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February 28, 2008

同床異夢?

 前回取り上げた「武道vs.物理学」の冒頭に、本書の執筆動機として、著者保江邦夫氏の言葉に少々気になるものがあったのでコメントします。

 ところが、つい先日のことだ。古武術を現代に紹介し、日本古来の身体の使い方を介護の現場に取り入れることを提唱しマスコミの寵児となった武道研究家までもが、公共放送の中で「科学的な研究が武道のレベルを下げている」と豪語していると小耳にはさんだのは。
 そのとたん、愚直なまでの一本気が頭をもたげる。このままひっそりと死んでいったのでは、間違った考えが広まったままになってしまうではないか!
 この本は、そんな反骨精神丸出しの理論物理学者が鳴らす警鐘だ。物理法則や原理に基づいた科学的な研究を経ない限り、いつまでたっても武道の究極奥義のからくりが明らかにならないだけでなく、達人伝説として残されているだけの究極奥義を誰でもが身につけるための手がかりさえも得られずに終わってしまうことへの・・・。

 ここでいう「武道研究家」とは、いわずとしれた甲野善紀氏であることは間違いないでしょう。
 甲野氏の「軽率な」発言に、正当物理学者が反発して義憤に駆られて、執筆の動機になったということで、それはそれでけっこうですが、保江氏は「科学」という言葉に反応しすぎて、甲野氏の発言のコンテキスト、つまり真意をわかっていないなあと思いましたね。

 私の理解では、甲野氏はそれまでの「科学」「科学的態度」とされたものが、身体運動とその文化において、あまりにも多くのものを見落としてきたことを洞察し、自らの「身体感覚」でつかんだことが全く科学の言語で表現できていない、むしろ否定され続けてきたことへの反発があったのでしょう。

 それは全く正当な感想だと思います。

 その辺は、長島茂雄的「感覚タイプ」で印象論と擬態語の多い甲野氏より、科学と神秘主義的思考を両立している高岡英夫氏が的確に指摘しています。

 高岡氏は、もう10数年ぐらい前から、要素主義、還元主義的科学に基づいたスポーツ科学、トレーニング科学の問題を批判し、全体論的、構造主義的視点から身体運動を捉え直すことを提唱していました(「鍛錬」シリーズ(恵雅堂出版)にその詳細が表されています)。

 ちょうど80~90年代のパワー主義全盛の時代で、にもかかわらず日本人のスポーツパフォーマンスがどんどん落ちている時期でした。経済的にはバブルから失われた10年の頃ですね。
 ちょうどスケートの橋本聖子や横綱千代の富士、テニスの松岡修三などが活躍した頃です。

 高岡氏は、彼らをけして「超」一流ではない、むしろ二流に属すると喝破していました。

 やがて、「技は力の中にある」とガンガン筋肉トレーニングをしても、世界水準には全く達しないことがわかってきたのか、時代は古に知恵を求めたり(甲野氏の古武術)、脱力を極めることでレベルアップが図れる(高岡氏のゆる体操)という風に流れが変わってきました。

 そのシンボルがイチローです。

 その先駆けには、グレイシー柔術のヒクソン・グレイシーがいましたね。

 そういう身体運動を新しく捉え返そうという流れの中で、必然的にその物理次元の「要素」解明者として保江氏が登場してきたと私は捉えたいと思います。

 それまでよくあったような、伝説の達人技の「トリック」を暴くといった悪しき還元主義者ではなく、保江氏は、武道界だけでなく人間の文化全体におけるその真の価値を十分理解した上で、なおその本質に科学的思考を厳密に保ちながら迫ろうとする姿勢が凄いと私は評価しています。

 結局お二人は同じ川の流れの中にいて、顔の向きや感覚が少々違っているために見えている風景が違うのでしょう。

 本来共同戦線を張っているはずなのに、お互い味方だと気づいていないようです。
 

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