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May 10, 2010

ゆるむことは全ての根底

 前記事でもいいましたが、体をゆるめることを求めると「そんなこといったって」と反論があり得ます。
「気がゆるんでいるのはいいのか」「ネジがゆるむというでないか」とか「ゆるむ」には必ずしも良い使われ方がないからです。
 つまり「ゆるむ」と「たるむ」が同義で使われているので、「気がたるむ」などをイメージしてしまうからでしょう。

「たるんでるぞ!」は真面目にやらず気に入らない若者を叱りつける常套句です。

 高岡英夫氏は「ゆるめる身体学」で、正確に心身をゆるめることの意味を記述するには、「ゆるむ」「たるむ」「固まる」「締まる」などの言葉の意味をもっときちんと定義して使い分けることを提案しています。

 武道界やスポーツ界など一部でいまだ根強くある脱力説に対する批判(「脱力したら立てないじゃないか」「リラックスばかりしていたら力が出るわけない」といったものが多いですね)は、それは高岡氏の主張が正確に理解されていないことから来ると思われます。
 同書で高岡氏は「ゆるむ」を巡る言葉の意味を分析した上で、

 そして、長年の研究の結果、「ゆるむ」ということの本当の中身は、「自由度が高いことである」という結論に至ったのである。・・・・(中略)・・・・

 また、そのような考えに至ったところで、私は現代の日本で同義に使われることの多い「ゆるむ」と「たるむ」は、別の意味で使ったほうがいいと考えるようになった。

 ゆるむとは心身の自由度が高いということ。実はいわゆる脱力している、リラックスしているとはその一局面ということのようです。
「たるむ-締まる」「弛緩ー緊張」の振り幅が大きいほど、人は良い状態になれる。「ゆるむ」とはその振り幅、器の程度が大きいことを指すと思われます。

 つまり、とてもよくゆるんでいれば、よくたるめ、よく締まれる。そうなれば早く動け、強い力が出せ、集中力が発揮できる。ゆるんでいなければ、自由度が低いので、あまりたるまず締まれない。動きも遅くなり、力は出ず、集中できないということになります。
 例えば、

 筋肉がゆるんでいるというのは、活動性が高くて、物質の代謝がさかんな状態である。そのような筋肉は高機能な状態にあるから、大脳の運動野や自律神経に対してよりよく反応する。つまり「締まる」と「たるむ」がより広範囲の強弱の幅の中で行われる。
 また、締まっている状態からたるんでいる状態、あるいはその逆の変化もより鋭く行われるし、その繰り返しを継続できる幅、すなわち持久力も大きい。

 ゆるみ度は筋肉だけではなく、血管や内臓の働きにも影響します。

 つまり、身体がゆるんでいるか固まっているかは、骨格筋の活動の優劣だけでなく、生命力の強弱、健康状態の優劣をも、その根底から支配しているわけである。

 つまり、「締まる」と「たるむ」の次元については、人間は状況に応じてまさに適切に変化させるべきなのだ。そして、それをよりよく行うには、常にゆるんでいなければならない。それもそのゆるみ度は高いほどいい。
 運動しているときや勉強しているときはもちろんのこと、ソファーに座ってテレビのお笑い番組をゲラゲラ笑って見ているときも、ゆるみ度は高いほうがいい。ゆるんでいればいるほど、代謝が活発になるから能率も上がるし、楽しみも大きく心の底まで笑うことができ、深く質の良い睡眠がとれ、疲労も早く取り除かれるのである。

 だから高岡氏は、「人はいくらでも、どんなときにもゆるんでいるほうがいいのである」と主張します。

 人は赤ちゃんの時には最大のゆるみ度があるにもかかわらず、成長と共に次第に固まってしまい、自らの能力を狭めてしまいます。
 老化とはいわば固まることです。死とは固まりきった状態です。
 才能のある人は自然にゆるめることができますが、普通の我々は自由度の高いゆるみを作るために、ゆる体操を始め、気功やヨガ、太極拳などのよくできた心身能力開発法に取り組むことが良いのです。
 

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Comments

 初コメントよろしくお願いします。 
 クラシックギターとフラメンコギターを師匠について師事していました。 
 音楽性と共に「仕事する身体の感覚として」、フォームにおける「脱力」。 
 これが基本で目指すところでもありました。押弦する左手、弾弦する右手。
 その「メカニック=身体能力」を造る事が無くては音楽性もクソもありませんでした。
 剣道も永くやっていましたが、やはり脱力があって瞬発があります。
 身体の感覚と心の在りようは不可分な関係ですね。
 楽しみにいつも読ませていただいています。

Posted by: 梅 | May 11, 2010 01:32 AM

 梅さん

 ギターをされていたのですか!
 いいですね、弾けるなんてうらやましい。

 おっしゃるとおり、繊細な楽器演奏にゆるむことは一層不可欠ですね。
 高岡氏のところにはピアニストや声楽家が習いに来たり、あの坂本龍一も訪れたらしいです。

 いつか梅さんの演奏を聴かせて下さい。

 

Posted by: アド仙人 | May 11, 2010 11:39 PM

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