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July 12, 2010

共同体感覚を学ぶ

 この夏から秋にかけて、私はアドラー心理学についてまたぞろあっちこっちの学会などで話をする機会があります。そこで「アドラー 人生を生き抜く心理学」岸見一郎,NHKブックスよりしばらく引いて、ここでお勉強といきます。
 お付き合いください。

 アドラー心理学では、精神的健康のバロメーターは、その人が共同体感覚を持っているか否かにあると考えています。

 では共同体感覚とは何か。
 これが何とも悩ましい概念なんだ。

 同書では共同体感覚を「他者の存在を認め、他者にどれだけ関心を持っているかの尺度である」としています。
 それは共感を包含するものであり、相手の関心に関心を持つことです。

 アメリカには個人の共同体感覚を測る質問紙があるらしいですが、確かにある程度の量は定義次第で個人差として導き出すことができそうですが、知能指数のように標準化できるものではないような気がします。

 あくまで共同体感覚そのものは、人類が目指すべき心理状態の総称というしかないと思います。

 共同体感覚の反対は何かというと、同書では「自分への執着」とアドラーは述べたといっています。
 まるで仏陀の如く、ですね。

 悟りをひらくには自己を滅するという仏教的な方向もありますが、アドラー心理学では自分を世界とつなげることに関心を持つことを勧めています。
 悟るには山に籠もったりいろいろ条件が必要ですが、世俗で生きながら「自分への執着」から離れるにはこの方向しかないでしょう。

 どうすればそれができるか。

 まず、自分中心の見方からできるだけ抜け出そうとすることです。

「自分だったら」(どう見るか、どうするか)という発想から抜け出さない限り、自分のライフスタイルを通してしか、他者を見ることができないからである。実際には、自分のライフスタイルからしか他者を見ることはできないけれども、少なくとも自分の見方、感じ方、考え方が唯一絶対のものではないことを知っていなければ、他者を理解することはできない。他者のことはわからない、と思って、そのことを前提に人を理解することに努める方が、他者の理解に近づく。わかっていると思っていたら、自分の理解が誤っているとうことすら思いつかないことになり、他者を理解できないだろう。p95

 カウンセリングでも、カウンセラーは自分の見方をいかに相対化して、クライエントの世界に近づくかが問われていると言えます。

 そのような共同体感覚の境地を著者はうまくまとめています。

 私は、共同体感覚を次の意味で解している。自分のことだけでなく、常に他者のことも考えられる。他者は私を支え、私も他者とのつながりの中で他者に貢献できていると感じられること、私と他者は相互協力関係にあるということ、と。

 人は他者と共生するこの世界から離れて生きることはできない。私は他者から影響を受けるが、同時に私も他者に影響を与えることができる。人はこのような意味で「全体の一部」であるから、自分だけが幸福になることはできない。 p96

 

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