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December 21, 2005

描写と説明

 実は私、割と文学青年で、恥ずかしながら大学時代は友人と文芸同人誌をやっていたこともあります。今の学生さんはブログとかあるから、そんなことをやる人はいないのかな。
 数年前には、山梨在住のミステリー作家で、出版社を経営している岩崎正吾氏が主宰する小説教室に通って文学修行をしていたこともありました。でも結局、自分は小説を書くより、口先を動かしていることに適性があることがわかって、小説家は断念、心理臨床に専念することにしたのでした(*^_^*)。

 その教室で岩崎氏から学んだことで特に印象的だったのは「描写と説明を区別すること」ということでした。
 下手な小説書きは、描写するべきところを説明してしまうといいます。基本的に小説とは、登場人物の行動や表情、動き、または風景や人間関係を描くことで、読者に感じさせてわかってもらうことを目指すべきものです。でもそこで下手な人は、「彼女はうれしかった」「愛していた」「怒った」とかいう抽象度の高い言葉で説明をしてしまうのです。
「女は残酷だ!」という作者の「思想」を小説で表現したいなら、そこを安易に説明せずに物語として丁寧に描写するべきなのに、「『女は残酷だ!』と彼は思った」と書いてしまうということですね。読者はそんなの興ざめですよね。

 描写と説明がゴチャゴチャになってしまった文章ほど、読みにくいものはありません。
 それぞれは言語の次元が違うというか、描写は個別的、事例性、生ものであるのに対して、説明は一般的、抽象性、事後的であるといえるかもしれません。
 物語とは、本来描いて描ききることで、読者に「感じ取らせる」もののようです。ここまでは小説のイロハ。

 ひるがえって、我が臨床心理の世界で表される文章は、と考えてみると、例えば「心理臨床学研究」なんかの事例研究の論文には、とても読みにくいものが多いような気が、以前から私にはしていました。論者の文章力がないためかと思っていましたが、どうやら描写(カウンセリングの過程など)と説明(それについての心理力動の解釈や因果関係の説明)が混ざっていることに拠るのではないかと最近思い至りました。
 もちろん論文だからそれなりに章立てされて体裁や区別はできているけれども、それでも同一紙面上にあるだけで、私には混ざって見えてしまうのです。まるで小説とその評論を同時に読んでいるようなもので、頭の中があんまりすっきりしません。まあ、描いているといっても逐語録的なだけだし、小説みたいに描ききったらおもしろすぎて、かえって審査を通らないでしょうけどね。
 また、きっとそのケースについて、論者の頭の中にある「説明」と私のそれとはずれて違っていることもあるかもしれません。

 では説明だけの文章(理論、統計的な研究論文など)はどうかというと、論理は明快だからわかるはわかるのだけれど、自分的にはどうしてもおもしろくない、知りたいことは少ないなあと感じるのですな。

 元々私は、説明にそんなに関心が向かないタイプなのかもしれません。解釈より生きること、考えるより動くことが好きなのです。だから心理テストの解釈の勉強会はいつも途中で飽きて眠ってしまう。でも実習的なワークショップは流派や技法を問わず大好きです。
 こういうの、頭が具体的操作レベルっていうのかしら?

 

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Comments

 2006.3.21のサンケイ新聞の「正論」を曾野綾子さんが書いていらっしゃいました。アド仙人さんの「描写と説明」と主張は似ていると思いましたが、サンケイの「正論」だけあって、かなり辛口です。私事ながら、こういう基本的なことを、幼稚園から研究生活にいたるまで、きちんと教わったことがなかったよなあ、となんとなく納得のいかない思いもあったりして・・・。かくいう私は説明ばかりで、いつも描写するのが疎かになってしまいますが、Clにフィードバックするところは、もっと丁寧に描写しないといけないかな、なんてあらためて思った次第です。

 ところで、まったく関係ございませんが、今日のWBC決勝戦(対キューバ)、感動いたしました。
 
 祝・王Japan WBC優勝!

Posted by: 蚯蚓海豹 | March 21, 2006 at 09:11 PM

 蚯蚓海豹さん

 お久しぶりです。
 サンケイ取ってないのでその記事読んでないけど、まともな小説家なら当然意識することのようです。
 研究者や医師、臨床家は、まず診断や査定がありますから、どうしても説明的な枠組みを持ってしまうのは致し方ないとも思いますね。それが有益な枠組みなら良いわけで。
「言葉の魔術師」を目指しましょう(今はまだ自分はペテン師のレベルかな(^^))。

 WBC、日本の優勝よかったし、いろんな意味でもおもしろかったですね。
 イチローは戦国時代なら宮本武蔵級の達人だったろうという説を聞いたことがあります。ほんとに底知れない男だな、と感心しましたよ。

Posted by: アド仙人 | March 21, 2006 at 11:37 PM

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