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November 14, 2005

アドラー心理学の種11・家族価値

 初めての方にアドラー心理学の諸概念を紹介するシリーズ。自分にとってはよい復習となっています。今回は家族価値という概念について。
 一般にカウンセリング・心理療法では、面接、とりわけ心理アセスメントをする段階で、家族に関する情報を収集することはよくあることだと思います。アドラー心理学でも、性格(ライフスタイル)をアセスメントする時に、様々な角度からクライエントから見た家族の姿をうかがっていきます。ライフスタイル形成における家族の影響は当然大きいですからね。

 集めた情報についてクライエントさんと語り合う時、家族価値と家族の雰囲気という枠組みで整理して見ていくと、スッキリといくことがよくあります。

 家族価値とは、家族が共有している価値観の体系です。家族価値は家族の理想であって、いわば、家族の目標です。        「実践カウンセリング」(以下同)

 その家族が、価値ありとしているもの、大事に思っているもの、こうあってほしい(あるべきだ)と願っているもの、これらが家族価値を構成します。星飛馬一家の家族価値は、「巨人の星にならなくてはならない」「死ぬ気でど根性を出せ」でありました。私の育った家では、「普通であれ」「人様の迷惑にならないように」「人並みに」といったところだったかな。両親は田舎百姓の出なもんで、周囲への気配りで生きているような人でした。
 

 家族価値は、主に両親が決定します。両親が一致して重要と認めるものも家族価値ですが、両親の意見が一致していなくても、つねに両親の議論の主題になっているような価値観があれば、それも家族価値です。

 父親と母親の価値観が違えば、子どもはそのどちらかを選ぶことができます。常に夫婦仲良く考えを一致させなければならないというわけではないのですね。

 家族価値の具体的な例としては、
 経済的価値:金銭・財産         社会的価値:地位・名声・学歴・世間体
 身体的価値:健康・運動能力・美    行動上の価値:正直・礼儀・人付き合い
 性格上の価値:従順・思いやり・やさしさ・勤勉・忍耐   性的価値:男(女)らしさ、貞節
 などが考えられます。

 難しい話じゃないでしょ。でもクライエントさんに通じやすい枠組みや言葉を使っているので、ご自身の家庭を振り返るときにはけっこう重宝しています。児童相談所では、「心理診断」というアセスメントのまとめを文書でこしらえる時に特に役立ちました。

 ここでポイントは、そういう家族価値を前にした時、子どもは、それについて何らかの態度決定をしなくてはならないということです。それに対して、イエスかノーかをいわなくてはならないのです。

 家族価値に従う子どもは、家族価値を受け入れて自分のものとします。この場合には、その価値観はその子にとっては、まったく議論の余地のない自明の価値として、ライフスタイルに取り入れられます。
 反抗する子どもは家族価値を「蹴飛ばし」ます。これが両親の泣き所だとわかっているからです。(警察官の子どもが法律に触れる行為をしたり、教育者の子どもが学校を退学になったりする例は珍しくありません)

 星飛馬は、素直に父親の価値観を受け入れました。もし別の考えを持つ母親でもいれば「あなた、そこまでしなくてもいいじゃないの」なんて諫めて、「人間、勝つことよりも優しさが大事なのよ」とかいう価値観を子どもに示すこともあったかもしれません。そうしたら飛馬は「こんなのくだらん!」と父・一徹を拒否して非行少年になるか、もう一つの価値観を受け入れて、カウンセラーの道にでも進んだかもしれませんね(^^)。

 ここでポイントになるのは、家族価値は影響因としては、確かに大きいものではあるけれど、子どもにとって絶対的なものではないということです。子どもは、親の提示する価値観を、常に拒否する権利があります。親の側からすると、子どもが親の言うことを聞かないのは当たり前ということになります。だから、子どもは自分の問題の全てを親の責任にはできないし、親は子どもを言うとおりにさせられないということを受け入れなければなりません。また、セラピストは、クライエントの問題を親の子育てや愛情不足に帰してはいけないのです。不幸の理由は究極的には、相手にはないのです。
 アドラー心理学が責任性の心理学と言われる所以です。

 でも一方で、このような考え方は世間受け、マスコミ受けはあまりしません。少年問題とかで、何か社会の耳目を引く事件が起これば、こぞって親の子育てが悪かっただの、子どもの心をもっと把握しないとならないとか騒ぎ出す人が後を絶ちません。
 でもね、無理なものは無理なのです。全ての悪を暴き出すこと、責任者を表に出させることはできないと思った方がよいと私は考えています。

 ちなみに私は、上記の両親の価値にことごとく「ノー」を言った人生だったかも。生意気で反抗的で、人と違うことをいつもしたがる・・・・。でも親子関係は、よかったのです。次回にお話しするつもりの「家族の雰囲気」が星家と違って支配的なものではなかったからだと思っています。  

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Comments

こんにちは。久々の書き込みです。
CBTでもインテーク時やアセスメントのためのヒアリング時に,家族のことをおうかがいすることはありますが,その際,「家族価値」と「家族の雰囲気」という項目をポイントにしてみれば,よりよい理解ができそうだということが貴記事で理解できました。ありがとうございます。(CBTでも家族を対象とすることはままあるのですが,理論的にはちと弱いんです)

> セラピストは、クライエントの問題を親の子育てや
> 愛情不足に帰してはいけないのです。

これは全く同感です。クライアントの問題の原因が実際にどこにあるかは別として(実際にそんなことがわかるかどうかも別として),親の子育てや愛情不足に原因帰属することは,セラピーを効果的に進めていくためには無用ですもんね。

次の「家族の雰囲気」についての記事も楽しみにしてますね。

Posted by: coping | November 17, 2005 at 08:58 AM

 coping様
 ご理解いただけてうれしいです。
 家族って、誰もが避けがたく影響を受けているわけだけど、大きく見積もりすぎてもいけないとは思いますね。大人でも子どもでも、その中で本人の主体的選択と決断を(無意識的であれ)してきたところにも注目したいですよね。
 そうしないと単純な決定論になってしまうような気がします。

Posted by: アド仙人 | November 18, 2005 at 12:07 AM

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