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June 05, 2010

小沢一郎は楠木正成

 閉鎖的な司法精神科病棟にこもって一週間、やっと研修が終わって外に出たら、政治状況は一変しているではないですか。

 首相が管直人!
 よくぞここまで出世したもんだ。

 今さら朝日、讀賣、産経など大新聞を鵜呑みにする人は少ないと期待しますが、やはりそうでもなかったか、小泉内閣との時と同様世論形成の社会心理学の実験を見る思いでしたね。

 だって鳩山さんには行き詰まりはあっても特に明かな「失政」はないではないか。

 全体には「対米従属派」のマスコミと検察ら官僚、その背後にいる米政府たちのこれでもかという波状攻撃に「対米離脱派」の鳩山、小沢はついにたまらず一旦城を明け渡して退いたという印象です。

 ホント、今も政治は戦国時代や幕末と同様、斬り合い、殺し合い、謀略の世界なのですね。近づきたくはないものだ。
 この複雑な状況をどう見るか、視点の秀逸な評論家やブロガーの意見を覚えのためにもまとめておきます。

 内田樹先生は、「首相辞任について」でこうまとめています。私たちは鳩山政権で何があぶり出されたのかを見通すべきです。

 民主党政権は8ヶ月のあいだに、自民党政権下では前景化しなかった日本の「エスタブリッシュメント」を露呈させた。
結果的にはそれに潰されたわけだが、そのような強固な「変化を嫌う抵抗勢力」が存在していることを明らかにしたことが鳩山政権の最大の功績だろう。
エスタブリッシュメントとは「米軍・霞ヶ関・マスメディア」である。
米軍は東アジアの現状維持を望み、霞ヶ関は国内諸制度の現状維持を望み、マスメディアは世論の形成プロセスの現状維持を望んでいる。
誰も変化を求めていない。
 鳩山=小沢ラインというのは、政治スタイルはまったく違うが、短期的な政治目標として「東アジアにおけるアメリカのプレザンスの減殺と国防における日本のフリーハンドの確保:霞ヶ関支配の抑制:政治プロセスを語るときに『これまでマスメディアの人々が操ってきたのとは違う言語』の必要性」を認識しているという点で、共通するものがあった。
 言葉を換えて言えば、米軍の統制下から逃れ出て、自主的に防衛構想を起案する「自由」、官僚の既得権に配慮せずに政策を実施する「自由」、マスメディアの定型句とは違う語法で政治を語る「自由」を求めていた。
その要求は21世紀の日本国民が抱いて当然のものだと私は思うが、残念ながら、アメリカも霞ヶ関もマスメディアも、国民がそのような「自由」を享受することを好まなかった。
 彼ら「抵抗勢力」の共通点は、日本がほんとうの意味での主権国家ではないことを日本人に「知らせない」ことから受益していることである。
鳩山首相はそのような「自由」を日本人に贈ることができると思っていた。しかし、「抵抗勢力」のあまりの強大さに、とりわけアメリカの世界戦略の中に日本が逃げ道のないかたちでビルトインされていることに深い無力感を覚えたのではないかと思う。
 政治史が教えるように、アメリカの政略に抵抗する政治家は日本では長期政権を保つことができない。
 日中共同声明によってアメリカの「頭越し」に東アジア外交構想を展開した田中角栄に対するアメリカの徹底的な攻撃はまだ私たちの記憶に新しい。
中曽根康弘・小泉純一郎という際立って「親米的」な政治家が例外的な長期政権を保ったことと対比的である。

 今の日本でトップクラスのインテリジェンス、佐藤優氏小沢一郎=悪党(楠木正成)論が素晴らしい。
「悪党」とは、悪者や犯罪者という意味ではなく、中世の南北朝の時代に活躍した地侍たち。ゲリラ戦を駆使して時の権力者に立ち向かった一群です。
 鳩山前首相は新田義貞、小沢一郎が楠木正成ということになります。

 ライブドアニュース
「佐藤優の眼光紙背(がんこうしはい 第74回):小沢一郎が『平成の悪党』になる日」(仮題)

2010年5月31日 脱稿

 近日中に民主党の小沢一郎幹事長が 「平成の悪党(あくとう) 」になるような予感がする。
ここで筆者が言う 「悪党」 とは、犯罪者という意味でない。 南北朝時代の南朝の忠臣・楠木正成(くすのきまさしげ) が 「悪党」 と呼ばれたことを念頭に置いている。 

 手元にある『岩波古語辞典』(1974年版)で「悪党」を引くと、 

<中世、荘園領主や幕府の権力支配に反抗する地頭・名主などに率いられた集団。>(13頁) と説明されている。 「悪党」とは、既成権力と戦った・・・・・・の強い武士の集団のことだ。

 南北朝時代、日本国家は南朝と北朝の2つに分裂した。 足利尊氏によって代表される武士(軍事官僚) による北朝(ほくちょう) が、京都に偽王朝(ぎおうちょう) を置いていた。 これに対して後醍醐天皇(ごだいごてんのう)によって開始された 建武の中興(国家の建て直し)を断固支持する集団は、奈良の吉野に南朝(なんちょう、吉野朝) を置いた。 

 武士では新田義貞(にったよしさだ) が、後醍醐天皇側について 戦ったが、足利尊氏によって打ち負かされた。 そこで、悪党の楠木正成が登場し、大暴れする。

 (中略)

 本5月31日から政局が流動化する。この原因を社民党の連立離脱に求めては、事態の本質を見失う。今回、なぜこのようなことになってしまったのか?  

 筆者の見立てでは、起きている国家権力内部の権力闘争で、鳩山総理が官僚に譲歩しすぎたからだ。 

 現下の日本には、目に見えない2つの国家が存在する。一つは、昨2009年8月30日の衆議院議員選挙(総選挙)で、国民の多数派によって支持された民主党連立政権の長によって国民を代表する国家が存在する。もう一つは、官僚によって代表される国家だ。

 内閣総理大臣の職に就いている鳩山由紀夫という1人の人間に、国民の代表という要素と官僚の長という要素が 「区別されつつも分離されずに」混在している。官僚と国民の利害相反が起きるときに、総理のアイデンティティー(自己同一性)の危機が生じる。

 官僚は、国民を無知蒙昧(むちもうまい)な 有象無象(うぞうむぞう) と考えている。有象無象によって選ばれた国会議員は無知蒙昧のエキスのようなものと官僚は見下している。そして、国家公務員試験や司法試験に合格した偏差値秀才型のエリートが国家を支配すべきだと自惚れている。 
  
 自民党政権時代は、「名目的権力は国会議員、実質的権力は官僚」 という実質的な棲み分けができていたのを、民主党連立政権は本気になって破壊し、政治主導を実現しようとしていると官僚は深刻な危機意識を抱いている。 

 この危機意識は、実際は官僚が権力を大幅に削減されることに対する異議申し立てに過ぎないのであるが、官僚の主観的世界では 「このような輩(やから)が国家を支配するようになると日本が崩壊する」という「国家の危機」という集合的無意識意識になっている。

 官僚は、現在、2つの戦線を開いている。第1戦線は、検察庁による小沢一郎潰しだ。 第2戦線は外務官僚と防衛官僚による普天間問題の強行着陸だ。特に外務官僚は、「アメリカの圧力」 を巧みに演出しつつ、自民党政権時代に官僚が定めた辺野古案が最良であることを鳩山総理が認めないならば、政権を潰すという勝負を賭けた。 

 鳩山総理は、現状の力のバランスでは、官僚勢力に譲歩するしかないと判断し、辺野古案に回帰した。鳩山総理の認識では、これは暫定的回答で、段階的に沖縄の負担を軽減し、将来的な沖縄県外もしくは日本国外への模索を実現しようとしているのであろう。

 しかし、この状況を官僚は「国家の主導権を官僚に取り戻した象徴的事案」と受けとめている。

 しかし、この象徴的事案は、官僚勢力に対する敗北になり、民主党連立政権が政治生命を喪失する地獄への道を整える危険をはらんでいる。筆者は、小沢幹事長がそのような認識をもっているのではないかと推定している。

 小沢幹事長が「鳩山総理が平成の新田義貞になった」という認識をもつならば、自らが悪党になり、政局をつくりだそうとする。小沢氏が直接政権を握ろうとするか、自らの影響下にある政治家を総理に据えようとするかは本質的問題ではない。

小沢一郎氏が 「平成の悪党」になるという決意を固めることが重要だ。

 小沢氏が「平成の悪党」になる決意を固めれば、官僚に対する決戦が始まる。 参議院選挙はその露払いに過ぎない。今後、天下が大いに乱れる。 

(2010年5月31日脱稿)

 では小沢一郎はどのような戦い方をすればよいのか。
 関ヶ原の戦いの島津義弘のように敵本陣への正面突破から活路を開くというのもあるが、今の民主党は島津軍のような強力な戦闘力はなさそうです。
 むしろ小早川秀秋みたいなのがいっぱいいそう。
 副島隆彦氏は、今は武田信玄の風林火山の「動かざること山の如し」の時と考えているようで、戦術的には撤退しながらのゲリラ戦を進言します。
  

 「小沢一郎を 前面に押し立てて、正面突破を図る」 という作戦は今は採(と)るべきでない。敵の術中に嵌まる決戦主義(けっせんしゅぎ)の無謀 は避けるべきである。 南北戦争の時の、南軍(コンフェデレーション)のリー将軍は、メキシコにまで戦略的撤退をして逃げ伸びるべきだったのだ。 そうしたら、北軍は、兵站線(へいたんせん、補給路、ロジスティックス)が続かなくて、2年で退却してゆく。 

 原住民による持久作戦こそは、人民戦争の基本だ。それを、リー将軍は、決戦主義に陥って、敵陣深く、なんと首都ワシントンDC のすぐ近くの、ゲティスバーまで攻め込んで完璧に敗北した。 決戦主義は採ってはならない。

 今が、日本国民の踏ん張りどころだ。 敵たちの幾重にも敷かれた、包囲網の外側に逃げなければならない。

 また動乱が始まる予感です。

 

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Comments

あえてコメントします。

taichiさんの鳩山・小沢擁護論は、必ず引用で展開されていますが、taichiさんご自身の見解を聞きたいな。

Posted by: 岩井俊憲 | June 05, 2010 09:11 PM

 岩井先生、コメントありがとうございます。

 昨今の政局は人それぞれの解釈があって、実に面白い論題ですね。その人の政治的・社会的信条とライフスタイルがかいま見えてきます。

 本記事についての自分の見解は最初に簡単に述べているつもりですが、不明確であっても記事全体からのメッセージが今の私の見解となるようにしていますので、そこから汲んでいただければと思います。お分かりのように、私は政治的には「新自由主義批判、マスコミ批判、小沢一郎期待派、保守的左派」とでもいえるかと思います。
 本ブログのスタイルについて、そうしている理由を以下に述べます。

 本ブログの目的は、先ず私にとっては「情報の収集と整理、自身の研究等のためのデータバンクとしての活用、学びのプロセスの公開」といったところで、閲覧して下さった方々にとっては「情報提供、情報発信、啓発、知的刺激の喚起(含む反発)」といったところです。

 どんなテーマにも旗幟鮮明にするのがモットーで、長く読んでいただいている先生にもお分かりいただけると思います。本記事でも「小沢=楠木正成か?」といった「逃げ」は打っていないつもりです。

 そのためにこそ「引用で展開する」のが基本スタンスで、それもかなり意識的に使っています。
 得意のアドラーや武術でもできるだけそうしていて、特にオリジナルな意見を開陳するには専門性が薄い分野では、私なりの認識力と直感で自信を持ってとらえた内容(しかしまだ十分に言語化できないもの)にフィットする意見を、私が信頼し尊敬する論者の論理やデータを「編集」することで見解として出すようにしています。

 その時点で私の認知バイアスが完全に入っているのは間違いないからです。私のブログとしてここまでにしています。

 ある人によると私の文章はリズムがあって情緒的な喚起力があるらしく、扇動的な印象を持たれやすいそうで、宮仕えの立場もあってそこは抑えているというのもあります。一目瞭然だけど。

 また私が引用する論者たちの意見に全て賛成しているわけではないのはもちろんで(例えば内田樹さんは基本的にフロイトに拠っているのでそこはいつもパスしています、彼は名越さんと盟友らしいけど)、私が引用する時点で、疑問や保留があればそのようにコメントしてきたので、そうでなくて肯定的なコメントつきの引用ならまず私の認識・見解の現れと取っていただいてけっこうです。

 この「人のフンドシで相撲を取る」スタイルは、自分のカウンセラー的スタイルからかもしれませんし、相手の力を利用して気づかれずに倒すような秘術を学び続けた武術家の身体から出るスタイルなのかもしれません。しかし結果(メッセージ)は出すようにします。
 これがしっくりくるんですね。

 心理学的技術としては「ハロー効果」「権威による論証」そしてアドラーやエリクソンの「逸話」「アネクドート」を狙っていますけど。

 いずれにしてもこのようなスタイルで、今後も自分なりのメッセージをどんどん出していきますので、意見の違いや感想も含めて先生始め、皆さんとディスカッションや情報交換ができたらと願っています。

Posted by: アド仙人 | June 06, 2010 02:18 AM

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