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July 04, 2006

中田引退

 中田英寿選手引退ですね。びっくりもしたけど、ブラジル戦終了後のあの様子を見て、またそこに至るまでの彼の言動を振り返ってみると、納得もできます。
 そんな中田ヒデを見れば、山梨の名を冠する本ブログとしては、やはりコメントしないわけにはいきませんね。
 彼こそ、外に出る甲州人のアーキタイプを具現していると思うからです。

「8歳の冬、寒空のもと山梨のとある小学校の校庭の片隅からその旅は始まった」という言葉が、自身のHPの引退表明の冒頭にあります。
 実は私が前所属していた児相が彼の実家やその小学校のすぐ近くにあって、中田ヒデの周辺情報には事欠かないところでした。ある上司は、喫茶店でヒデのお父さんと会って話をしたと自慢していましたよ。
 私の職場や彼の実家のすぐ側にはスポーツ公園があって、少年時代のヒデはそこのスタジアムの壁を相手に、日が暮れるまでボールを蹴り続けていたという話も聞いたことがあります。

 彼は、スポーツ・マスコミによくありがちな家族や故郷の美談を語ったり売り出す人ではなく、逆に狭くて封建的な土地に複雑な思いを抱いていたかもしれないけれど、寒風吹きすさぶ山梨で心身を鍛え、心の原風景を作ったことは確かでしょう。
 強烈な孤高性、自らを頼む強い自我意識は、私には大勢に流されない甲州人の気質を感じてしまいます。古くは小林一三、石橋湛山から山本周五郎、深沢七郎、網野善彦、中沢新一、田原俊彦(これは違うか??)・・・。あと宮沢和史も入れたりして。

 興味深いのは、心の底に大切に閉まっていたという思いの下り。

 プロになって以来、「サッカー、好きですか?」と問われても「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。責任を負って戦うことの尊さに、大きな感動を覚えながらも子供のころに持っていたボールに対する瑞々(みずみず)しい感情は失われていった。

 けれど、プロとして最後のゲームになった6月22日のブラジル戦の後、サッカーを愛して止まない自分が確かにいることが分かった。自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。

 それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきたサッカーへの思い。厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった。

 これまでは、周りのいろんな状況からそれを守る為、ある時はまるで感情が無いかのように無機的に、またある時には敢えて無愛想に振る舞った。しかし最後の最後、俺の心に存在した壁は崩れすべてが一気に溢(あふ)れ出した。

 ブラジル戦の後、最後の芝生の感触を心に刻みつつ込み上げてきた気持ちを落ち着かせたのだが、最後にスタンドのサポーターへ挨拶(あいさつ)をした時、もう一度その感情が噴き上がってきた。

 あの時の憑きものが取れたかのような力の抜けた表情には、このような心境があったのですね。
 なぜ彼が「厚い壁」を作るに至ったのかはわかりませんが(きっと何らかの必然性があったのでしょう)、逆にこれが彼を巡る不調和、悲劇につながってしまったことは想像に難くありません。
 身体意識の世界、武道や東洋的身体論では、そのような熱い思いをきちんと受け止めるための身体意識の構造が必要とされます。
 中丹田と呼ばれるものです。下丹田は腹の中、臍下辺り、上丹田は額の奥にあるとされ、中丹田は胸の奥にあり、インドのヨガではハート・チャクラともいいます。
 高岡英夫氏によれば、中丹田の発達した著名人には、かの長嶋茂雄、ブルース・リー、高杉晋作などがいるそうです。みんな「熱い」人たちです。そういう人の周りにいる人は、みんな感化され、熱くなっていき、自ら動き出すといいます。
 中丹田がなくて「熱い思い」だけ持っている人は、無駄に怒りをまき散らしたり感情的になりやすいそうです。逆に彼のように押さえ込むタイプの人は、クール、冷静、知的な印象を与えます。
 本当は情熱的で非凡な彼にはそれなりの中丹田があったのかもしれませんが、肝心要の「心の核」を押さえ込んでいると、どうしても伝えたいものが伝わらないのは致し方ないかもしれません。 

 俺は今大会、日本代表の可能性はかなり大きいものと感じていた。今の日本代表選手個人の技術レベルは本当に高く、その上スピードもある。ただひとつ残念だったのは、自分たちの実力を100%出す術(すべ)を知らなかったこと。それにどうにか気づいてもらおうと俺なりに4年間やってきた。時には励まし、時には怒鳴り、時には相手を怒らせてしまったこともあった。だが、メンバーには最後まで上手に伝えることは出来なかった。

 もし彼が、長い間「厚い壁」で胸の奥の思いを押さえつけずに、中丹田を発達させ、機能させることができていれば、試合中あれほど怒鳴らず、イラつかずとも、他の選手達はもっと自然についてきたり、影響を受けることができたかもしれません。
 そうすれば、ワールド・カップの結果は違ったものになったかも。

 しかし、これは無い物ねだりというか、望みすぎというものでしょう。古来上・中・下丹田、正中線すべてそろった達人は極めてまれといいます。
 ワールド・カップには間に合わなかったけれど、今、中田英寿の心身は胸の奥が開いて、新たな境地に入ったのかもしれません。 

 これからどんな風に、現代の若き「達人」が成長していくのか応援していきたいと思います。

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