観はニヒリスティックではあってもけしてネガティブじゃないのです。大阪人っぽいコテコテさよりもクールな印象が著作からはするのだけど、やっぱりおもしろさ、しっかり受けを狙ってはずさないうまさがあります。
 著作は多いし、僕のような根強いファンがけっこういながら、メジャーにまではならない不思議な著作家でした。やはり内容的に一般受けはしにくかったのだろうな。

 そんな氏が、アドラー心理学を日本に初めて紹介した野田俊作氏と親友で、その学会誌にも投稿されていたのを、後日アドラー心理学を学んでから知ってびっくり。また好きになりました(*^_^*)。僕は遠い東国の山国にいるけど、いつかお会いする縁ができるといいなと思っていたら、なんと先年(2001年)ガンで亡くなられてしまいました。
 その知らせを聞いて、思わず天を仰いで嘆きました。

 ファンレターも出さず、ただ著作だけのお付き合いでしたが、氏が僕を臨床心理学、そしてアドラー心理学の世界へ導いて下さったと勝手に思っているのです。僕は本当は臨床家やアドラー派である前に、「頼藤派」なのかも・・・。お会いしたかったなあ。
 もう氏の辛口ユーモアの名著が読めないのは本当に残念です。
 合掌

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Comments

 はじめまして。コメントをくださりありがとうございました。早速貴ブログを拝見させていただきました。アドラーを学ばれているのですね。私はさほど詳しくはありませんが,CBTとの共有点は多いのではないかと思います。(認知療法学会でアドラーの発表をなさる先生もいらっしゃるぐらいですし,今,私が訳出中の認知療法のテキストにも,アドラーが紹介されていました)

 また武道の話も興味深く拝見しました。私は武道はよくわかりませんが(内田樹さんの本を読んで興味は持っています),自分自身かなり運動するということもあり,身体論やボディワークをCBTにうまく取り入れたいと常々考えています。うまくいえないのですが頭だけの心理臨床と,身体のあり方までを視野に入れた心理臨床は全然異なるのではないかと考えています。

 すみません,長々と書いてしまいました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

Posted by: coping | May 11, 2005 at 09:28 AM

 copingさま

 コメント、ありがとうございます。既に貴ブログにお返事させていただきましたが、認知療法のよさを是非、広めて下さい。最近は仕事の合間に更新記事を読むのを楽しみにしています。

Posted by: アド仙人 | May 17, 2005 at 12:55 AM

はじめまして。少し前から読ませていただいています。面白いです。
私も一般向けの頼藤和寛さんの、「もっと気楽に生きてみたら!」を読んで、とても心に残っておりました。いつ読んだかは定かではありませんが、本は1994年の発行になっています。読み返すことはなかったのですが、ずっと手元にあり、お名前も覚えておりました。私も訃報に接し、がっかりしたことを覚えています。いいことをおっしゃる方が早くなくなったなあ・・・と。
そんなに感銘を受けたにもかかわらず、それから10年も悩み続け、森田療法の本もかじったのに、あまり心も残らず、心理学関係の本ばかり読んでいる日々でした。自分としては病気とは思わず、心の問題だと思っていたから、医療関係の方の本は、いいとは思ってもはいりこめなかったのかもしれません。
そしてついに、心身ともに疲れ果て、ふと、病院に行って見よう、と思って、カウンセラーもいる病院の戸をたたきました。そこで認知療法を知り、今はずいぶん楽です。原因となるストレスが減ったせいもあるかと思いますが。
心にばかり目を向けず、医療の目から検証することも必要だったんだなと思います。ぶり返さないためにも、頼藤さんの本をもっと読んで見たいと思いました。ありがとうございました。

Posted by: すみれ | May 20, 2005 at 02:25 AM

 すめれさん、コメントありがとうございます。面白く思っていただけたようでよかったです。
 好きなこと書いていても、内心不安だったのですよ(^_^;)。その点、頼藤さんはやっぱりエライ。
 頼藤さんは医療とか心理とかの枠に収まりきらない感じがしますね。医者もたくさん知っているけど、あんなこと言う人はめったにいません。
 世に癒し本とされるものは多いですが、頼藤さんの本は違った意味で癒されるというか、解放感があります。折に触れ読んでいきましょうね。
 また、感想を寄せて下さい。

Posted by: アド仙人 | May 20, 2005 at 11:58 PM

あ、どうも 息子の一人ですw
こんな時間がたつまでなかなか触れられなかったのがざんねんなくらいですね。
たくさんのひとが好意的に著書をあつかってくださったこと感謝します。先日すこし読み直してみて、ばかなことしかいってないなぁ、なんてふうにもおもいますが。BMWもちのお医者さんには多大な迷惑をおかけしました。慰謝料ははらいません。
で父のゆーもあとかえさせていただきます。

Posted by: Rin | November 11, 2010 at 11:40 PM

 Rinさん

 え、息子さん?

 お父様にはとてもお世話になりました(本を通してですが)。

 本ブログもお読みいただきありがとうございます。

 またお父さんのことを教えてください。

Posted by: アド仙人 | November 12, 2010 at 12:44 AM

そうなんですよっ、他の人でも同様のことは書けるだろうし、ほんとだったらびっくりですね。自分もあまり父のことについて、とくにかけるねたもなくてw実際知らないことが多いのでぐぐったりしてたんですが、あまりおもしろいはなしものこってないですね。
人間関係ゲームが書かれたときのことはすこしおぼえてますよ。おそらくちっともうれなかったのと、縁者友人なんかには初版おくってたりしてたんでしょうね。家の僕の部屋がありまして、そこに山積みになってた時期もあります。内容については、う~んどうだろ、ひとみなほねになるならば、がカバーデザインも含めてすきだったりします。

Posted by: Rin | November 12, 2010 at 05:06 PM

 Rinさん

 ありがとうございます。やっぱりそうなのですね。

 面白いですね。
 貴重なお話をありがとうございます。
 ご家族なら、特に愛読者のような感慨は持ちにくいですよね。
 ユニークなお父様をお持ちで、いかがでしたか?
 
 ご子息とやり取りできて、こんなブログでもやってて良かったです。

 今後ともよろしくお願いいたします。

Posted by: アド仙人 | November 13, 2010 at 12:49 AM

裏話ついでに、家人はほんとに新しい著作がでるたびに恥ずかしい思いをしていたようです。僕は割とうれしい思いで、もらってそうそうよみつぶしてたりしてたんですが。その時々に自分以外の読者が本をどう読むかということにあまり意識的でもなかった、とおもいます。自分との関係で批判的に思える部分があったり、不真面目だ、目先の利益に弱いやらねwで、その部分に対しては、父上は真面目だし目先の利益に強いんだなぁと。そういう風にはとらえませんでしたね。あいたー、ふむふむ、な感じで教養の一部になっていたんじゃないでしょうか。
愛読者のような感慨でもないのかもしれませんが、家族が書いた著作という側面よりはそちらに近いかもしれませんね。

Posted by: Rin | November 13, 2010 at 02:04 PM

 Rinさん

 面白いですね。
 ご家族には先生の本はちょっと戸惑われる部分が多かっただろうと推察します。けっこう明け透けに「本音」を語ってましたからね。

 でもなんかRinさんのお父様への思いがうかがえて興味深いです。
 ありがとうございます。

Posted by: アド仙人 | November 15, 2010 at 12:36 AM

う~ん、父への思い、がうかがえて。
そうですねw、わかってもらえますか?僕はわりと大事な父をかかえていて、あまり重荷にも感じずにすんでいて、こんな風に軽やかに没後に、お弟子さんと思われる方に挨拶をしていたりしますw。

悪と魔の心理学が書かれた当時、父は確か50を過ぎた辺りで僕は70まで生きるとしてペース的に30,40冊くらいはまだまだ書くんだろうなぁ、と見積もっていてその後すぐぐらいでしたね。実際にその30冊を読めなかったことが、僕にとっては残念なことだし、著作はそういった楽しみのひとつでした。

ほんとうのところ、あのキャラクターのままであと30冊つづくんですよ?かれはその後60になり、今頃どんなテーマをああいう切り方してるんでしょうね。

Posted by: Rin | November 15, 2010 at 01:19 AM

 私ももっと先生の本を読みたかった、今の時代だったら何とおっしゃるだろうかと思います。

 きっとあの姿勢は一貫していたでしょうから、その時その時で手を変え品を変えしながらも、本音を語っていたのでしょうね。今時なら脳科学ブームに乗っかったり揶揄したりしていたのでしょうか。

 その本音が「結局人間なんてものは~」と本質的には同じでも、語り口の変化や面白さがあるから、楽しかったと思います。
 

Posted by: アド仙人 | November 15, 2010 at 11:43 PM

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