肚の人:石橋湛山
ついさっきNHK「その時歴史が動いた」で石橋湛山を取り上げていました。
小日本主義、平和主義を唱え、戦前は官憲ににらまれながら言論活動を行い、戦後大蔵大臣になってもGHQと対立して公職追放になり、自民党にいながらアメリカ一辺倒になることを批判し、当時断交していた中国との経済交流を突破口に東西冷戦に風穴を開けようとした、先駆的で波瀾万丈な人生として、番組では描いていました。
痛快なのは、鳩山内閣の通商産業大臣時代、「アメリカの意向は無視しましょう」と堂々と、アメリカとの対立に動揺する首相に進言するところ。
こんなセリフ、今時のポチ保守親米の政治家どもには絶対言えませんよ。
アイゼンハワー米大統領は石橋湛山が首相になることを最も恐れていたとか。
病に倒れずに、たった60日あまりじゃなくて、もっと長期間首相になっていたら日本は面白かったのに、と残念です。
その跡を継いだのが、安倍晋三の祖父「昭和の妖怪」岸信介なのが、何やら今の日本につながっているようで気色が悪い。
私が関心を持ったのは、どうしてそのような人物に彼がなったのか。
石橋湛山は、子どもの頃寺に預けられ、親の愛に恵まれない中、厳しい修行で己を磨いていったことがその基礎になったそうです。
身体論的には、東洋的行法により下丹田を鍛えたことが、確固不抜の精神力を生んだといえるのでしょう。
写真を見ても、まさに昔日の日本人を彷彿とさせる肚の座った姿をしているのがわかると思います。
私は、石橋湛山について、生まれる前に首相になった人なのでよくは知りませんでしたが、それでもよくわからないなりに密かに尊敬している人物でした。
なぜなら、彼は山梨で少年期、思春期を過ごし、しかも私の高校、大学の大先輩になるのですね。
私の通っていた甲府一高(旧一中)には、石橋湛山の書いた書がいくつも飾られていましたし、校長が挨拶なんかで喋るとき、よく湛山の言葉を引用していたのを覚えています。
同じ故郷、同じ学舎に育ったことで、無意識的に薫陶を受け、何となく尊敬を抱くようになったのしょうね。
反骨・土着思想の地、山梨の生んだ英傑といえるかもしれません。
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