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August 18, 2005

アドラー心理学の種8・課題の分離

 アドラー心理学については理論の話が続いたので、少し技法について話したいと思います。といっても治療技法自体は、他のカウンセリング、心理療法とそれほど変わらないところも多いと思いますが、同じようなことをしていても「勇気づけ」同様、アドラー心理学らしい言葉遣いというのも見られます。課題の分離はその一つかもしれません。

 課題の分離とは、読んで字のごとく、カウンセリング、あるいは日常生活の中で、その人にできること、直面していること、責任においてなすべきことを、その人の課題として分ける、整理することをいいます。クライエントができること、できないこと、カウンセラーができること、できないことをできるだけ、きちんと整理してお互いに共有していく作業が、治療の初期に(あるいは一貫して)必要だと考えるのです。

 というのはクライエントは特に最初の頃には、本来自分の課題でないものを肩代わりするかのように悩んでいたり、心理療法に過剰な期待をしていることが見られるからです。自分の不幸の原因は、周りの人にあり、その人たちを変えない限り幸せになれないと思っている人もいるかもしれません。そこでカウンセラーは、クライエントが自分自身の課題を見つけ出し、その解決を人に求めるのでなく、自分の力で解決に向かっていけるよう勇気づけていかなければなりません。

 例えば、子どもが不登校になって悩んだお母さんが、子どもを学校に行かせたいと相談に来た時、こんな風に提案することができるかもしれません。

「あなたを通じて彼(子ども)の問題を解決することは私にはおそらくできません。私にできるのは、登校拒否児の母親として、なお、いかにあなたが幸せに生きるか、という問題です。彼が学校に行こうと行くまいと、それとは関係なく、あなたが幸せになるお手伝いはできると思います。そして、あなたが幸せになれば、彼もきっと幸せになると思います。だって、幸せな人と一緒に暮らしながら、なお不幸でいるということはとても難しいことだから」     「実践カウンセリング」

 変えることができるのは、クライエント本人の考え方や行動だけです。周囲の人をどう変えるかではなく、自分がどう変わればよいかが問題であることを理解してもらう必要があります。

 また、治療者の方も「私がやらなきゃ」と変な使命感や万能感を持っていたり、「なんてかわいそうなんでしょう」と共感過多というか同情モードでいると、クライエントの課題に踏み込んでしまうこともあり得ます。自分にできることしたいことをきちんと分けていないと、症状に振り回されたり、問題解決とは逆の方向に行ってしまうかもしれません。治療者は自分とクライエント双方の責任を明確にして、クライエントが自分の課題に建設的に対処することを勇気づけて援助していきます。それが治療者の責任といえるでしょう。

 おそらく真っ当な心理療法諸派はどこでも、「転移・逆転移」とか「治療契約」とか「枠組み」などと概念化して、この辺の問題にきちんと考えて対処しようとしていると思います。

 課題の分離は、セラピストとクライントとの関係だけでなく、面接の中の話題にもよく出てきます。特に子育てや家族に関する相談(ごく身近なしつけから虐待など深刻なものまで)では、面接の基本的テーマは課題の分離に終始するということが多いような気がします。およそ日本の親子関係は、課題の交錯・混乱・融合とでも呼ぶべき事態が多いですからね。甘やかしにしても虐待にしても、親の課題を子どもに押しつける、子どもの課題に過剰に関わるという点は同根といえるでしょう。

 では何が親の課題、子どもの課題かということになりますが、アドラー心理学の講座やカウンセリングを受けると、その辺を丁寧に取り上げて、ディスカッションしていきます。興味を持たれた方は、是非参加してみてください。SMILEなどアドラー心理学に基づく親子関係セミナーでは、特にそのために一章(ワンセッション分)設けてあるくらいです。僕は面接では、よくホワイトボードを使って、クライエントの状況に合わせながら、親の課題、子どもの課題、共同の課題(家族、あるいは二者間で対処するべきこと)と分けた表を作って、みんなでディスカッションしながら書き込んでいくことをします。それぞれが勝手なことを言ったりして思わず「それはちがうだろう!」「そうはいっても、ブツブツ・・・」とか言い合って親子のホンネが出たり、逆に冷静に話し合うきっかけになったりと、問題解決に向けて活発な時間にすることができます。

 でも「これはあなたの課題、あなたが一人でやらなきゃダメよ」なんて、課題の分離を押し通してばかりいると、冷たい感じになったり、こちらのやることがなくなってしまうので、共感的に聴く雰囲気作りやクライエントのニーズを先ずは取り上げたりと、柔軟な姿勢も大事でしょうね。 

 以上のことからわかるように、責任性をアドラー心理学では重視します。どんな状況でも「人間は自分の運命の主人である(アドラー)」と信じるからこそ、我々は課題の分離を自信を持って遂行できるのだと思います。 

 でも僕は、娘にだけは課題の分離をしないんだ。思いっきり甘やかしてパパの側から離れられなくするんだもん(^_-)。    

 

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Comments

こんにちは。先日は書き込んでいただいてありがとうございました。
アド仙人さんのアドって、アドラーのアドなんですね?
いまごろ気づきました……。

ユングやフロイドは学問としては面白いけど、臨床ではあまり効果的でないという話を聞いたことがあります。
アドラーはその点で、より実践的ということなのかな。だから、お仕事にされてるんだろうと思いますが。
少し勉強してみます。ではご自愛のほどを。

Posted by: takanorix | August 20, 2005 at 12:19 AM

こんにちは。先日は書き込んでいただいてありがとうございました。
アド仙人さんのアドって、アドラーのアドなんですね?
いまごろ気づきました……。

ユングやフロイドは学問としては面白いけど、臨床ではあまり効果的でないという話を聞いたことがあります。
アドラーはその点で、より実践的ということなのかな。だから、お仕事にされてるんだろうと思いますが。
少し勉強してみます。ではご自愛のほどを。

Posted by: takanorix | August 20, 2005 at 12:19 AM

 takanorix様
 コメントありがとうございます。HP時々読ませていただいていて、歴史好きにはとても興味深い内容で感心してます。いつかこちらでも紹介させて下さい。
 おっしゃるとおりアドはアドラーです、「方向、変化」を意味するらしい接頭語のadもかけたつもりですけど。
 アドラー心理学は一見シンプルですけど、実践的だし、思想的にもユニークな考え方をしていて、おもしろいと思っています。将棋や囲碁、麻雀などと同様、ルールは比較的わかりやすいけど、その展開には無限の奥深さがあるといったらいいかもしれません。フロイトやユングはルールが複雑で、それを身につけるために労力、精力、金力をかなり使ってしまうような気がします(その分当事者の入れ込みが強い)。
 これからもHP寄らせていただきますね。

Posted by: アド仙人 | August 20, 2005 at 12:03 PM

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