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July 02, 2008

つながりの中での人間理解

「教育困難子どもたち」から、アルフレッド・アドラーの言葉を引きます。

 私たちは次のような確信に到達します。あらゆる精神の発達についての問いにおいて、〔行為の〕原因と動機は、他の人とのつながりのうちに与えられているということです。これは子どもだけではなく、全人類についていえることです。子どもの発達のすべては、どんな欲求や本能があるとしても、この〔他の人とのつながりという〕枠組みのうちにはめ込まれています。社会的なつながりは、それとは知らずに、前提とされているのです。人間は、方向を定められた欲求を持って生まれてくるのではありません。p25

「人とのつながり」、今風にいうと対人関係論とかシステム論といったところでしょうが、欲求なら欲求だけを取り出して、意味づけすることはほとんど意味がないことに注目する必要があります。

 いわゆる「科学としての心理学」なら、そこで当該システムの中でどのように個人やシステムの要素が振る舞うかを記述すれば良いのでしょう。
 そこから治療法(変化の起こし方)も生まれてくる可能性があります。

 価値観の心理学であるアドラー心理学は、そこからさらに人とのつながり=人類共同体にどのように貢献的になれるかを問いかけます。
 その点では、アドラー心理学は学問から離れて、思想運動(私としては、各心理学の意味づけ、方向付けをするメタ理論と呼びたい)となります。

 私たちが彼(事例の男の子:引用者注)に開くことができるのは、自分を有用なものにすることができ、〔かつ〕他の人の利益にもなるような道だけです。p26

 私たちの課題は、子どもを社会的な進歩の道具に作り上げるということです。これが世界観としての個人心理学(アドラー心理学のこと)の核です。p27

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