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June 24, 2007

「あやつられた龍馬」

 おもしろい!一気に読んでしまった。

「あやつられた龍馬-明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン」加治将一、祥伝社

 幕末のヒーロー坂本龍馬にはファンが多いのですが、私自身は特に好きでも嫌いでもないという感じで、司馬遼太郎の司馬史観とされる一連の本にもすごく感動したということはなかったのでした。

 どんな魅力的な物語を読んでも、謎がどうしてもぬぐい去れなかったのです。

 どうして一介の脱藩した下級武士が、幕府や大藩を動かせ、日本初の企業「亀山社中」を起こしたり、薩長同盟や大政奉還のような大きなことを成し遂げられたのか?

 これを世間でいうような龍馬個人の破格の人格や才能のせいにするだけでは、とても納得できない。何か背後があるはず、と思ってました。
 とても武田鉄也みたいに素直に憧れられない。

 また他にも伊藤博文や井上馨らが英国公使館を焼き討ちした「犯人」であるにもかかわらず、その直後に「攘夷の敵」であるはずの英国になぜ留学できたのか?その金は?

 幕末史はわからないことだらけです。もちろん最大のミステリー、龍馬暗殺の犯人は?

 本書は今まで見聞きした幕末ものの中でも出色、長年の疑問が氷解し、納得がいくものでした。

 幕末とは日本を舞台に、英国を核にした諜報戦だったというのが本書の基本的主張。
 真の主役は、長崎に広大な居を構える武器商人、トーマス・グラバー、そしてアーネスト・メーソン・サトウ(英国領事館通訳)、英国公使パークスら。

 彼らが幕末の志士を動かし、様々な事件の背後にいたのは動かしがたい事実でしょう。英国得意のしたたかな二枚腰、三枚腰の外交に翻弄される幕府と倒幕勢力、そしてそれらをつなぐものが、彼らの背後にいたかのフリーメーソン。

 坂本龍馬は、グラバーをバックに、グラバーの指示の下日本中を走り回り、勝海舟と共にパークス直々の諜報部員であり、それも素晴らしく優秀なスパイだった。
 大英帝国をバックにした龍馬を、薩摩も長州も相手をしないわけにはいかない。かくして薩長同盟はなったし、他のたくさんの大事もなせたわけです。

「日本において、体制の変化が起きているとすれば、それは日本人だけから端を発しているように見えなければならない」(1866年4月26日、ハモンド外務次官からパークス在日公使館宛文書)

 これが、幕末の全てを語っているようです。

 おまけに私が驚いたのは、1866年3月に横浜の英字新聞に掲載された「英国策論」という論文で、英国のいうことを聞かなければ、「イギリスは強制と流血の手段に訴える」と堂々と主張し、その期限は1868年元旦としていること。
 この論文は当時全国にあっという間に知れ渡り大変な影響力を持ったそうですが、その期限の年とはドンぴしゃ、明治維新のなった年です。
 まるで昨今の年次改革要望書のように、他国の要求のままに外国の指示通りに、志士たちは「革命」になだれ込んでいったのです。

 いつになっても日本は同じなんだなあという嘆息と、西欧の策略の底知れない周到さに背筋が寒くなります。

 しかし、著者は、龍馬は必ずしも、完全に英国に操られていたわけではなかったと考えています。やはり快活で平和主義的な龍馬の魅力は、当時から伝えられるように真実だったのかもしれません。
 この辺で、龍馬ファンは救われるかもしれませんね。

 しかし、無血革命を主張する龍馬は孤立していき・・・

 そして、驚きの真犯人は・・・・。

 歴史の分厚さを感じさせてくれました。

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