全体論としての気功
「全体論(ホーリズム)」とは人や生命、宇宙を見るときのひとつの思想的立場で、よく要素論とか還元論と対置されます。
一般に西洋物理科学は要素論・還元論といわれます。
心理学も多くは明示的には語らないけど、一部を除いて還元論的です。
アドラー心理学は全体論思想に基づく心理学で、「人間は分割できない全体である」「意識と無意識は対立関係ではなく、相補関係である」といった前提で、人の心や行動を考えていきます。
珍しいといえば珍しいですね。だから少数派なのでしょう。
よく東洋思想は全体論的といわれますが、実際はどういう特徴を持って全体論というのか、前記事の「気功 その思想と実践」(廖赤虹、廖赤陽著、春秋社)に説明があるので、まとめてみます。
著者は、気功の全体論的思想には4つの特徴があるといいます。
ひとつは「すべてのものが関連している」という考え。
老子の「道は一を生む、一は二を生む、二は三を生む、三は宇宙の万物を生む」という言葉に由来し、世の中の全てのものは「道 タオ」から生まれてきたので、相互に関連し合うという発想になります。
気功の練習もこれと同じであり、ほかの要素を無視して単純な技術的練習をするだけではだめである。たとえば気のパワーだけを高めたいならば、それにふさわしい道徳心も高めなければならない。すべてが相互の関連性をもっているからだ。p32
ふたつめは「心身統一」と「天人合一」の思想。
気功の養生・健康の意義はここにあります。
その一つは、「心身統一論」である。つまり人間のこころと体を、互いに対立しながらも補って、関連性を持つ一つの全体、と見なす考えである。もう一つは「天人合一論」である。つまり、人体は宇宙の縮図であり、宇宙は人体の拡大図である、という考えである。p32
宇宙と人体は構造的同一性があるからこそ、気功によって、人体と環境を同調させていくことができると考えるのです。
心身統一・天人合一のような考え方は、気功の体験があればだれでも実感できる。気功の練習を通して、私たちは自分の体と心を一つであると実感することができ、自分という「小我」が宇宙という「大我」に溶け込むことを実感できるわけである。そして宇宙の隅々まで充満している「気」という生的エネルギーと情報は、体と心、天と人を繋いでいく架け橋なのである。p33
三つめは「すべてのものはプラスとマイナスがある」という考え方。
これは中国哲学お得意の「陰陽」の発想ですね。
絶対的によいものは、この世には存在しなく、すべてが表と裏、正と反などの両面を持っています。
苦と楽、正と反、左と右、捨てると得る、忘れると覚える、ないし精神と物質などは、みんな一つのものの分割できない両面である。それを切り離そうとするすべての努力は無駄なことである。 p34
最後は「1+1>2の法則」と著者が呼ぶもの。
つまり要素を足し合わせると単純な和ではなく、それ以上のものになるということ、2つのものを加えると、、そこに新たな性質が生み出されるということです。
逆にものを下手に分割すると、その全体の持っていた性質が失われてしまうのです。
著者は、漢方薬を例に挙げています。
本来漢方薬は、様々な要因の組み合わせを考慮して作るものですが、最近よく出ている漢方薬の有効成分、エキスを抽出したものは、本来の性質が失われる恐れがあります。
実は、気功に対しても同じことが起きている。一体になる気功を分割して、これは50代の方の気功とか、それは女性のための気功とか、さまざまなものをつくっているうちに気功の本来の性格は失われてしまう。 p35
と気功界の現状にも注意を促しています。
全体論の思想が、とてもうまくまとめられていて、参考になります。
臨床心理学も、こんな発想を基盤にしたいものです。
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