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January 21, 2009

アメリカの教訓

 日本は戦後ずっとアメリカを追いかけてきました。
 福祉も臨床心理学も同様です。
 福祉の世界には北欧を目標にすべきという識者も少なからずいましたが、「主流派」は基本的にアメリカのあり方、考え方が理想で、モデルとしていました。
 臨床心理学は完全にアメリカ主導でした。

 でも最近ふと思います。
 アメリカなんかモデルにして、ほんとにいいのだろうか?
 我々は全然幸せになっていないのではないか?

 日本よりずっと進んでいるといわれるアメリカは、貧困も、自殺者も、心の病気も、虐待も、暴力も増える一方。
 その後を確実に日本も追いかけている。

 何か根本が間違っていないか?

「子どもの最貧国・日本」の著者、山野良一氏も同様の疑問をかの地で学びながら持ったようです。

 アメリカが、60年代という早い時期から児童虐待の問題に社会として真剣に取り組み、世界に先駆けて、厳格な通報システムを法的に定め、実務的に運用していることをご存じの方も多いでしょう。
 しかし、こうして導入された厳格な通報システムが、児童虐待の予防にどこまで効果を上げているかを疑問に思う研究者もいるのです。先ほどの児童虐待死と家族の所得の関係性を調べたリンゼイは、さらに時系列で児童虐待死の数を調べていくと、通報システムが整備され通報数が急増した60年代の後も、児童虐待死はまったく減少せずに逆に増加していることを見出すのです。

 結局、リンゼイやその盟友でもあるベルトン(その主要論文の抄訳が上野加代子編著『児童虐待のポリティクス-「心の問題」から「社会の問題」へ』という本に収められている)は、児童虐待を予防するためには、まず子どもたちの貧困の問題に積極的に取り組むことの方が先決であると主張するのです。児童虐待を発見し子どもを保護することにエネルギーをそそぎ込むのではなく、貧困な家族が十分な子育てできるように、経済的な支援を含めた具体的な家族福祉サービスを積極的に行うことが第一義だとするわけです。

 一見理想的な発想と政策、それを生み出す学問がまるであだ花で、賽の河原の石積みのようにしかなっていない、実に虚しい現実があるのです。

 アメリカの児童虐待対策は、そのような「ずれ」を歴史的に抱えていると著者はいいます。
 それは日本も同様です。
 アメリカ型システムを追求している児童相談所にいる自分にはそれがよくわかります。
 虐待問題が大きくなるにつれ、児童相談所の人員や権限が強化されることはありがたいことなのですが、実はそれが虐待を減らすことにはなりようがないのです。
 消防署を増やしても、火事が減るとは限らないのと同じです。現場に着くのは早くはなるけど。

 児童虐待の問題が、社会的注目を浴びるようになってきてから、救われた子どもたちはたしかに増えたはずです。しかし、私が出会ってきた前記のような家族の状況を振り返ってみると、これまで日本で語られることの多い家族の病理的な側面に介入するだけでは、家族が児童虐待を起こしている原因を取り去ることは難しいのではないかと思い至るようになったのです。

 よくある臨床心理士批判、心理カウンセリングブーム批判は、この点を直感しているところから生じているような気がして、それはそれで正当なものが多いと私は思っています。

「同情するなら金をくれ」だよな、まったく。

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