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July 29, 2005

心理の資格って・・・

 心理職の国家資格騒動が一息つきました。結局法案は今国会に上程されず、期待していた人たちは肩すかし、反対者たちは取りあえずの逆転勝利ということでしょうか。詳細はとても書ききれないので、専用ブログ等をご覧になって下さい。臨床心理職国家資格のための緊急ブログ

 ここでは、僕なりの立場で別方向から考えてみます。個人ブログですから、もちろん、我田引水、自画自賛的発想でいきます。

 日本でアドラー心理学の団体、グループはいくつかありますが、おそらくどこでも共通するところは、カウンセラー資格は、原則的に学歴・経歴不問というものです(自分の解釈です、間違ってたらゴメン)。正確には例えば、初級で「学士以上」、中級で「臨床に従事している」等条件がありますが、「それに準ずるもの」といった項もあり、基本的にはアドラー心理学に理解、関心を持ち、何らかの実践をやっていこうと決めた人ならOKということです。とても開かれているのです。ヒューマン・ギルド

 その結果どういうことになるかというと、大学教員や精神科医から、家庭裁判所調査官など司法関係者、僕のような福祉や医療の心理職、産業カウンセラーなど各心理資格所持者、教師、自営業者、ビジネスマン、そして子育て真っ最中(また一段落ついた)主婦または「おばちゃん」、元ひきこもり青年、クライエント経験のある当事者的な人たちなどなど、とにかくいろんな立場の人たちが一つのテーブルを囲んで、同じものを学び合っているのです。そして本人が望んで、それなりの理解、実力に達していればカウンセラーになれるのです。もちろん、すぐにプロになれるわけではありませんよ。

 では実力はどうか?というと、そこは知識、経験、環境、意欲でいろいろというしかありません。院卒の臨床心理士が玉石混淆なのと全く変わりありません。ただアドラー心理学をそれなりに体系的に学べば(このブログで紹介しているとおり、難解ではありませんから大抵可能です)、これ一つだけでもかなり応用が利きます。医学的、心理学的臨床から、職場のメンタルヘルスや研修、学級経営、生徒への教授法、家庭での子育てなどまでカバーできるのです。もちろん、各分野で専門的に要求される知識、技術を(「教養」や道具として)身につけなくてはならないのは当然です。そうしてアドラー心理学をベースに、僕みたいに騒がしくなく、それぞれの場で静かに実践しておられる方はかなり増えてきています。

 臨床心理士が、「心の専門家」としての汎用資格を目指していますが、アマチュアからプロまで一貫して同じ場で学び合え、実践できるアドラー心理学ほどの汎用性はありません。アドラー心理学を学んでから他のものを学ぶと、よく既視感を感じると言われますが、僕の経験でも本当にそうで、人間性心理学や認知行動療法、家族療法、解決志向、ナラティブなどなどにおいて、どこかで聞いたような話によく遭遇します。それは、これらがアドラーの影響を直接に受けているということではなく、真摯に有効性や人間性を追求したそれぞれの道が基本的に同じ方向を向いているということなのでしょう。だから、今度はそれらの分野と相互に学び合っていける可能性もあります。

 ただ、今回の資格問題で活躍された先生方(心理士や医師も含めて)が、基本的に専門性や職域の確立と葛藤といったテーマで動かれていたのに対して、我々アドレリアンは臨床の知の平等性、民主性を目指しているといえるかもしれません。もちろん、専門職制度の確立と、一つの心理学的実践とは同列に論じられません。それでも、アドラー心理学はこの世界ではとても小さなグループで、今回のようなことにも何ら影響力は持たないけれど、臨床心理学の資格とは何か、どうあるべきか、を考える上でユニークな視点を与えることができると思います。

 ということで、あー、ちょっとスッキリした(^o^)。

 ところで、何で日本では「心の専門家」の資格に抵抗がこんなに強いんだろう?医師との権力闘争以外に、一神教の欧米と違い、多神教、アニミズムの日本は「一つの心の専門家」には拒否的になるということかな、なんてまた妄想が浮かんできたぞ。実際僕の発想の根底にもそういうのありそうだもんな。どなたか、面白いヒントを下さい。

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Comments

自分のブログでCBT的視点からのみ,この資格問題について書いた私としては,アド仙人さんの我田引水的,自画自賛的(そーでもないと思うけど)なこの記事が面白かったです。というわけでトラックバックさせていただきます。
ところでアドラー心理学をしっかりと学ぶための学術書で日本語で書かれているお薦めの本ってありますか?ライフスタイル診断など技法の解説が記載されているとなお良いのですが。
アド仙人さんのブログを読んでいると,どうも「元祖CBT」という感じがありまして,学術書を読みたくなってきました。(「これいいよ!」の『勇気づけの心理学』は読みました。)
すみませんがご教示いただけると大変助かります。

Posted by: coping | July 29, 2005 at 07:31 PM

 coping様
 トラックバックありがとうございます。全く今回のことは「何だかねー」という感じですね。とにかくどんな状況になっても自分の道を行きましょう(でも、copingさんは医療心理師ができたらかえってCBTの指導者として引く手あまた、失業なんてしませんよ)。
 ところでアドラー心理学にまで関心を持って下さってありがとうございます。入門書や一般書はいくつもありますが、copingさんレベルだとすると、G・J・マナスター、R・J・コルシーニ著「現代アドラー心理学上・下」(春秋社)が包括的で専門的なテキストだと思います。2巻もので量が多いですけど、読みやすいです。ライフスタイル診断についても概略載っています。また、その名も「ライフ・スタイル診断」(一光社)という本もありますが、ちょっといきなりはどうかな。
 「これいいよ!」に載せようと思ったのですが、@ニフティでは取り扱ってないとのことでした。
 資格問題については、しばらくは見守りですね。いつのことやら・・・。

Posted by: アド仙人 | July 30, 2005 at 01:01 AM

アド仙人様
早速のお薦め本のご紹介ありがとうございます。
注文してみます。
読むのはちょっと先になりそうですが(先に言い訳しているところがせこい・・・汗)。
取り急ぎ,御礼まで。

Posted by: coping | July 30, 2005 at 07:02 AM

 こんばんは。海豹です。
この問題についてはわたしの周囲にいる同僚精神科医や先輩から意見を聞くことが多いのですが、押し並べて彼等は権力党争に陥っているようです(そういえば分析医の間では心理の人は「お客さん」扱いだなどという話も聞いたことがありますし)。心理資格を看護師、薬剤師、レントゲン技師、理学療法士、作業療法士などと同列に捉えて「医師の指示のもと」という発想から離れられない人が多いように思います。多くの精神科医が心理の実際にどこまで明るいかというと、わたしも含めてこれはなかなかお寒いのではないかと思うのですよ。看護、薬、レントゲン、PT、OTということなら、医師サイドがその原理くらいは理解していて、しかしながら医療の専門性から多少離れるところをそれぞれ資格化して、分業をはかってきたというふうに、個人的には理解しています。そしてこれらはみな科学足りうるものですから、科学の辺境である医学の徒である医師がそれらの責任を引き受けるというシステムを作っていて、それで傲岸不遜の誹り受けるとしてもそれはちょびっとだけで許されるのではないかと思うのですよ。
 でも、心理学は出自が哲学だということですから、自然科学の一分野、形而下学である医学が心理学を下において仕事をするというのはどうにも座りが悪いような気がします。ここは両者一旦別れて民主的・協力的に関係を整理した方がお互いの幸せのためだと思うのですが、いかがでしょうか。
 おそらくここで、多くの精神科医は「じゃあ心理療法を受けている患者さんが自殺したとき誰が責任をとるんだ」などとおっしゃるかも知れません。でもねえ。目的論的な視点を持ち込んで考えてみますと、癌、心筋梗塞、脳卒中、肺炎などで人が亡くなるのと同じように精神疾患による自殺に生物学的な基盤を考えるのって、あるいはなんらかの原因を想定するのって辛くないですか。自殺の原因を明らかにしよう、その原因をなくそうという考え方では自殺はたいして減らないのかも。カソリックの国では自殺率が低いことがいわれているそうですが、この一事を見ただけでも自殺は神経症的な行動であることがわかるような気がしますが、どうでしょうか。
 掲示板ではないのですが、同業者の方の御意見もいただければ幸いです。

Posted by: 蚯蚓海豹 | August 04, 2005 at 08:39 AM

 蚯蚓海豹さん、こんばんわ。
 丁寧なコメントありがとうございます。
 そうですね、今は「ここは両者一旦別れて民主的・協力的に関係を整理した方がお互いの幸せのため」という状況でしょうね。心理の人たちには、「医療の専門性から多少離れるところをそれぞれ資格化して、分業をはかってきた」診療補助職の中に入ってもよいと考える人と、あくまで独立性を求める人などいろいろいます。目標は一致(国家資格)しても、そこに至る道はなかなか合意できなみたいですね。それに人間、今の政局状態の議員さん達じゃないけど、権力闘争には燃えるんですね。
 心理学の出自が哲学なのか精神医学なのか、はたまた呪術なのかは難しいところですけど、医学が科学の辺境なら、臨床心理学はもうヒマラヤか地球の裏か見当もつかないですね(^_^)。仙人の僕はそれでもかまいませんが(笑)。

 いろいろなものが錯綜して、難しい問題です。力を抜いて考えましょう。

 今後も、掲示板としても、どしどしご活用下さいね。

Posted by: アド仙人 | August 05, 2005 at 12:07 AM

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Tracked on July 29, 2005 at 07:32 PM

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