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June 11, 2007

悲しい国

 年金問題に日本中が揺れている中のコムスンの事件、以前から関係者から問題は指摘されながらこのタイミングの事件化は、年金問題への大衆の注目を少しでもそらすためではないかという観測があるようです。

 私も大いにその可能性アリ、と見ています。

 松岡農相の他殺説も説得的だし(仮に自殺でも本質は他殺と同じだけど)、自衛隊は勝手に我々を監視しているし、何だかなあという日本の今です。
 やはり暗殺だった?松岡利勝農相「暗殺」を示唆する各種参考データ

 そして、内田樹先生のブログに、深く納得。Who is to blame?

これだけのミスが累積するのだから、構造的にもいろいろとむずかしい問題がある制度なのであろうが、それにしてもここまで問題を深刻にしたのは歴代の社保庁の役人たちのメンタリティの問題だろう。
そして、そのメンタリティは悲しいかな程度の差はあれ私たちの社会の全域に瀰漫しつつある。
それは「前任者の不始末をなんで私が尻ぬぐいしなくちゃいけないんだ」という不満に「理あり」とする態度である。
「この不祥事の責任を問う」という言葉は勇ましいし、合理的に聞こえるけれど、実際には責任の淵源を探ってゆくと、最後に発見されるのは、誰でもやるようなわずかな事実誤認や見落としだけである。
ほとんどすべてのシステムトラブルは誰でもするようなケアレスミスから始まる。
そんなものにシステムをクラッシュさせるような力はない。
システムをクラッシュさせた責任は、「起源」にはない。
このことをみなさんはお忘れであるようなので、ここに大書するのである。
システムをクラッシュさせた責任は「誰に責任があるのだ」と声を荒げる人間たちだけがいて、「それは私の責任です」という人間がひとりもいないようなシステムを構築したこと自体のうちにある。

 権力組織の中にいる者としては耳が痛い。
 アドラー心理学でもシステム論的家族療法でも、親の虐待も子どもの問題行動も、「単一の起源」に責任を負わせることはけしてしません。
評論家やマスコミが訳知り顔にいう「心の闇」なんてないのだ。
 家族のシステムトラブルも、「誰でもするようなケアレスミスから始まる」のです。

「それは私の仕事じゃない」
これがわずかなミスを巨大なシステム・クラッシュに育て上げる「マジックワード」である。
たしかに「予防」は仕事をふやす。
場合によっては「自分のミスではないミスの責任者」というかたちでネガティヴな評価を受けることもある。
けれども、それがいちばん効率の良いシステム防禦策である。
「いいよ、これはオレがやっとくよ」という言葉で未来のカタストロフは未然に防ぐことができる。
けれどもカタストロフは「未然に防がれて」しまったので、誰も「オレ」の功績を知らない(本人も知らない)。
そういうものである。
成果主義は、この「成果にはカウントされないが、システムの崩壊をあらかじめ救ったふるまい」をゼロ査定する。
だから、完全な成果主義社会では、システム崩壊を未然に防ぐ「匿名で行われ、報酬の期待できない行為」には誰も興味を示さない。
私たちの社会システムはそんなふうにしてしだいに危険水域に近づいている。
「誰の責任だ」という言葉を慎み、「私がやっておきます」という言葉を肩肘張らずに口にできるような大人たちをひとりずつ増やす以外に日本を救う方途はないと私は思う。
前途遼遠だが、それしか方法はない。

 児童虐待に対するときも、全く同様の心構えが必要でしょう。
 時に事実かどうかわからない頼りない情報を手がかりに、家人に逃げられたり怒鳴られても乗り込んでいく児童福祉司が「これはオレの仕事だ」と思い定めるには、何というか、勇気というか覚悟がいるものです。

 そうやって「未然に防がれた」虐待は、誰も成果にカウントしないし、できない。介入がうまくいったということは、ごく当たり前の親子、家庭になったということなのだから。
 結局、防げなかった不幸な事例ばかりが大きく取り上げられざるを得ない。

 強化されない行動は出現頻度が上がらない、行動分析学の基本原理だけど、複雑すぎる社会では、どうしていいのかわからないのが現実なのかもしれません。

 それから、年金問題でさらに公務員の天下り批判のボルテージが上がってますが、ことはそう単純ではありません。

国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」

 それまで日本を守っていたほんとに優秀な官僚、公務員を野に放つことで、外資に囲い込み、日本収奪の先兵とする、巨大な資産と共に民営化された社保庁はさらに国民の目が届かなくなっていくという予測は、当たっているかもしれません。

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Comments

こんばんは。

>成果主義は、この「成果にはカウントされないが、システムの崩壊をあ>らかじめ救ったふるまい」をゼロ査定する。
>だから、完全な成果主義社会では、システム崩壊を未然に防ぐ「匿名>で行われ、報酬の期待できない行為」には誰も興味を示さない。
>私たちの社会システムはそんなふうにしてしだいに危険水域に近づい>ている。

企業におけるいわゆる成果主義(≒結果主義)って、正にこのとおりです。カイシャ員としてこの文章は身体的に理解できるような気がします。こうした風潮はまさに「瀰漫」しまくってます。

でも、「私がやっておきます」って、実際に「やって」いる人はあんまり声に出しては言わないんじゃないでしょうか。むしろ誰もいないところで「やっておこうっと」と、独りでボソッと呟いてるような。って、自分でもよくわかりませんが...。全然まとまりのないコメントですいません(苦笑)

Posted by: shiba | June 13, 2007 11:49 PM

 shibaさん

 そうですね、会社でも公務員でも事情はまったく同じでしょう。

 確かに実際に「やって」いる人は、声に出し言わないものでしょう、選挙に出るのでなければね(笑)。
 高倉健みたいに何も言わないか、ボソッとつぶやいて生きたいものですが、弱い私たちは少しは誉めてもらいたいですし・・・。

 そういう人を暗黙のうちにでも認めて、「わかっているよ」と目配せできるような人になりたいし、増えることを望みたいですね。

Posted by: アド仙人 | June 14, 2007 11:03 PM

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