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January 30, 2009

甲野古武術の科学性・2

 甲野善紀氏の古武術を、構造構成主義科学論ではどのように捉えることができるのか、「構造構成主義とは何か」から引いてみます。

 それには甲野氏がどのような活動をしていて、発表、発言を繰り返してきたかを振り返る必要がありますが、ここではその余裕はありませんから、すでにみなさん知っているものとします。
 簡単にいうと、甲野氏自身が稽古の中で身体で感じ取り、有効だと見出した「術理」を講座や書籍等を通して積極的に発表し、世に問うて、それに賛同する人たちがそれを介護などの他分野にも応用をして「検証」していきました。
 また、そこから得た甲野氏の「認識論」に共感した識者たち(養老孟司氏、雀鬼・櫻井章一氏、精神科医・名越康文氏ら)が集い、まさにオルタナティブな「共同の文化」を形成しようとしています。

 古武術の身体技法は身体感覚によるものであるため、けして測定、数量化しきれるものではありません。甲野氏は、いいます。

 物量化できないものを、無理に物量化しようとするからおかしくなってしまう。多少なりとも科学的な要素を入れるのは良いでしょうが、とにかくそれですべてを説明しようとすれば、間違った答えが導き出されるのは当然です。

 西條氏は、古武術の身体技法を理解するためには、測定、数量化に依存しない研究法が求められ、「内的視点による構造化(言語化)を軸とする構造構成的質的研究法(SQRUM)が有効な枠組みとなるだろう」といいます。

 これ(SQRUMスクラム)は数量化に依存することなく、日常言語で対象を構造化しつつ、広義の科学性を担保する仕組みである。・・・・
 「現象の構造化」と「構造化に至る軌跡を残すこと」によって科学性は担保可能となる。たとえば、技がどのような構造(原理・しくみ)により成し遂げられているのかを身体言語化していくことが、ここでいう「現象の構造化」(構造構成)に他ならないといえよう。甲野は「武術では自分の中に微妙なシステムをそのつど、つくり上げるわけですが、それは見せようがないし、測りようがない。現実にどういう構造になっているのかは私自身もわかりません。ただ、こういう仮説を立てて研究することで、私の動きの質が変わってきていることは確か」と述べている。これは、内的な構造を明示化することの困難さを認めながらも、その構造(原理)を用いることにより、質の異なる行動ができるようになっている(アウトプットが変化している)という事実を強調しようとしているといえよう。

 構造構成主義において、構造は直接触れることのできる実体を意味するのではない。そして、より有効な構造(技)を構成(探求)していくことが、科学的営為の基本となるとする立場をとる。したがって、実際に見たり触ったりすることのできない仮説的な構造でも何ら矛盾(問題)はない。

 できるだけ生のリアリティーに近い形で構造を取り出す。
 武術のエッセンスを科学化するためのパラダイムが、新しい科学論、構造構成主義というわけです。

 

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