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December 23, 2005

描写することと治すこと

 前回の描写と説明からさらに思いついたことがあるので、書き進めてみます。

 カウンセリングや心理療法で使用される言葉の用い方を考えてみると、描写することが説明することより大事かなと思うのです。
 伝統的精神分析には、説明による洞察が治療的という考え方がありましたが、果たしてどうなんでしょ?
 最近は問題についての説明が必ずしも問題解決につながらないという考えるセラピーが増えているようです。抽象レベルの高い言葉で構成された「説明」より、クライエントが語る物語をどう捉えるか、という具体的な描写のレベルの言葉の扱い方に注目が集まっているように思えます。

 クライエントの話すことをそのままなぞるような、ロジャース派によく見られる受容的なアプローチは、「描写重視」ではあります。ただ、例えは悪いかもしれないけれど、あまりうまくない子どもの作文を「うまいね、よく書いたね」と誉めるだけで、「こう書いたらもっとうまくなるのに」と教えることを禁じてしまっているような気が、私にはするのです。自然に作文がうまくなることは多くはないかも。優しすぎる先生は私には物足りないな。

 数年前、エリクソン催眠の大御所、J・ザイク先生のワークショップに参加したとき、ザイク先生が、「催眠家は人間バイオフィードバックになること」とおっしゃったのが心に残っています。相手をよく観察して、小さな変化を捉え、それを増幅して伝えることを意味しているのだと思いました。「足の裏に床の感触を感じ取れるかもしれません・・・・そして、ゆったりと呼吸しているのを感じ取れます・・・・そうすると・・・・」と細かく細かく催眠家は、相手の変化を描写してフィードバックしていきます。相手はそれを確認し体験しながら、トランスに入っていきます。
 催眠家が小説家になるのですね。

 行動分析法や認知行動療法の手順も、クライエントから出される行動や認知の描写を手際よく整理していくことに主眼が置かれているような気がします。
 クライエントの描く小説をもっとよい作品にするために校正する編集者のような役割でしょうか。具体的、実践的であまり観念的な説明に飛ぶことはありません。

 アドラー心理学やナラティブ・セラピーも描写重視の心理学で、その背後に「深層」や「原因」を探ったりはしません。

 でも科学たるべきは臨床心理学は、説明をしないわけにはいきません。今後も社会の要請に応じて、様々な心の問題に対して、「心理学的説明」を求められ、答えていくことは続くでしょうし、そういう役割を担う学者先生はマスコミや論壇に登場することでしょう。

 優等生的には、描写的言語も説明的言語もどちらも必要、共に高めていくことが専門家のあるべき姿だなんてことになるのでしょうか。臨床心理士試験にはこういう人が合格ね。
 でもね、優秀な作家で優秀な評論家はほとんどいないのです。もしかしたらそれぞれのレベルの言葉を操るには違う資質が必要なのかも、と私は見ています。

 私は正直言って、説明なんかどっちでもいいや、面白いか、役に立てばね(^_-)。

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