時間は未来から流れる
今年もたくさんの人に出会い、本を読み、学んできました。
アドラー心理学の先生や仲間、中国武術・柔拳の老師、稽古仲間には今年もたくさんの学びをありがとうございました。
また家族療法や他の心理学の先生方にもいろいろ教えを受けて、大変よい経験をさせていただきました。
ありがとうございました。
今年本を通して最も影響を受けたのは、最近驚くべきスピードで能力開発・自己啓発系の本を出し続けている脳機能学者、苫米地英人氏でした。
本ブログを読んで下さっている方から紹介してもらって関心を持ったのですが、「洗脳」「認知科学」をテーマにした著書は滅法おもしろくて、完全にはまりました。
ここでも、その内容を何度か紹介いたしました。
気は情報
気は情報2
洗脳支配
苫米地氏が最近流行のセミナー講師群の中でも破格の高学歴と天才的頭脳の持ち主なのは、一読すればよくわかりました。
でも、ただの勉強秀才ではなく、とても柔らかく優しい人のようです。
誰もが嫌がるオウム真理教の信者のカウンセリングや脱洗脳を請け負うのだから、並の意識ではないのは明かです。
しかし、薄給の身では氏の高額のセミナーにはとても出られないので、仕方なしに、それでも私には大枚をはたいて講義のDVDを購入してしまいましたよ。
でもすごく面白かった。
その苫米地氏の繰り出す言葉の中で最も好きなのは、「時間は未来から現在、過去へ流れていくものである」という考え方。
一般に時間というものは、過去から現在、未来に流れているとイメージされていると思いますが、そうではないのです。
過去が現在を決めることはけしてないということです。
それはそういう哲学、世界観を信じているからそうなってしまうだけ。
そう考えると、時間が過去から流れるというのは、精神分析学や行動科学などのモダンな心理学の基本にあるものだとわかります。
しかし苫米地氏によると、最先端の分析哲学、または仏教のアビダルマでは、「時間は未来から現在、過去へと流れている」というのが本当だという考え方を持っているそうです。
人は時間の河の流れを前にして、上流から赤いボールが来てそれを拾う、それからしばらくして青いボールが来てそれを拾う、そうすると「赤いボールが来たから、青いボールが来たんだ」と思い込んでしまいます。
「過去にあんなことがあったから、今はこんなに悲惨なんだ。だから、過去のあれ(あいつ)が悪い」と思ってしまう。
でも、それは大いなる勘違い。
ボールを拾っているのはその人の決断なのです。
ただ人は「知っているものしか見えない」、人には必ず「心理的盲点(スコトーマ)」があって、赤いボールしか知らないと、赤いボールだけが見えるのでそればかり拾い上げてしまう。
そうして同じパターンの人生を繰り返してしまう。
したがって、心の傷を癒すには、あるいは夢を実現するには、スコトーマを外して肯定的な未来を描くことが大切になるわけです。
簡単な要約ですが、ご理解いただけだでしょうか?
私にはとても魅力的な考え方だと思います。
そしてアドラー心理学や解決志向アプローチに通じる発想だと思います。
来年はそんな気持ちでいきたいですね。
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