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March 15, 2006

家族療法の研修

 先週末、職場関係の研修で家族療法を学びました。
 講師は文教大学の秋山邦久先生
 受講者は児童相談所職員や県立精神病院の心理士、更生相談所や福祉施設の職員など、県内の公的機関に勤める福祉、心理の業務に携わる方々、要するに私にとってはお仲間であります。

 実は今回の講師の秋山先生は、私が是非お呼びしようとスタッフに薦めた方なのです。昨年秋のある学会に参加した時(リラックスしました)、そこで秋山先生がなさった事例発表を聞いたら大変おもしろかったのと、われわれと同じくある県で児童相談所に長くお勤めなさっていたという経歴を知って、勝手に親近感を持ってしまい、不躾にも講師をお願いしたところ、快く応じて下さったのでした。

 先生からは「システムとしての家族の見方とアプローチの仕方」をテーマに、家族療法の基本的視点、技法についてお話ししていただきました。私とほんの数人以外は、家族療法について初めて接したんじゃなかったかな。
 特に、観察することの重要性を強調され、暖かく観察すること、そして家族(システム)に入れていただくこと(ジョイニングですね)、そこから解決の方向へと小さな変化を起こしていく、といった話が私には印象的でした。

 また、人を「見る」には、「監視する=悪いところ探し」、「観察する=良いところ探し」の二つがあって、我々児童相談に携わる者は、徹底的に良いところを見続けていくことが大切である主旨の話には大いに共感しました。
 少年犯罪やいじめなど何か起こると、マスコミや教育界など社会はすぐに、再発防止とか「心の闇を照らす」とかいって、監視するといった見方に偏りがちです。
 私たち親や援助職は、あくまで暖かい視点は維持していきたいものです。

 家族療法はシステム理論やサイバネティクスといった理系的イメージの理論や言葉、変化や介入といった指示的スタンスから、個人療法から入ったある種の立場の人たちからはなかなかなじめないみたいですけど、根底にある人間哲学はとても暖かいものなのです。
 少なくとも、児童臨床をする人にとっては、必須アイテムだと思います。

 私は20年来のベイトソン・ファンであり、頭脳をベイトソンによって作り変えたようなものなので(勝手に師事した恩師たち3・グレゴリー・ベイトソン)、彼が源流になっている家族療法はとても関心の高い心理療法でした。
 自分は家族療法家とはいえないけれど、これまでちまちまとあっちこっちで学んできて、今回バリバリの家族療法家である秋山先生から学ぶ機会を得たことは、とてもよい復習と新たに学び続ける決意をする気持ちになりましたよ。

 それにしても、先生の講義はおもしろかった。長時間まったく飽きさせず、笑いもしっかりと取り、堅い理論とケースへの応用の絶妙なバランス、さすがコミュニケーション理論を体現されていると感心しました。
 この私が、講義で一度も眠らなかったのはほんとに久しぶりです(いつもはほんと、よく眠るの、ここだけの話)。

 この地でも仲間とともに、家族療法をはじめ、より効果的な心理療法を実践し、根付かせていきたいと思った時間でありました。 

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Comments

「暖かく観察し,システムに入れていただくこと」
・・・とてもいい表現だと思いました。

「観察」(CBTでいうところのモニタリング)って,ともすれば「冷めたまなざし」を連想させてしまうようなのですが,うまくいっているモニタリングって,結局は「暖かい」のですよね。

ということを伝えるためには,「観察」ではなく「暖かな観察」といえばいいのだ,と貴記事を拝読して,コロンブスの卵のように発見した次第です。セラピストによる「暖かな観察」が,結局はクライアントさんの中に,「暖かな観察者」を育てていくことになるのだと思います。

以上,本記事の本筋と微妙に逸れているような気もしますが,面白かったのでコメントさせていただきます。

追伸:眠らずに研修を聞きとおせる体験自体,稀有な経験かも。先日私もある研修に出ましたが,3分の2は気絶していました。

Posted by: coping | March 16, 2006 at 01:18 AM

copingさん

 お互い勉強好きでその機会が多いと思うのですが、睡魔には悩まされますよね(^_^)。
 copingさんはもう体現されているでしょうけど、理論と現場をうまくリンクさせながら、聴衆も飽きさせないプレゼンテーション能力を持ちたいものです。

 観察の重要性は、よく言われることだと思いますが、頭でっかちで先入観が強かったりするとついおろそかになりがちだと思います。クライエントを見ないで、理論を見ているというか・・・。
 見ること自体が対象に働きかけるのだから、その質は大事にしたいと思います。
 貴ブログの記事の注目のあり方にも通じることだなと思いました。

Posted by: アド仙人 | March 16, 2006 at 11:40 PM

「暖かく観察すること、そして家族(システム)に入れていただくこと」・・・なるほどなぁと思いました。

私は家族療法を学ぶ前に、アドラーを「発掘」してしまったので、臨床心理士の資格試験で、家族療法の諸派?!つまみ食いするまで、家族療法は、学ばずじまいでした(*_*)。

ただ、アドラー心理学の基本前提「対人関係論」が、システム云々に近いのかなとは思っています。

Posted by: ぐうたら三昧 | March 20, 2006 at 10:15 PM

 ぐうたら三昧さん

 おっしゃるとおりの考えを僕も持っていまして、アドラー心理学を学んで、家族療法を知ると既視感を持ちますね。技法も逆説的指示を使うところなんか同じですし。
 ヨーロッパ風味とアメリカン、背景の思想家がニーチェとベイトソンという違いくらいかな、なんて思えます。ただ、家族療法にはシステムの動きを追っていく分、認知論的視点というか言語が少ないかな。でも最近はそれを補うかのごとく、ナラティブなんてい言い出してますけど・・・。
 どちらの実践家も、基本的に明るい人が多いのがいいですね。

Posted by: アド仙人 | March 21, 2006 at 12:18 AM

アド仙人さん

逆説的指示は、私の頭の限界なのか、なかなか組み立てることができません(*_*)。

Posted by: ぐうたら三昧 | March 23, 2006 at 12:11 AM

 ぐうたら三昧さん

 逆説的指示は、難しく考えない方がいいんじゃないかな。
 ユーモアと同じく、拡大したりずらしたり意味を逆転させようと考えていると、自然に逆説っぽくなるような気がします。
 症状処方なんて、かえって悪くなるんじゃないかと心配しちゃう人がいるみたいだけど、そんなに副作用はないと思っていますけどね。もちろん適用はありますが。

Posted by: アド仙人 | March 23, 2006 at 10:53 PM

自然に・・・っぽく・・・。
さすがです・・・。

症状処方は、いまのところ、とてもやれそうにありません(*_*)。

でも、やれるようになると、技法のレパートリーも増えて、いいのかなとは思っています。

まだまだ「(お)稽古」は続きそうです。

Posted by: ぐうたら三昧 | March 25, 2006 at 07:20 PM

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