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December 14, 2005

アドラー心理学の種13・早期回想

 まだ十代後半の若き頃、私に鮮烈な印象を与えた映画に、P・K・ディック原作、リドリー・スコット監督の「ブレードランナー」がありました。酸性雨に煙る未来のロサンジェルスで展開されるレプリカントと呼ばれるアンドロイドとハリソン・フォード演じる刑事(ブレードランナー)の執拗で哀しい追跡劇、東洋と西洋が混然となったSFXによる妖しい都市風景と幻想的なバンゲリスの音楽もマッチしてて実によかったな。
 その映画の隠れたテーマに、記憶とアイデンティティーの問題がありました。逃走中のレプリカントは人間としての記憶を植え付けられていたために、自分たちはれっきとした人間だと思いこんでいたのですが、ある時疑念が芽生えて反乱し、脱走したのでした。レプリカントを作ったタイレル社の社長からこのことを聞かされたデッカード(ハリソン・フォード)が、「memory」と驚きながらつぶやくシーンを私はよく憶えています。遠い惑星を脱走して地球に戻ってきたレプリカントたちは、アイデンティティーの揺らぎと死の恐怖におののいていたのでした。

 記憶とは不思議なものです。その存在を確信している時は揺るぎなく確かなものに思えるのですが、ひとたび何か起こると意外なほどもろく変わってしまうものです。
 アドラー心理学のカウンセリングでは、記憶を早期回想という形で取り出して、その人のライフスタイル、認知の姿を理解しようと努めます。

 早期回想とは、
①ある日ある所での特定の出来事の思い出であること。
②始めと終わりのあるストーリーであること。
ありありと視覚的に思い出せること。
感情を伴っていること。
⑤できれば10歳くらいまでの出来事の思い出であること。
 といった条件を満たす思い出です。単に「昔元気に遊んでいた」といったような報告ではなく、「入学式に、母親に連れられて校門をくぐった時に・・・・」などと具体的な出来事として思い出されるものです。心理学でいうエピソード記憶に当たるものといわれます。

 早期回想は、その人のライフスタイルをよく反映します。なぜなら、

・人は自分の過去の記憶の中から、現在のライフスタイルに一致したものだけを思い出す。
・記憶もまた、認知バイアスの作用によって、ふるいにかけられている。すなわち、われわれは思い出す必要があると信じていること、覚えておきたいと思うこと、自分の役に立つだろうと感じられることだけを選択的に思い出す。
・記憶は自分の信念を強化するために使われる。
   ・実のところ、人生とはこんなものなのだ。
   ・これが私です。
   ・私は~を忘れはしない。
   ・私は~をいつも肝に銘じておこう。

 フロイトは忘れられたものに意味があるとしましたが、アドラーは覚えているものにこそ意味があると考えました。
 記憶とは機械的な録画装置ではなく、既に編集された作品なのです。記憶は今現在不断に構成されているもので、過去の忠実な記録ではありません。早期回想を聞き取り、分析することで、その人の基本的な認知のスタイルをうかがうことができます。

 すべての記憶には省略や歪曲が含まれている。人は、内的な必要にあわせて、自分の記憶に着色し、あるいは省略する。また強調したり省略したり、誇張したり、縮小したりする。   (H・H・モサック)

 早期回想の解釈法は専門的な部分ですので、省略しますが、記憶の中味の象徴解釈よりも、語られ方、話のパターンや構造に注目します。その点で、フロイトやユングの夢解釈より、心理テストのTAT(絵画統覚検査)の解釈や文化人類学者レヴィ・ストロースなんかの神話の構造分析に似ているといった人もいました。

 おもしろいのは、治療がうまくいってクライエントの認知やライフスタイルが変わったら、早期回想も変わるというのです。新しい早期回想が出てきたり、それまで後生大事に抱えていた思い出が変わって思い出されたり、思い出せなくなったりするのです。

 普通の会話でもカウンセリングでも、思い出を語ることはよくあることだと思うのですが、アドラー心理学のやり方は、記憶を対象化してものの見方を分析するところは認知療法に、その語りの場を共有して物語の変更を目指すところはナラティブ・セラピーに似ているかな、と私は思っています。

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Comments

アド仙人様へ

『記憶を対象化してものの見方を分析するところは認知療法に、その語りの場を共有して物語の変更を目指すところはナラティブ・セラピーに似ているかな。』というくだりが大変勉強になりましたm(__)m。

もし、よろしければ、カウンセリング中に、早期回想を用いるタイミングなどを、ご存知でしたら、教えて頂けませんでしょうか。

私は、未だに、その辺りが、よく分かっておりません(>_<)。

もちろん、私の場合、それ以前に、早期回想が解釈できるレベルではないという問題があるのですが(^_^;)。

Posted by: ぐうたら三昧 | December 17, 2005 at 12:54 AM

 ぐうたら三昧様
 早期回想を聞くタイミングですか・・・。ふーむ。
 教科書的には、カウンセリング初期の「情報収集期」でライフスタイル診断をする流れの中で、ってことになるでしょうね。私の仕事の場合、例えば保護された子どもの処遇を決める判定会議で所見を述べるために、心理テストをするときに併せて聞くことがあります。
 でも、全てのカウンセリングで早期回想を取る必要はないと思います。問題解決に向けて進んでいけたらいいわけで、面倒くさい手続きはできるだけ省略したいですよね。
 また、こちらが聞かなくても、クライエントさんから自発的に早期回想が出てくるときがあるし、ちょっと行き詰まったときの「寄り道」として早期回想を話題にすることもあるかもしれません。
「型」を身につけたら、あとは柔軟に発想していって下さい。
 面白いやり方があったら教えてくださいね。

Posted by: アド仙人 | December 17, 2005 at 06:16 PM

またまた、迅速なご回答ありがとうございますm(__)m。

ご回答を拝読しますに情報収集期に用いるのが通常の用い方だということなんですね。

「タイミング」という表記がちょっと不適切でした。これだと、確かに、「使おう、使おう」って感じになりますね(^_^;)。

「場合」とした方がより近かったかも知れません(*_*)。

用いる「場合」・・・。

こう考えると、アド仙人様が、早期回想を用いる「場合」は、判定の補助の場合と「寄り道」の「場合」と敷衍して理解しても、よろしいでしょうか。

間違った理解になっていましたら、ご訂正くださいm(__)m。

う~ん、書き込みでは、なかなか表現が難しい・・・。

あ~、でも、ほんと、まずは「型」を身につけないといけないですね。

Posted by: ぐうたら三昧 | December 17, 2005 at 08:38 PM

 ぐうたら三昧様
 迅速というより、今日は暇な休日でして(笑)。

 アセスメントの道具として早期回想を始めとするライフスタイル診断のやり方はとてもいいものだと思います。「補助」というよりホンネはメインでして、なまじの心理テストより役に立ちます。ただ、職場ではアドラーを知らない人がほとんどなので、そこから得られたものを文脈に、心理テストも使ってある「アセスメント的ストーリー」をこしらえている感じです。
 その辺のニュアンスは、いつかお話しできるといいですね。
 あと、それだけでなく治療の材料としても早期回想は使えます。いろんなやり方があるみたいですよ。
 楽しみにして、勉強していきましょう。

Posted by: アド仙人 | December 17, 2005 at 11:12 PM

毎度毎度、休日とはいえ、ありがとうございますm(__)m。

私は早期回想の実際を見たことはあるので、ほんと実践には、もってこいだと思っています。

ああ、来年こそは・・・。

そうですね。楽しみにして、勉強していきたいです。いつの日か、ヒューマンギルドの講座でお会いできることを楽しみにしておりますm(__)m。

Posted by: ぐうたら三昧 | December 19, 2005 at 12:50 AM

アド仙人さんへ

(↑様だと堅苦しいかなと思い失礼ながら「さん」にしてみました。)

この度、無事、臨床心理士資格試験に合格することができました。ひと段落したので、またお稽古に励みたいと思います。

もちろん、本気ならば、ひと段落する前に、すでにやっているという見方もあります(*_*)。

とりあえずは、ご報告まで。

Posted by: ぐうたら三昧 | December 23, 2005 at 06:17 PM

 ぐうたら三昧さん(これからは、さんでいきましょうね)

 合格おめでとうございます。
 はっきり言って、臨床心理士の世界でアドラー心理学は異端です、というより居場所がほとんどありません。それでも学ぼうとするぐうたら三昧さんの勇気はすごい!
 でもね、絶対役に立ちますから。

 共に頑張っていきましょう。

Posted by: アド仙人 | December 24, 2005 at 05:24 PM

アド仙人さんへ

ありがとうございます。

98年にアドラーを発掘し(?!)、その後、頼藤先生の影響で(?!)当時ほどの熱狂はないものの、それでも今まで学び続けているということは、やはり、基本的にアドラー心理学の人間観や実践性が好きなんだと思います。

どこまでやれるか分かりませんが、これからも、日々精進していきたいと思います。

これからも、よろしくお願い致しますm(__)m。

P.S.
私は学部は英文科でした。大学院を終了し、臨床心理士を取ったので、少しは心理学について自信がつくかなと思いきや、全然そんなことはなく、いつもとあまり変わらない自分に意外性を感じています。

ある意味で、目標追求の副産物である「劣等感」のなせる業でしょうか(^_^;)。

Posted by: ぐうたら三昧 | December 24, 2005 at 06:45 PM

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