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December 27, 2005

臨床心理士を巡る違和感分析

 常々思うのですが、臨床心理士ほど不可思議な「資格」はないのではないでしょうか?国家資格ではないのに、まるでそんなイメージが世間で持たれてて、心理の仕事をするには持っていないと何か後ろめたい感じさえする、心理臨床家になるには、持ってて一人前みたいな、実態と合わない変な権威があります。その反面、それに対して根強い反発、非難もありますね。
 でも私のいる世界では、持っていることは全く採用条件ではありませんし、法律的にも、そうなっていません。おそらく今後もそのための法改正はないでしょう。
 それでも今や若い心理希望者は猫も杓子も取りたがっています。私だって、心理職としてのサバイバル、お仲間との友好的お付き合いのために取ったから人のことは言えないけどね。

 はっきり言って、資格を持っていてもいなくても、これまで各相談機関、治療機関で立派に業務をこなしている人は僕を含めて(あ、違うか)たくさんいます。ということは、あった方が良いかもと認めた上で、国家資格の必要性は本当にあるのかしら?という疑問は一応出しても良いよね。それが絶対的に必要でもないのは現実が表しているといえる部分もあるわけで。
 それでも今や私の周辺でも、トップ次第で、実力や経験が明らかにある方が資格を持っていないだけで、それほどでもない臨床心理士より評価や処遇が落ちるなんてことがあり得る状況になってきています。まあ、どちらにしても大した扱いじゃないかもしれないけど、首にされちゃかなわない。
 医師になりたくても医師免許がなければなれないのは明らかだから、ブラック・ジャックでもなければ、あきらめは簡単につきます。でも臨床心理士でなければ、心理職として認められないというのは、今の段階では早計、短慮、不公平、不利益に過ぎるというものです。
 もちろんこれらは、臨床心理士のみの問題ではありません。むしろ、臨床心理士を巡る「社会的問題」というべきものです。

 そんな曖昧な状況から脱却してほしくて、これまで臨床心理士会の主張するような、多分野に渡る汎用的な国家資格の必要性、それによる専門性の確保や向上等のことに妥当性はあるかもしれないと私も思っていました。確かにいろいろな面で、スケール・メリットがあるということは良いことが多いでしょうからね。臨床的スタンスは相容れないところが多いながらも、一応支持はしてましたよ。

 でもなんかスッキリしない。特に汎用的な国家資格になることはほんとによいことなのか、別にならなくてもよいのではないかという気も、ごく最近ふと強烈に湧いてきたのです。国家資格になってよいことなんてほんとにあるの?
 この資格問題については、今年前半の医療心理師推進側と臨床心理士会の国家資格法案を巡るバトルをきっかけに、専門的なブログがいくつかできて、真摯な議論がなされています。私も、ほんとに気楽な感じですが何回かコメントさせていただきました。
臨床心理職国家資格のための緊急ブログ  心理職の国家資格化実現検討委員会

 来年以降、紆余曲折はありながら、こういった関係者の努力によって、国家資格へとつながっていけばいいという思いもないわけではないです(冷め気味だけど)。
 でもその一方で、今私は、そんな真面目な場で発言するほどではなく、多分に直感的、思いつき的だけど、どうしても抜けない疑問を表してみたくなっています。大体みんなが合意していることに、うさんくささ、疑問を持つタイプなんだな。
 これから時折このブログでも、「臨床心理士問題」を巡る自分の「違和感」を出してみようかと思っています(関係、関心のない方は無視して下さいね)。

「国家」はいるか?

 臨床心理士はすべての領域に通じる「心の専門家」なんだそうな。まともな謙虚さのある人は自分がそうだとは思ってないでしょうけど、うたい文句はそうなんだって。
 ではその「心の専門家」に国家が資格を与えるとはどういうことか?国家が承認を与える「こころ」とは?具体的なイメージができないけど、どうもそこが私にはいつも気色が悪い。
 公務員の私が言うのは変だけど、皆さん、国家を信用しすぎてない?
 はっきりいって私は今の国家に何の信用もおいていません。その理由はいちいち書きませんけど、わかる人にはわかるでしょう。自分の国家資格の免状に「小泉純一郎」とか彼の命じた厚生労働大臣の名前があると思うだけでうんざりしてくる。
 そういえば河合翁は小泉に任命されて文化庁長官になったんだっけ?あらやだ。

 そんな個人的な思いは別にして、国家が臨床心理士の「利用価値」に気づけば(大いに価値ありと私は見ています)、国民の「心の操作官」にさせることだってあり得ます。国家の考える「心のあるべき姿」に向かって世論を誘導したり、政府の無策の言い訳に使われたり(スクールカウンセラーがそれに近いかも。奥田健次の教育改革ぶろぐろ部)、近い将来徴兵制が敷かれることになれば、徴兵検査で我々は若者の心理検査をすることになるかも・・・(あり得ないと思う?)。先ずは「抵抗勢力」医師会の力を少しでも削ぐために、臨床心理士は使えるかな。
 立派な理念が制度化、現実化すれば当初の思いとは正反対の方向に進んでしまうことは歴史的にもよくあることです。
 臨床心理士の法制化がなかなか進まず根強い反対勢力や批判があるのも、学者間やセクト間の権力闘争、思想闘争以外に、「単なる治療者用資格」に収まらない問題をどこかで感じているからではないか、という気がするのです。その点では医師免許や自動車整備士とかの他の国家資格の方が、あり方としてはシンプルです。

 逆に言えば、こんな風に国民をたらし込めますよ、支配層にとって都合がよいですよなどと政治家や官僚に利益を陰に陽に示せれば、一気に資格化は進むでしょう。老賢人河合翁、がんばって下さい。(^^)

 臨床心理学は科学だし、まじめな人たちが臨床現場でやっているだけだからそんなことはあり得ない、と断言してよいのかどうか。確かに科学という側面もありますが、心理療法には思想的、文化的営為という面も少なからずあるからです。フロイト以降、社会の常識に対するアンチテーゼ、カウンターカルチャーとしての役割も果たした臨床心理学は、支配体制側の飼い犬として収まってしまうのでしょうか(もう収まっているか)。
 じゃあどうすればいいんだといわれると困るけど、私は、国家は「こころ」に介入するべきではない、逆に我々から、医療とか最低限の領域に資格範囲を狭めさせるというのがよいのではないかと(現時点では)思ってます。
 その点では医療心理師の発想は一理あるかもしれません。あとは我々で自由にやろうぜ、大事になのは国家に認められることではなく、「学の独立」(ワセダワセダ♪)だと思うのだ(今でも文科省にぶら下がっているけど)。
 免許は、「心の一部の修理工」に対してだけでいいんじゃないかな。

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Comments

アド仙人さん、トラックバックありがとうございます。
おっしゃる趣旨も理解できます。
公務員や医療機関の心理職は、これまでもある程度制度に守られて来たと思います。しかし、心理職の必要な領域は、公務員や医療機関だけではないと思います。汎用性の国家資格ができないことは、制度に守られていない弱い領域を放置することになります。この点をどうしていくかを考えた上で、国家資格化を検討する必要があるのでしょう。真剣に検討した結果が、国家資格がないほうがいいということであれば、それもそれだと思います。

Posted by: つなで | December 27, 2005 at 06:08 PM

アド仙人さま

お久しぶりです。コンスタントな記事掲載,敬服しております。他の記事にもコメントしたいな~と思いつつ今日に至ってしまいました。
当記事は,心理士の国家資格化に関わる議論について私がうっすらと抱いている違和感が,かなり明確化されているように思いました。

> 臨床心理士はすべての領域に通じる「心の専門家」なんだ
> そうな。まともな謙虚さのある人は自分がそうだとは
> 思ってないでしょうけど、うたい文句はそうなんだって。

自分に「まともな謙虚さ」があるかどうかはさておき(まともに謙虚でありたいとは思っておりますが),「すべての領域に通じる心の専門家」なんて,本気でそんな専門家がいると思っている人がいたら,また自分がそのような専門家だと思っている人がいたら,さらに言ってしまえば,そのような専門家を目指そうと思っている人がいるとしたら,これほど恐ろしい話はないように思います。(で,いるんだな,これが)

> じゃあどうすればいいんだといわれると困るけど、私は、
> 国家は「こころ」に介入するべきではない、
> 逆に我々から、医療とか最低限の領域に資格範囲を
> 狭めさせるというのがよいのではないかと(現時点では)
> 思ってます。

同感です。

多領域にわたる資格を,というニーズはわからなくもないのですが(私自身,医療現場を離れ,多領域で心理士として仕事をしてきておりますから,さまざまな領域において心理的サービスを必要としている人が存在することはわかっているつもりです),心理職を多領域における国家資格として定式化するためには,多領域に関わる「心の問題」そのものを定式化する必要があるわけで,それははっきり言って学問的には無理だと思います。政治的な定式化は,なおさら無理だと思います。対人援助に関わる専門職であれば,誰しもユーザーの「心」に多かれ少なかれ関わるわけでして,そこにどうやって心理職の独自性を定式化することができるのか,私にはわかりません。

アド仙人さんがお書きになるとおり,
> 医療とか最低限の領域に資格範囲を狭めさせる
というほうが,よほど明確で安全だと思います。

CBTもそういった限られた文脈で国家と関わるべきでしょう。
だからといって,医療以外でCBTを使うな,ということではもちろんなく,他領域でもCBTのエッセンスを使ってよりよい援助を志せばいいのではないかと思います。

以上,よろしければアド仙人さんのご意見をお聞かせくださいませ。

Posted by: coping | December 27, 2005 at 10:35 PM

 つなで様
 わざわざ駄文にお付き合い下さってありがとうございます(^^;)。
 貴ブログの真剣な議論にはいつも敬服して読ませていただいてます。

「制度に守られていない弱い領域」とは、例えば学校とか開業関係のことでしょうか。具体的にご指摘下さればありがたいです(貴ブログにあればご紹介下さい。全部読んだつもりですが、膨大で・・・)。立場の弱い心理職の仲間を守るためなら、私も喜んで協力しますが、現行の臨床心理士会もかなり強力な団体に成長しているような気もします(違うのかな)。
 別に私は公的、医療的領域を守ろうとして書いたわけではなくて、自分たちの専門領域をどうするという議論だけじゃなくて、もっと広い社会の文脈も考慮しないと、後で泣きを見るのではないかという老婆心が生じたのです。
 社会認識として、私はかなり悲観的な見方をしていまして、小泉改革は実は「国家/官/支配層の強化」という結果になりつつあると思っています(もちろん間違っているかもしれません)。
 我々だって国民として、その流れに縛られざるを得ないのですが、一般にクライエントさんはもっと縛られているわけで、私はできれば縛る側にはなりたくないな。
 国に資格を作って「いただいて」、その結果武部や小泉チルドレンみたいな心理士ばかりできたんじゃ、長い目で見たら悪夢ですよ。
 

Posted by: アド仙人 | December 28, 2005 at 12:26 AM

coping様

 お久しぶりです。私も貴ブログでのCBTの勉強、楽しみにしています。
 
 自分は直感タイプみたいで思いついたらすぐ書いてしまうので、後で冷や汗。copingさんみたいに大人にならなきゃね(笑)。

 基本的に同様な問題意識をお持ちだったようですね。
 CBT始め、心理療法が強力であればあるほど、その適用範囲は明確にした方がいいのかもしれません。
 心理療法が毒にも薬にもならない、人畜無害なら、どこででもご自由にお使い下さいということになるでしょうけど、それでは資格の意味はないですよね。
 基本的には、多様な心理的サービスに応じるためには、ひとつではなく官と民の組合せ方が大事だと思うのですが。

 うーん、やっぱ難しい問題だ。来年はこの問題、どうなっていくんでしょう(答えになっていなくてすいません)。
 

Posted by: アド仙人 | December 28, 2005 at 12:52 AM

アド仙人さん

「制度に守られていない弱い領域」の件ですが。現在、大学の教員以外で、常勤として心理職をできているのは、ほとんどが公務員または医療機関勤務であるのではないかと思います。スクールカウンセラーも公務ではありますが、非常勤で制度自体の先行きもわからない不安定な立場です。

それから開業領域と産業領域は、制度的な裏付けがありません。何でもありということで自由でいい側面はありますが、それでかえって信頼されにくく、社会に広がらない・定着しないという面があると思っています。(開業心理がそんなにたくさんある必要はないとは思います、個人的には。)

心理的援助のニーズを満たすのに必要十分な、できるだけ公平なやり方ができるのであれば、それが国家資格化であってもなくてもいいとは思います。

まだいろいろ思うところはありますが、書ききれませんので、またおいおい。アドラー心理学で言う「共同体感覚」ですかね、そういうものがぜひ必要であるとは思っています。

Posted by: つなで | December 28, 2005 at 02:55 PM

今の状況を見れば、「心の一部の修理工」だけを国家資格化するべし、
という主張には、一理あります。

ところが、「心の一部の修理工」だけを国家資格にする(=国家の太鼓判を押す)となると、
それ以外の領域での心理業務は、
「どっちでもいい、優先度の劣る心理業務」であるというふうに、
国家の太鼓判が押されてしまうわけです。

つまり、「カウンセリングは病院で受けるもの」
「病院以外のカウンセリングはうさんくさいもの」
というふうに、暗に法律で定められたことと、ほぼ同じになります。

Posted by: 臨床心理士デスマ | December 28, 2005 at 08:41 PM

アド仙人さんのおっしゃる、臨床心理士会への不信感は理解できますが、
今度は「臨床心理士会」が「厚生労働省」になるだけで、同じことが起こります。
国家資格「医療心理師」をもたないと、
実力があっても、採用や昇進が難しくなっていくでしょう。
いまの「文部科学省系の公的資格」という以上に、
「国家資格」は、重み付けがありますから、
そのテの理不尽は、現状より大きくなります。

また、「臨床心理士会」自体は、それなりに大きな団体ですが、
教育領域や産業領域の、「個々の心理職」は、
その大半が細々やっています。
規制がない代わりに、位置づけもないわけで、
イヤなこともたくさんあるし、生活の保障もないです。
この部分に関しては、つなでさんがすでに上で述べられている点に、

Posted by: 臨床心理士デスマ | December 28, 2005 at 08:42 PM

あと、少し違うことを述べたいと思います。

現状では、個々の心理職は立場が弱すぎて、
匿名のブログででもないと、
権力に逆らうようなことを発言すると、
在職しつづけること自体が難しくなります。

医者・弁護士並み、とまでは言わなくても、
もうちょっと何とかならないのかな、と。

例えば、「人権派弁護士」みたいに、
世の意見の趨勢からすれば少数派であっても、
そういう発言・活動をしてでも、
そんなに儲からないにしても、生きていけるぐらいの位置づけには、
なってほしいな、と思っています。

Posted by: 臨床心理士デスマ | December 28, 2005 at 08:46 PM

アド仙人さんのおっしゃる、
国家や権力の手先にならないように、という資格像には、
ほぼ同意します。

もっとも、それを貫徹すると、
臨床心理士も医療心理師もチャラにして、
何もない状態に戻すのがベスト、ということになりますが・・・。

私はそれでもいいと思っていますけど。

Posted by: 臨床心理士デスマ | December 28, 2005 at 08:50 PM

最近ちょっと思うのですが・・・。

アド仙人さんや、あと医療心理師推進派の裕さんなどと、
もっている理想や感性は、意外に近いのかも、と、
最近思います。

ただ、臨床心理士会の権威のいやらしさと、
医療関係団体の権力のいやらしさと、
どちらを強く意識し、嫌悪を感じるか、という点が、
大きく異なるのではないかと思います。

Posted by: 臨床心理士デスマ | December 28, 2005 at 08:52 PM

>copingさん

> CBTもそういった限られた文脈で国家と関わるべきでしょう。
> だからといって,医療以外でCBTを使うな,ということでは
> もちろんなく,他領域でもCBTのエッセンスを使ってよりよ
> い援助を志せばいいのではないかと思います。

現在、医療以外の領域で、認知行動療法を使っているものです。
認知行動療法の有効性を認めている者です。
おっしゃることの意味には賛成です。

ただ、認知行動療法が医行為やそれに準ずるものとして法制化されてしまうと、
他領域では、最初はよくても、
だんだん禁止・抑圧されていくんじゃないかなーと。
(そのほうが、今回の医療心理師法制化に協力している、
 心療内科の開業医など、お医者さんたちの利益になる。)

ところが、医療だけでは、
認知行動療法を必要とする多くの人に対応していく、
時間もマンパワーもないですし、
診断基準に当てはまらないような人にも、認知行動療法はおおいに有効です。

ですから、医療心理師推進派の方たちには、
「そういうことは絶対にさせない。
 もしそんな事態になったら、
 自分たちが厚生労働省の前で割腹してでも、
 抗議し、阻止します!」
とでも言っていただければ、
少しは安心できるんですが・・・。

表現は問題ありかもしれませんが、
まじめな話として、書き込みしています。

Posted by: 臨床心理士デスマ | December 28, 2005 at 09:15 PM

 日頃は自分の世界だけを開陳している比較的静かなブログなのに、この問題になるとやはり食いつきがよいですね(^_^)。ありがたいことです。癖になりそう・・・。

 つねでさん

 早速ありがとうございます。おっしゃるとおりの状況は理解しているつもりです。
 親しい仲間にも非常勤で、臨床心理士も非臨床心理士の心理職もいますから、このご時世、彼らの雇用をどうやって守っていけばよいか考えているところでもあります。
 思うに、国家資格を持てば安定するというわけでもなく、ただ「この仕事は国家資格臨床心理士がするものとする」とかいった一文を入れればすむだけのことです。制度、法体系全体の中にどう位置づけるかという作業がまた入るような気がします。
 ところで、産業領域は産業カウンセラーという有資格者が活動してますけど、彼らと食い合うことにはならないのでしょうか?汎用ならそうなるはずだし、狭い意味での臨床領域だけなら汎用ではなく、棲み分けることになるのでしょうか。詳しいことは知らないもので・・・。
 

Posted by: アド仙人 | December 28, 2005 at 11:54 PM

 デスマさん

 拙い思考実験にお付き合い下さってありがとうございます。

 医療だけ国家資格化すると他の領域に悪影響がある、という説は確かに一理あり、我々を不安にさせますが、少しそこに疑問を入れてもいいかもしれません。
 我々様々な領域の心理職と各資格団体の努力によって、国民の心理的サービスへの理解が増せば、医療で受ける心理サービスとそれ以外のものとの区別がつくようになって、悪影響が逆に選択肢になりうるわけです(理想論ですが)。むしろどこにいっても臨床心理士しかいないのでは、何をやってくれるのかわからなくなったりして・・・。
 私はインディーズ・レーベルに近いな。

 あと、これは逆説的な冗談ですが、こちらから「資格は医療だけにして下さい。あとは自由にやるからね」と押せば、国は不安になってもっと広いやつを考えるかもしれません(^^)。

 批判の軸足をどこに置いて、矛先をどちらに向けるかはいろいろだと思います。ためにする批判ではないし、相手を憎んでいるわけではないのだからこそ、権力批判は大事だと思います。
 その点で臨床心理士会には厳しいのです。利害関係、しがらみがないからね。変えてほしいところは多々目に付きます。

 あと認知行動療法など、技法についての法的な縛りってあり得るかな。診療報酬の対象になったとしても、医療的な処置や薬剤とちょっと違うような気がしますが。箱庭や描画をする病院やクリニックは多いでしょうし、相当程度他領域と技法はだぶるので独占は無理ではないかと。
 有効な心理学的技法は、心理職全体のものであり、医療に貸しているのだというぐらいの気概はほしいですね。
  

Posted by: アド仙人 | December 29, 2005 at 12:39 AM

追記
 
 つなでさんの表記を間違えてしまいました。すみませんでした。

Posted by: アド仙人 | December 29, 2005 at 01:48 AM

アド仙人さん

産業カウンセラーの件について、
その領域に詳しい方に聞いたのですが、
産業カウンセラーの専門性と臨床心理士の専門性は異なっていて、
産業カウンセラーだけでは対応が難しい問題に対して、
臨床心理士の専門性からの助言や対応が必要とのことです。
産業領域はかなり広い領域なので、
臨床心理士の人材活用が必要だが追いついていないのが
現状であるそうです。
偏った意見であるかもしれませんが、
私はそう聞きました。

Posted by: つなで | December 29, 2005 at 03:28 AM

臨床心理士デスマ様

コメントありがとうございます。真摯なコメントとして,真摯に拝読いたしました。
デスマさんの危惧は決して杞憂ではなく,私にとっても切実なものだと考えております。その上でちょっとだけコメントを。

> ただ、認知行動療法が医行為やそれに準ずるものとして
> 法制化されてしまうと、
> 他領域では、最初はよくても、
> だんだん禁止・抑圧されていくんじゃないかなーと。

医療心理師推進派の方々にも,さまざまな考え方の方がおられ,「禁止・抑圧」方向を望む人もいれば,認知行動療法を医療に限らず広めていくべきだと考えている人もいるかと思います。私は確実に後者です。

「禁止・抑圧」されない戦略としては,他領域でさっさとCBTを広めて(といっても適正な範囲とレベルで・・・こういうことを書くと,ひたすらCBTを広めたい人のように思われてしまう恐れがあり,いちいち注釈をつけるうるささをご勘弁ください),いまさら「禁止・抑圧」できない状況を作ってしまうというのが「あり」かと思います。

> ところが、医療だけでは、
> 認知行動療法を必要とする多くの人に対応していく、
> 時間もマンパワーもないですし、
> 診断基準に当てはまらないような人にも、
> 認知行動療法はおおいに有効です。

同感です。
そしてCBTによって少しでも助かる人がいるのであれば,
そのようなサービスを提供できるよう,知識とスキルを
磨いておくのが,サイコロジストの責任だと思います。

私が臨床心理士会に批判的なのは,その責任をさぼっているように思われるからです。

> ですから、医療心理師推進派の方たちには、
> 「そういうことは絶対にさせない。
> もしそんな事態になったら、
> 自分たちが厚生労働省の前で割腹してでも、
> 抗議し、阻止します!」
> とでも言っていただければ、
> 少しは安心できるんですが・・・。
>
> 表現は問題ありかもしれませんが、
> まじめな話として、書き込みしています。

医療心理師推進派の先生方の中でも特に過激な方の考えを聞いていると,デスマさんのおっしゃる「そんな事態」になってしまう危険性を,確かに私も感じますし,デスマさんと同じように今現在医療機関に所属せずCBTをやっている人間としては,自分の職業人生の危機がちらりを頭をかすめます。

が,反面,医療以外のどの領域でも頑張って実績を上げている心理職がいて,さらにCBTを有効活用している心理職がいるという事実が無視できないほど確実なことであると認知されれば(残念ながら今はそういう状況ではないと思います),「そんな事態」を防ぐ大きな力にもなると思うのです。今私ができることは,そういうことかなあと。その上で万が一「そんな事態」になりそうなものなら,「割腹する」とまでは言えませんがしかるべき対処行動を全力で行う覚悟ではおります。

ただ私見ですが,当面心理職の国家資格化は実現しないと考えておりますので,上記「そんな事態」もないだろうと。一番わりを食うのは,CBTが有効かもしれないとわかっているのにCBTを受けることのできない精神科医療のユーザーさんたちだと思うと,本当にやりきれない思いがします。

以上,長々とリコメントいたしました。よろしければさらにリコメントいただけますと嬉しいです。

Posted by: coping | December 29, 2005 at 10:28 AM

 つなでさん

 なるほど、産業領域はマーケットが広いわけだから、今のところバッティングはしないと。考えてみれば一般の人の大半がいる世界ですからね。よかったですね。
 でもお互い「こっちに入ってくるなよ」といった微妙な気持ちを持つこともあったりして。
 いずれこういった類似の他資格との関係も話題になるでしょうね。臨床心理士会、まさか天下統一を狙ってない?(笑)

Posted by: アド仙人 | December 29, 2005 at 12:17 PM

 copingさん
 トラックバックありがとうございます。

 へー、そんなお考えの人がいるんですね。でもcopingさんみたいな方がいるから安心はしちゃいますけど。
 来年は、本格的にCBTを学ばせていただこうかと思っています。仕事の状況次第ですけど。

Posted by: アド仙人 | December 29, 2005 at 12:27 PM

>copingさん

コメントありがとうございます。

> いまさら「禁止・抑圧」できない状況を作ってしまう
> うのが「あり」かと思います。

おっしゃることは一理あるのですが、日本は法治国家です。
現実に法律を合わせる、というより、
法律で決まったことに現実を合わせねばならないのです。
ですから、少々のところ他領域にCBTを広めたところで、
そういう法律ができてしまったら、施行後はただちに違法となります。

> が臨床心理士会に批判的なのは,
> 責任をさぼっているように思われるからです。

これは、おっしゃる内容は理解できます。

「臨床心理士VS医療心理師」の構図は、
実は、「分析+ロジャースVS認知行動療法(CBT)」
の構図でもあるわけですよね。

国家資格法制化問題は、
本来、「医療限定か横断資格か」という問題なのですが、
どちらの学派も、自分たちに有利な結果になりそうなほうに、
肩入れしてますからね。

CBTの系統の学会も、
医療限定で国家資格化していただいたほうが、
CBTが広まる、と考えて、
政治的な駆け引きとして、医療心理師推進に力を貸している、というのが、
本音だと思うのですが・・・。

Posted by: 臨床心理士デスマ | January 03, 2006 at 02:47 AM

ただ、それによって、
他領域で実施しにくくなる、という弊害も出てきてしまうわけでよね。

結局、ユーザーを犠牲にして勢力の拡張を狙っている、という点では、
どこの団体も、50歩100歩のような気はします。

もっとも、そんなことをしなくても、
認知行動療法は、
あと5~10年のうちには、
もっとも広まっていくと思いますがね・・・。

Posted by: 臨床心理士デスマ | January 03, 2006 at 02:50 AM

私は、自分のブログのコメント欄でも書いていますが、
結局、医療心理師推進派、臨床心理士推進派問わず、
国家資格化のどさくさにまぎれて、
自分たちにとって有利な結果を招こうとしている一部の勢力が、
国家資格化を遠ざけているのだと思いますがね・・・。

例えば、昨年夏の、日本精神科診療所協会の声明では、
医療領域だけを国家資格化することを通して、
他領域の心理業務を「信頼度の劣る業務」として位置づけたい、
という狙いを、はっきり提示しています。
これは、アド仙人さんらのおっしゃる、
「最低限、医療には資格が必要だから」
という本来の趣旨からは、大きく離脱し、
医療関係団体の利権に結びついた発言と思います。
(だから私は信じられないのですよ。)

また、copingさんのおっしゃる
他領域の認知行動療法を、「禁止・抑圧」しようとする勢力も、
またしかりです。

そうすると、臨床心理士側に一定の偏りがあるにせよ、
上記のような勢力に対する反発自体は、正当化されうるわけです。
(もしそうでなければ、もっと臨床心理士側の偏りが際立ち、
 言い訳できなくなります。)

個人的には、現在の臨床心理学の潮流の中に、
認知行動療法や、実験心理学の知見を、もっともっと入れていく、
というのが、もっとも正当であるように感じます。

Posted by: 臨床心理士デスマ | January 03, 2006 at 02:59 AM

> 一番わりを食うのは,CBTが有効かもしれないとわかっているのに
> CBTを受けることのできない精神科医療のユーザーさんたちだと思うと,
> 本当にやりきれない思いがします。

これは同感です。

ただ、現在の医療のあり方からすると、
結局国家資格化されたところで、病院の赤字が少し補填されるだけで、
医療費自体は削減の方向にあるわけで、
認知行動療法をちゃんと時間とってやれる病院って、
どのくらい増えるのだろう??
という疑問もあります。

だからこそ、医療以外の枠組で、
時間をとって、しっかりやれる素地を維持・継続したい、
という思いが募るのです。

Posted by: 臨床心理士デスマ | January 03, 2006 at 03:03 AM

>アド仙人さん

>  その点で臨床心理士会には厳しいのです。利害関係、しがらみ
> がないからね。変えてほしいところは多々目に付きます。

私もしがらみないですけどね。別に。
やっている個々のことはともかく、
理念的には、「臨床心理士」のほうを、いちおう支持しておりますが、
誰かに強制されてのものではないです。

ただ、どっちかっていうと、
医療関係団体のほうに、許しがたいものを感じるだけのことで。

> 有効な心理学的技法は、心理職全体のものであり、
> 医療に貸しているのだというぐらいの気概はほしいですね。

同感です。

ただ、医療心理師のみが国家資格化されると、
そういう意見は通らなくなるでしょうね。

臨床心理学は医学の一分野であり、
医学の中でのみ存在するべきだ、という考えの医師は多いです。
医療心理師のみが国家資格化されれば、
これで自分たちの考えに国のお墨付きがもらえた、
他領域での実践を制限させよう、それが正しい考えだ、
ってことになっていくとは思います。

まあ、そうすると、臨床心理士会という犬を追い払って、
医療関係団体という狼を招き寄せたことになりますがね・・・。

Posted by: 臨床心理士デスマ | January 03, 2006 at 03:09 AM

最後に付けたしです。

学派間の議論と、国家資格化問題は、
本来的には別のものであり、議論の上では別に考えないと、
かえって本質からはそれていくように思います。

Posted by: 臨床心理士デスマ | January 03, 2006 at 03:16 AM

デスマ様

リコメント,まことにありがとうございます。

>> いまさら「禁止・抑圧」できない状況を作ってしまう
>> うのが「あり」かと思います。
>
>おっしゃることは一理あるのですが、日本は法治国家です。
>現実に法律を合わせる、というより、
>法律で決まったことに現実を合わせねばならないのです。
>ですから、少々のところ他領域にCBTを広めたところで、
>そういう法律ができてしまったら、
>施行後はただちに違法となります。

医療心理師が仮に法制化されたとして,
(現状では,当面あるいは半永久的に
法制化されないと思いますが)
医療以外の領域で
「認知行動療法の理論に基づく心理学的対人援助」を
実施したからといって,それが即違法行為として
処分されるような事態にはならないと思います。

デスマさんの危惧は,
先日お書きしました通り,
過激な考えを持つ先生方がおられることを考えると,
非現実的な危惧であるとは思わないのですが,
精神療法または心理療法について
今後どのような法律ができたとしても,
医療以外の領域で,
認知行動療法のアプローチに基づく
心理的援助を実施する専門家が
違法行為を行ったとして取り締まられることは
ほぼないであろうと私自身は考えております。

そのような形での法制化は
まずありえないと思います。

申し訳ないのですが,その根拠を
ここでお書きするつもりはございません。

ただ一つだけ。
「認知行動療法」と言ってしまえば,
それは「療法」(治療)ですから,
違法行為とみなされる恐れがあるのかもしれませんが,
たとえば,「認知行動カウンセリング」といった
呼び方であれば,それは医療とは別のサービスと
見なされうるということです。


Posted by: coping | January 03, 2006 at 10:09 PM

デスマ様

> 個人的には、現在の臨床心理学の潮流の中に、
> 認知行動療法や、実験心理学の知見を、
> もっともっと入れていく、
> というのが、もっとも正当であるように感じます。

全面的に同意します。

私が認知行動療法を志向し,実践しているのは,
おそらくデスマさんも同様だと推察しますが,
「CBTが好きだから」という理由ではなく,
「CBTが役に立つから」という,それだけの理由です。

もっと役に立つ,しかも実証的な説明や検証が可能な
アプローチがあれば,
別に認知行動療法でなくても良いのです。

実証的基礎心理学とつながりのあるものとして
臨床心理学をとらえ,探求していく姿勢が
今後日本では,もっと重視されてしかるべきであると
私自身は考えております。
(そしてしつこく書きますが,心理臨床学会および
臨床心理士会には,そのような姿勢が著しく欠けている
ように私には思えるのです。)

デスマさんのブログには(愛読しております)
そのような姿勢が貫かれていると思われ,
敬意を抱いております。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

Posted by: coping | January 03, 2006 at 10:23 PM

 臨床心理士デスマさん
 鋭い突っ込みありがとうございます。

 以前デスマさんが「アド仙人さんや、あと医療心理師推進派の裕さんなどと、もっている理想や感性は、意外に近いのかも、と、
最近思います」とおっしゃって下さいましたが、認知行動療法を実践されているようで、治療状況はけっこう似ているかもしれませんね。当座の議論の結論は違うだけで。

 デスマさんは医療畑におられたから、医療関係団体にきちんと批判ができるのでしょうね。私も医療とよく連携しますが、よくこんなに上手に人を怒らせるなと感心してしまう医療者に出会いましたよ。
 精神科にいた頃私と組んでくれた医師(超ベテランの女医さん)とはとてもよい信頼関係が築けたのですが、その人ですら、「臨床って言葉は医学用語なのよね」とポロッと漏らしたのを聞いたことがあります。なかなか「壁」はあるのかもしれません。
 私は長年公権力の中にいるからこそ、国家資格のマイナス面に注目がいくのだと思います。

 精神分析VS(認知)行動療法の100年戦争がこの問題に伏流のようにあると私も感じていました。それはそれでまだ今の段階では仕方ないと思います。
 心情的には行動療法系に頑張ってもらいたい気持ちもありますな。なにせ、私の先生の先生の先生はフロイトにいじめられて飛び出したんだもん(笑)。

 書いているといろいろなアイデアが湧いてきますが、取りあえず今は正月ぼけやめときます。
 理念的なことだけでなく、生臭い話もまた教えて下さい。

 

Posted by: アド仙人 | January 03, 2006 at 10:36 PM

初めてコメントさせていただきます。2006年になって初めて、アド仙人さんの「臨床心理士を巡る違和感分析」を拝読し、「国家」との関係で資格を論じておられることに、興味を持ちました。私は開業精神科医で、心理士、PSWと一緒に仕事をしています。(私たちは治療グループを構成し、それぞれがDr.Cp.Psw.という専門性を有していますが、一方、私と他のスタッフは雇用・被雇用の関係でもあります。)
医師という国家資格を持っている私が、心理士の国家資格化に異議を唱えても、医師の権力を守りたいがためと思われて説得力に欠けるので、発言を控えています。
私が一緒に仕事をしているCp.は、「人間であれば充分で、それ以外の資格は邪魔」という考え方のようです。、
そして、医師が国家からの縛りで動きにくいところを、国家資格のないCp.が補うことで、治療グループとしてはより柔軟に動くことが出来るように思います。具体的にどんな動きが出来るのかお伝えできませんが。
これからも、アド仙人さんのブログを、楽しみにしています。

Posted by: こんぴら | January 26, 2006 at 01:01 AM

 こんぴら様

 はじめまして、コメントありがとうございます。 

>そして、医師が国家からの縛りで動きにくいところを、国家資格>のないCp.が補うことで、治療グループとしてはより柔軟に動く>ことが出来るように思います。

 なるほど。国家資格の医療職でないことの意義をつきつめたら、おっしゃる通りだと思います。こんぴら様もかなり柔軟なものの見方を持てる方のようですね。
 それに一緒にやっておられる心理士さんの「人間であれば充分」というのもすごいですね。
 小心者の私は、大勢に日和ながらも、ブログなんかでゲリラ戦をやっているようなもので・・・。確かに行き着くところはそうなんだと思います。

 なんか励まされた気持ちです。ありがとうございました。
 今後ともよろしくお願いいたします。
 

Posted by: アド仙人 | January 26, 2006 at 11:53 PM

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