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June 29, 2005

アドラー心理学の種5・勇気づけ

 アドラー心理学の表看板の一つ、勇気づけです。出版されている関連本には、必ず出ていて、アドラー心理学といえば「勇気づけの心理学」とされています。僕が長年いろんな心理学を学びつつも、いまだにアドラーから足を洗えないでいるのも、この勇気づけがあればこそだと思います。

「植物に水が必要なように、、子どもは絶えず勇気づけを求めています。勇気づけがなくては、成長することも所属感を持つこともできません」         (R・ドライカース)

 適切な勇気づけを受け、また自分自身や人を勇気づけることができれば、自信やエネルギーが身体の中に湧いてきて、問題解決に向かう意欲が高まります。勇気づけの上手な人の側にいると、何か安心感と同時に活力を感じ、話を聞いてもらいたい気持ちが出てきます。

 では勇気づけとは何か?意外にスッキリと言えない感じが僕にはあります。「励ます、元気づける、誉める、おだてる、活を入れる、焼きを入れる(?)、正の強化・・・」どれも関係するようで、でも違うと思えます。カウンセリング技法か、といえば確かにそうだし、よくいわれるように親子関係をよくするコミュニケーション・スキルかといえば、まさにそうです。悩めるクライエントさんや子どもの問題行動に苦しむ家族が、アドラー心理学の勇気づけを学んだことで救われた事例は、山のようにあります。

 アドラー心理学のテキストには、「誉めることと勇気づけの違い」「勇気づけと勇気くじきの違い」「勇気づけの言葉」などがきちんと説明され、日常生活での実践を勧めています。(右の欄にある、私の師匠であられる岩井俊憲氏の著「勇気づけの心理学」はまさに勇気づけの理解と実践のためにはおあつらえ向きの本です)。それに沿って、毎日の人間関係を勇気づけを元に工夫していったら、きっと何か良い変化があると思います。ここでは勇気づけのやり方を述べる余裕はありませんから、是非お読み下さい。

①勇気づけとは、リスクを引き受け他者とも協力できる能力を与えること。②勇気づけとは、困難を克服する努力を育てること    岩井俊憲「勇気づけの心理学」                                                              

 でも、勇気づけは他の心理学でいう望ましい関わり方(誉めるとか受容や共感、正の強化など)に比べて、ことさらエビデンスがあるとか統計的に有意に高い効果があるということはないんじゃないかと僕は思ってます。いや、あるいは叱るとか体罰を加えるなんてのより、時間がかかって、難しくて、目に見えた効果はすぐには現れないかもしれませんよ。

 でもアドラー心理学では、勇気づけは子育てに始まり社会のあらゆる人間関係にとって、または未来の人類にとって必須だと信じているのです。これは科学というより、価値観であり、一種の思想的選択といえるかもしれませんね。

 実際に、勇気づけを意識することで、クライエント(僕の場合は来所した子どもや親御さんたち)と仲良くなれ、楽しくカウンセリングなどをすることができるようにます。かなり人格的にやばい、「病理」が深いなどとレッテルを貼られ、学校や周囲の人から「匙を投げられた」ような人にも臆せず、付き合っていくことができます。だから「ご利益」はけっこうあるのです。

 でも、何が勇気づけになって、何がならないかはけっこう難しい問題です。「バカ!」は普通叱責や怒りの言葉ですが、時には、男女間で「甘え」を意味したり、スポーツのコーチの「励まし」としても使いますし、きっと勇気づけにもなりえます。その違いは何から来るかというと、そのコミュニケーションの文脈(コンテキスト)次第ということになると思います。相互の信頼感、共感といったポジティブな人間関係が成立している中で発せられたメッセージは、「勇気づけ」として相手に受け入れられる可能性が高い、と思います。それができる関係をアドラー心理学では、横の関係といいます。だから僕らアドレリアンは、相手とどう横の関係を作るかに腐心します(実際はなかなか難しいけれど)。

 かのG・ベイトソン風に言うと、メッセージのレベル(「ありがとう」「バカ」「がんばれ」など実際の言葉のやり取りのレベル)より、メッセージについてのメッセージ(メタメッセージ、つまり文脈)のレベルに注目したプラスのコミュニケーションを「勇気づけ」と言うこともできるかもしれません。

 勇気づけは、具体的なスキルから始まり、アドラー心理学的な肯定的な人間観、それによる複雑で多次元的なコミュニケーションの現象全体を表すのだと思います。だから、科学的、操作的に定義することはちょっと難しい。

 このようなところから、アドラー心理学はフロイトやユングのような「深層心理学」ではなく、文脈心理学(Context Psychology)と呼ばれることがありますが、その点では、システム論的家族療法に通じるところもあるのです。

 何だか小難しいことを言って、かえって勇気づけをわかりにくくしてしまった感がありますが、現実は単純明快、勇気づけ名人とお付き合いすれば、その「体験」によってきっと納得されることでしょう。また、自分の周囲に「名人」を発見したり、今までに誰かから勇気づけられた経験を思い出してもよいかもしれませんね。

 ただ、僕は文脈を読むのが苦手でね、「読み」が悪くてはずしてばかりでいつも女の子に「変なおっさん」とあきれられてしまうのです(T_T)。 

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Comments

たびたびお邪魔してます(笑)

> 横の関係といいます。だから僕らアドレリアンは、
> 相手とどう横の関係を作るかに腐心します。

私がそういう読み方をしているせいか,アドラーとCBTとの共通点にいろいろ気づきます。CBTにおけるクライアントさんとの関係性(協同的実証主義)は,まさに「横の関係」であると思います。一緒に並んで問題解決を図っていく,という感じかな。

またメタコミュニケーションを重視する点も,アド仙人さんのベイトソンについての記述と共通するような・・・。

これはもう,『勇気づけの心理学』を読むしかありませんね。早速注文してみます。

ではでは! 

Posted by: coping | June 30, 2005 at 09:19 AM

 coping様

 まさに仰るとおりだと思います。copingさんとお話ししていると、未来の心理療法の方向性が見えてくるような気がします、身びいきかもしれませんが・・・、きっとそうでしょう。
 以前、協同的実証主義の話をどこかで知ってから個人的には、アドラー心理学と関連があるとされるエリスの論理療法より、ベックの認知療法の方が感覚的に近いなあ、と思ったことがあります。実際のことはよく知らないのですが。どちらにしても、うまい人は当然、横の関係と同じ発想で動いているのでしょうね。
 アドラー心理学は、厳密科学というより、「生きる知恵の宝箱」みたいなものです。その中を日々探検しながら、CBTを学ぶことで、さらにブラッシュアップを図れるんじゃないかなと最近僕は思っています。がんばろうっと。

Posted by: アド仙人 | July 01, 2005 at 12:06 AM

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