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March 05, 2006

アドラーとフロイトの性格

 以前紹介したアドラーについての初の本格的伝記「アドラーの生涯」をようやく今読み進めているところです。分厚いのですが、なかなかおもしろい。20世紀初頭の臨床心理学の黎明期、文化咲き誇るウィーンで展開された、精神分析運動内での人間ドラマは見ものだったでしょうね。私もいたかった。

 本書の前半で、著者はアドラーとフロイトの性格的違いについてこう描いてます。

 気質的にも二人の医師はまったく異なっていた。フロイトが医学の道に進んだ主な動機は研究のためであり、また彼は生涯を通じて非常に思索的で本を読むのを好んだ。患者を診ることは経済的には必要だが、あまり愉快なことではないと、家族にも友人にもはっきりと表明していた。フロイトは必要とあらば心のこもった態度を取ることができたが、非常に熱烈な崇拝者を別にすれば、フロイトのことを温かい、あるいは陽気な人物であるという人はほとんどいなかった。それとは対照的に、アドラーは医学を選んだのは診療のためであり、研究室での調査に魅力を感じたことは一度もなかった。アドラーは専門家以外の様々な聴衆の前で講演することと同様、患者を治療することも楽しんだ。陽気で外向的なパーソナリティーのアドラーは、夕方にぎやかなカフェで友人たちと過ごすことを好んだ。

 この違いは理論から思想、技法まで、二人が作り上げた心理学の姿に影響を与えていきます。
 ユングとフロイトはとても親密な関係の時期があったのに、アドラーとフロイトは相互に才能を認め合いながらも最初から、

 二人が友人になることはなかった。社交場のつきあいすらなかった。旅先から互いに手紙を出し合っていたという記録も、家族間の交流もなかった。

 だそうです。正反対なタイプだったのでしょう。別れは必然だったのね(涙?)。だからフロイトとアドラーが師弟関係になんかなりようがなかったのです。
 フロイトから見ればアドラーは「素直じゃない若僧」、アドラーからは「威張りくさって変なこというおっさん」だったのでしょうか。ふたりのこの性格の違いは今に至るまで、両派のスタイル、雰囲気に表れているような気がします。
 

 学者、研究者好みのフロイトと、プラグマティストのアドラー、この二人のスタイルを横軸に、科学主義の行動科学(家族療法も?)と神秘主義のユングを縦軸に取れば、その臨床家の立ち位置が定められたりして・・・。

 

 

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Comments

全然関係ないコメントで申し訳ないんですが、
大学院時代の先輩からアドルノのF尺度測定を
教えてもらったので、ここに書き置きしておきます。
1回お試し下さい。ちなみにFはファシストの略です。

http://www.naokia.com/fscale/fscale.html

ちなみに私は、F尺度は: 2.04。
あなたは『自由主義者』です。 
自己中心的、相対主義、即時志向、感覚主義、快楽志向が特徴です。
だそうです。

Posted by: ぺぺ | March 05, 2006 at 02:07 AM

 ぺぺさん

 私は「一般人」だそうです。ま、そうかもね。質問によって、おそらく自由主義的なところと権威主義的なところとはっきりつけたので、わかれたためかな。
 伝統武道をやっているから、ある意味権威主義だし、常識や思考の枠組みを壊したり相対化するようなことが好きだから、自由主義、アナーキスト的でもあるし。
 ぺぺさんも、そんな感じがするけどね。

 ご紹介ありがとうございます。

Posted by: アド仙人 | March 06, 2006 at 12:05 AM

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