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September 01, 2005

日本における太極拳略史

 このブログでは、自分が太極拳をはじめとする中国武術を学んでいることは何度も書きましたが、太極拳が実際どんなものかを普通の方はあまり知らないのではないかと思います。そこで、自分の理解の範囲内で、日本で太極拳がどのように存在してきたのかをまとめてみようと思います。小さなスペースですので、あくまで大ざっぱな流れを素描します。

 太極拳は、清朝末期の動乱時、中国のすぐれた武術家たちの研鑽、研究によって完成され、宮廷や皇族に受け入れられることで大いに名が高まり、さまざまな分派を生みながら大陸全土に発展、普及していきました。日本に最初に太極拳が紹介されたのは昭和34年頃、台湾から来日した中国武術の大家、王樹金老師によってでした。中国武術を日本に初めて伝える文化使節として、蒋介石の推薦により来日されたそうです。なんで台湾なのか、若い人にはピンと来ないかもしれませんが、当時日本にとっての「中国」は台湾の国民党政府「中華民国」だったのです。

 蒋介石率いる国民党が内戦で中国共産党に破れて台湾に渡った時、多くの優れた伝統的武術家も共に渡りました。王樹金老師もその一人でした。その後の大陸では文化大革命によって、たくさんの武術家が「封建的」「反革命的」などのレッテルを貼られて悲惨な目に遭ったそうです。歴史上中国では、武術家が革命や反乱に参加していたので、共産党政府は危険視して弾圧したのでしょう。王老師以外にも本格的な武術の伝統を継ぐ人の多くが命からがら台湾に渡りました。ちょうど台北の故宮博物館に中国の貴重な宝物が納められたのと同様に、それによって台湾で武術の伝統が保たれることになったのです。

 とにかく王樹金老師によって日本に初めて伝えられた太極拳などの中国武術は、まさに本物、強力なものでした。日本の数多くの武道家が実際に立ち会い、あっけなく退けられたのです。その頃の凄まじいエピソードを当時の日本の指導的武道家たちで実際によく見聞きした人は多く、今でも静かに伝えられています。当時空手留学中で後に作家になったC・W・ニコル氏は著書の中でその様子を表したこともありました。ただ、メディアが発達していなかったために、また、今のように気功法という言葉もない時代で、充分に王老師の太極拳が理解され普及していくことはかなり難しかったようです。今だったら、ヒクソン・グレイシーみたいに派手に取り上げられたかもしれませんね。

 1972年にいきなり日中国交回復がなされ、日本は台湾政府と断交し、共産党政府と国交を結ぶことになりました。それによって太極拳シーンの主役は台湾から大陸の流れになり、太極拳の雰囲気は大分変わりました。というのも共産党政府の指導を背景に新たに作られた太極拳は、武術性(つまり生の戦闘を想定したもの)をできるだけ排し、簡単に、短くやりやすいように「編集」されたものだったからです。その新作太極拳が、共産党政府の後押しで、日本側は日中の友好団体や文部省、体育協会などが受け入れ口となったことで、日本中に急速に普及していきました。

 一般のほとんどの方がイメージする太極拳とはおそらくその簡易版太極拳であろうと思います。日本中隅々といってもよいほど普及したことで、太極拳の名が多くの人々に知られ、女性や高齢の方でも気軽に取り組めるようになったことはすばらしいことだったと思います。

 反面、太極拳は中国版ラジオ体操みたいなもので、ただの踊りか老人向け健康法であるという浅い理解が浸透してしまったのは残念なことでした。太極拳は本質的に高度な護身術であることが伝わらなくなってしまったからです。太極拳でいう護身とは、外敵からの暴力や脅威から身を守る武術であり、また体の内部からの病魔を癒す養生法や治療法でもあり、不安やストレスなどで緊張した心をほぐしていく心理療法でもあり、心身を積極的に鍛える鍛練法までも意味するといえます。人生の様々な局面で役に立つよう練りに練られた心身のトレーニング法なのです。それはまるで、それ一つで何でも一通り料理できてしまう中華鍋みたいなものです。中国人の発想には、一つの原理・器をできるだけ広く敷衍、応用していこうとする傾向があるのかもしれませんね。

 80年代に気功法が世間に認知されてくると、気功として太極拳に取り組む人も出てきました。元々気功法と太極拳は本質的に同じといえるので、それはそれでよいのですが、そのエスカレートしたような形として、超能力、超自然的なものを求める極端な動きも強くなりました。その極端な現象としてオウム事件のようなカルト事件がありました。あの時期、庭や公園で稽古をしていると、警察に通報されかねない雰囲気がありましたね。オウム事件の余波で変な目で見られて、迷惑を被った道場や教室が大分あったようです。僕も公安に疑われていたかも・・・。

 90年代後半から現在までは、美容、健康法ブームでヨガやウォーキングが流行したことと、齋藤孝さんなどからの身体論ブームから、古武術の身体操法や呼吸法が見直されるという流れが重なって、再び太極拳にも注目が集まり、より本格的なものを求める人が増えてきています。

 僕自身はかなり本格(マニアック)志向で、伝統武術として太極拳を学んでいますが、今日本の太極拳文化はかなり多様化しています。おそらく新旧ほとんどの流派や団体が入ってきて活動しているのではないかと思います。

 以上のように、太極拳も戦後の日本社会の流れと複雑な中台関係、日中関係の狭間で揺れながら存在してきました。政治上の日中関係はぎくしゃくとしているし、ビジネス上のお金のやり取りだけは盛んになっているけれど、身体のレベルで地道な文化交流がなされていることは大事なことだと思います。21世紀にも武術、医術、芸術を包含するこのユニークな身体文化が守られ、発展していくことを願わずにはいられないし、僕なりに少しでも貢献していきたいと考えています。

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