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August 05, 2005

アドラー心理学の種7・全体論

 アドラー心理学を一つの思想体として見ると、いくつかの際だった特徴がありますが、その一つが全体論(Holism)というものです。いわゆる科学的思考とそれに基づく心理学はよく要素論とか還元論といわれますが、人間を心と体、理性と感情、意識と無意識などなどの部分に分けて、それぞれを研究しようとする態度です。我々が小学校の理科以来、科学的とされる考え方はまさにそれですね。だから大方の人には、何となくでも身についた態度になっていると思います。その点では精神分析学も行動主義心理学も、古典的なレベルでは同じ穴のムジナです。それに対して、

 部分についての知識をいくら集めても、生きた人間全体はわかりません。人間は、心と体・理性と感情・意識と無意識などの部分の寄せ集めではありません。それ以上のものです。人間は全体としてひとつの統一体・生命体であり、それ以上は分割できないひとつの単位、まとまりなのです。              「アドラー心理学基本用語集」

 というのがアドラー心理学の全体論です。以前に書いた目的論や意識と無意識の相補性などは、まさにこの上に乗っかった理論といえます。ちなみに全体主義とは全く違うから間違わないでね。

 全体論を取ることで、人間の見方はとてもすっきりと見通しがよくなり、日常生活や臨床はより実践的になりえます。

 ことばと行動が表面上では矛盾している場合でも、行動全体を見れば必ず一貫した流れが見いだせます。ことばよりも行動を信用すること。何を考えているかではなくて、何をしているかに注目しなければなりません。         「実践カウンセリング」

 全体論はアドラー心理学だけの専売特許ではありません。ここ数十年の思想や文化の動きを見ると、分野やニュアンス、主張は違っても似たような思考は散見されます。いずれも還元論といった近代的思考に対決しての、アンチテーゼ、カウンター・カルチャーとして活躍しました。僕が多少なりとも触れた中では、以前少し書いたトランスパーソナル心理学やそれに関連のあるニューサイエンス、東洋医学や代替医療、ホリスティック医学、G・ベイトソンの関係主義的思想、エコロジー、経済人類学などが思い浮かびます。

 僕自身は、アドラー心理学を学ぶ前から、なぜか自然に全体論者になっていました(別に名乗ってたとか、自覚していたわけではありませんが)。だから、しっくりとこういうものを受け入れることができたのですが、これが巷で喧伝されているような新しいオルタナティブな思想であるとか、21世紀を作る正しい方法だという確信があるわけではないですね。あくまで僕は、思想家ではなくてこういった文化的商品の消費者、利用者ですから。京大の浅田彰氏がずっと以前(80年代後半頃)、多分にムード的なニューサイエンス運動を批判して、「アナログではなくて、デジタルを徹底的に推し進めること」などと言っていたような方向性の魅力や有効性はわかるし、還元主義的科学の迫力もなかなかのものだと思います。でも、全体論は人間や「いのち」と向き合うのに、とても大事な視点であることは間違いないとも思っています。優れた臨床家や教育者は、発言は科学性やエビデンスを重視していても、その根底では全体論的な見方をしている、といったところがあるんじゃないかと推察しています。

 まあ、そんな難しい哲学的なところはすっ飛ばして、とかく観念的で、曖昧、妖しくなりがちな全体論的思想を、アドラー心理学ではうまく日常生活や臨床、教育に生かしていけるように巧みに技法化されているところがいいなと思っています。

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Comments

 アドラーが自分の臨床論をどのように構築したか,ということにますます興味がわいてきました。先日お薦めいただいた本は早速注文しましたので,それを読めばいろいろとわかるのでしょうね。
 全体論が重要な視点であることに異存ありません。CBTでも,当初認知に注目しすぎていたことを認めた上で,まずは全体像を理解することが重要であるというように変化しつつあります。各要素を詳細に把握する視点と,全体像をあくまで全体的に把握する視点と,その両方を維持できたら,とアド仙人さんの記事を読んで改めて思いました。

Posted by: coping | August 07, 2005 at 10:11 AM

 おっしゃるとおり、認識できる要素と全体とのつながりをいつも頭に入れておくことが大切なんでしょうね。近視眼的な見方をしがちな現代では忘れられやすい態度かもしれません。
 その本にもありますが、アドラーの理論とパーソナリティーは分かち難くつながっているようです。幼少期病弱だったらしくて、そのため、生死や医学への関心を持ったり、観察力を磨いたらしいです。小児麻痺だったミルトン・エリクソンに似ているな、と思ったことがあります。
 CBTの世界観も実践を進めていきながら、どんどん広く深くなっているようで、うれしく思いました。

Posted by: アド仙人 | August 08, 2005 at 12:35 AM

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