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August 24, 2009

統合失調症の背景

 先週半ばから末にかけては、日本ブリーフサイコセラピー学会に参加していて、ほとんどパソコンに触らないでいたので更新ができませんでした。

 さて、続きです。
 統合失調症についても、アドラー心理学の理論は特に内容の変更は必要なく、基本的にそのまま当てはめて考えることができるとしています。
 シャルマンの「精神分裂症者への接近」(1968)の冒頭には、

 この本で主張したいことは、分裂症者は生まれつきのものではなくて、つくられるものであるということである。精神分裂症は子どもの頃にはぐくまれ、心理社会的psychosocial環境によって促進されるが、分裂症者側の自己訓練self-trainingなくしては起こり得ない。
・・・・(中略)・・・・
 そうした人たちの研究(それまで多かった親子関係や家族関係のような外側の原因論的な研究のこと=引用者注)では、そのような幼児期の諸問題に対する幼児の側の主体的な対応の仕方について、ほとんど焦点が当てられていない。この時期の幼児についてのいろいろな研究は、行動や性格傾向の記述に終わり、幼児が自分自身をどうみているのかとか、幼児の世界といった背景はみていない。

 と述べています。
 つくられるとか自己訓練といっても、病気の全てがその人の責任で起こるといっているわけではありません(究極的にはその人が「責任」を持って受け入れなければならないと考えているとは思います)。

 病気になりやすい身体的資質や問題のある環境の他に、自分自身で作り上げた「主観的な価値体系」personal values、確信convictionsという、その人なりの体験の意味づけ方が、発症や病気の展開のあり方に決定的な影響を与える、むしろ主役であるとシャルマンは考えています。

 脳科学が発達した今では確かに統合失調症の脳内の原因がいくらかわかってきて、薬も進歩したので、一般には脳だけの病気と思う人もいるかもしれませんが、アドラー心理学のような全体論的立場では脳のあり方も含めて、その脳内の「異常状態」(覚や妄想など)に対する捉え方、見方が大きいのだと考えます。

 昨今の心理臨床の言い方では、認知ということになります。

 最近の精神医療では、ストレス脆弱性モデルに基づいた認知行動療法を統合失調症の患者さんに行うことが効果的とされていて、私も仕事でやっていますが、まさにアドラー心理学の見方はその先駆といっても良いと思います。 

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Comments

大事なポイントを提供してくださり、ありがとうございました。

1.病気になりやすい身体的資質
2.問題のある環境
3.自分自身で作り上げた主観的な価値体系(personal values)
4.確信(convictions)

以上の4項目は、統合失調症に限らず、神経症や境界性障害などの他の精神疾患にもほとんど当てはまっているようです。

4は、信念とか主義という言葉で言い換えられると思います。
たとえば、アルコール依存症はアメリカ語でalcoholismと言います。接尾辞のismは、主義・思想・信念・信条という意味です。

アドラー心理学や認知行動療法、また森田療法や自助グループの「回復と成長の12ステップ」は、治療というよりは「新たな生き方・考え方の学習と体得・習慣づけ」だと思っています。
つまり、そうする努力はconvictionsを変えていくことなのですね。
それに伴って、personal valuesも変化していくのだと思います。

すみません。時間がなくなったので、続きを夜に書かせていただきます。


(それにしても、TrackBack欄へのイタズラ侵入リンクは、悪質すぎますね。)

Posted by: しんぷる | August 24, 2009 at 02:33 PM

 しんぷるさん

 目指すのは、確かに「新たな生き方・考え方の学習と体得・習慣づけ」で、それはどんな病気があるなしに関係ないのかもしれませんね。

 アドラー心理学は、病気や問題に特化した「専門的治療法」とちがい、そこをとても包括的に人間全体に使えるようにできているのだと思います。

 いつも刺激的なコメントありがとうございます。

Posted by: アド仙人 | August 24, 2009 at 11:56 PM

中断して、すみません。続きを書かせていただきます。

僕は、森田療法の自助会に会員として長年参加してきました。

自分自身も含めてなのですが、神経質症の人たちは、一般に共通して、実社会の仕組みや人間の心や感情の自然にそぐわない「不合理で非現実的な信念とか信じ込み・思想」といったものを頑なに守って堅持していることが分かりました。

たとえば、ある対人恐怖症のメンバーは「人前で緊張したり赤面したりしてはいけない。堂々と流暢に話せなくてはいけない」という信念を常に貫こうとしていました。
それは、実際の現実の多様な場面では無理難題でしかなく、温かい人間関係を育む上では、むしろ大きな障碍にさえなります。

何を隠そう僕にも「どんな人からも尊敬され、慕われ、優秀な人と思われなくてはいけない」という個人的価値観念がありました。
嫌われることもあり、低い評価をされることもあり、利害対立する相手も現れる、という現実・事実を受け入れられなかったのです。

現在、アドラー心理学のほうに興味を移したのは、治療を目的とする療法から少し離れ、生き方の成長や人格の器の育成を進めたいと思ったからです。
自助会・自助グループは、いわば回復途上の患者さんたちの集まりの場所です。

ヒューマンギルドに参加して知ったのは、ヒューマンギルドが、自身の専門や仕事や実生活に「アドラーの思想」を活かそうととしている、向上心のある人たちや自己実現欲求のある人たちの研鑽の場所だということです。
もちろん、僕のように、疾患や苦難や悩みなどを同時に抱えている方も珍しくないようです。

話がまとまらなくて恐縮です。、

精神疾患からの回復と成長のためには、実社会と実生活への順応・適応をしづらくしている(もしくは阻んでいる)「不合理なconvictionsとpersonal values」を、健全さや幸福を産み育てて行ける「合理的で実際的・現実的なconvictions & personal values」に変換していく作業が必要なのですね。

長々と、失礼しました。

とても勉強になります。
ありがとうございます。

Posted by: しんぷる | August 25, 2009 at 12:56 AM

 おっしゃるとおり確かにヒューマン・ギルドは、狭義の自助グループや心理療法の学習会と違う雰囲気がありますね。
 各人の健康レベルや目標とするところの幅がとても広く、オープンです。

 これもアドラー心理学という普遍的、包括的な軸があるからだと思います。

 楽しんで学び合いましょう。

Posted by: アド仙人 | August 25, 2009 at 10:42 PM

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