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May 04, 2007

「若者殺しの時代」

 新緑の爽やかな風が部屋に流れるのを感じながら、読書をするのは気持ちのいいものです。

 でも時代はなんか爽やかとはいえない状況に流れているように思えてなりません。なんだ、この息苦しさは。

 そんな気分を、軽くて楽しい文体で表してくれているのが、コラムニスト堀井憲一郎さんの話題書、

 「若者殺しの時代」講談社現代新書

 若者が若者であるだけで、得をする時代はとっくに終わったというのです。

 ある時期を境に「若者であることは別に得ではない」という時代になってしまったのだ。そう。人知れず、そういう時代になっているんですよ。若者であることが損とまでは言わないが、若者が得だとは言えなくなったのだ。

 それはいつからか。昭和の終わり、1980年代から。

 若者が消費の主体であり対象であるとして、おだて上げられ徹底的に狙われ始めた時期。先ずは女の子が、それをゲットするために遅れて男の子たちがターゲットになった。今はそれが全ての世代に細分化されているのでしょう。

 1983年の雑誌アンアンから始まる「クリスマス・ファシズム」の拡大と定着(これ以降クリスマスは家族の行事から男女の狂騒になった)、バレンタインデーの定着、1983年のディズニーランド開園、女の子のお姫様化、コンビニエンスストア、金になったお茶と水、シティホテル化するラブホテル、アダルトビデオとヘアヌード、マンガとおたくの勃興、トレンディドラマ、ポケベルと女子高生の性の商品化、携帯電話の出現で誰ともつながり、誰からも拒否される社会に・・・・

 本書には、80年代からのたくさんのサブカルチャーの歴史を調査と共に振り返りながら、筆者の体験を通して、それに振り回される私たちの姿が映し出されています。
 読んでて懐かしさと同時に、何やら胸の疼きさえ感じました。数々の「若気の至り」が不意に思い出され、フラッシュバックしたりして、何度も本から顔を上げましたよ。

 私も80年代に東京で青春を過ごした世代。そう、変わり者でなかなかトレンドに乗らないつもりの私でさえ、逆らえないことは数多く、80年代以降の強迫的消費主義に振り回されつつ、荷担してきたのは紛れもない事実です。

 だってそうしなければ、女の子が相手してくれないんだもん。

 いや、女の子のせいだけでなく、こういう社会は確かに快適な面も多く、我々は耽溺してしまったのでしょう。
 しかし、

 80年代の後半、、バブルの時期は、まだ社会が動いていた。90年代に入ってすぐのころまで、まだ社会はダイナミックだった。つまり、がんばれば逆転可能だったのだ。
 でも90年代に入り、動きがにぶくなり、ついにはほとんど止まってしまう。
 がんばれば逆転、の可能性がなくなって、もっともわりを食うのは若者である。・・・・若者にとってつまらない時代がやってきた。若者がおとな社会にとびこむには、札束で頬を叩き、ルールを無視して実績を作っていくライブドア的手法しか見出されなくなった。
 若者がゆっくり殺され始めたのだ。

 日本は「大いなる黄昏」の時代に入った。沈みゆく社会の中で、恩恵が乏しく静かに「殺されていく」若者に対して、著者がかろうじて思いつく処方箋は、「社会から逃げること」。

 でも空間的に物理的に逃げることは不可能です。就職しないニートってのもはかばかしくなさそうです。

 外へ逃げると捕まるなら、だったらおもいきって逆に逃げるってのはどうだろう。
 内側に逃げるのだ。
 それが”日本古来の文化”を身につける、ということなんだけど。
 都々逸。古武道。落語。
 文化というのは、たとえばそういうものだ。新しいのもある。
 美容師。ラーメン職人。蕎麦打ち。歌謡曲司会。
 そういうのでもいい。
 俳句。刀鍛冶。酒杜氏。左官。空手。歌舞伎。日本舞踊。三味線。柔道。茶道。浄瑠璃。まあ探せばいろいろあるだろう。
 文化を徹底してカラダで身につけること。それが、逃げるひとつの道である。
 いまの社会の要請に応えないことが逃げることだ。

 この感覚はよくわかるな。
 日本ではないけど、「中国古来の」「カラダを使う」武術に打ち込んできたのも、まさに息苦しさから「内側に逃げるため」だったと思うのです。

 そうしなければ非近代主義者は、とても生きていけない。

 そして、私のこれからの役割は、若者たちに(実際既に稽古仲間のほとんどは、年下の青年たちです)、逃げる手段のひとつを提供することなのかもしれないと思いました。

 軽い感じで読めるのですが、私たちの共通体験から出発しているので、とても面白くて、考えさせ、感じさせてくれました。

 

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Comments

はい。逃げ道がどちらにあるのか、教えて頂きました。

選択したのは自分ですけど、どっちに行ったら道があるのかさえわからず、引き篭もって留まったりせずに居られたのは、とても幸運だったと思います。

 渡辺さん

 おお、共にこの死地を逃げおおせましょうぞ。

 そして、我の屍の上を踏み越え、先まで進んで下されよ。

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