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July 17, 2010

共同体感覚の意義

 共同体感覚は精神的健康のバロメーターであるという視点は、臨床や教育でとても大切で、現場で人を援助する際に大きな指針となるものです。

 もちろん、社会性やソーシャルスキル、共感能力、自閉症の心の理論みたいな普通の心理学的な考え方も大切で、相手をより正確にアセスメントして、具体的に動くときには欠かせないものです。
 共同体感覚そのものからは、なかなか具体レベルの方策が出てきにくい。必ず、貢献とか共感とか役割とかの言葉や方法に翻訳してから動きだすことが多いと思います。

 しかし、私には、厳密な心理学的諸概念の上位概念として、より抽象度の高い共同体感覚という考えを措定することで、その人に対する見方が深まるというか、より柔軟になるような気がしてなりません。
 単純に社会性とか、共感性とかに限定することはできない心の広がりが人にはあることを認識させてくれるからです。

 個人を越えた心理ということでは、集合的無意識トランスパーソナルな意識という概念もそれに近いけれど、意識というと個人の頭の中に回収されそうな気もします。
 私には、共同体感覚は、もう少し開放的というか、具体的なアクションへ接続させる契機がありそうに思えます。
 地平線のようなものです。それがないと方向性が決められず、目先のことだけが現実だと思い込んでしまう。

 アドラー心理学と臨床心理学の未来を見通すために、この辺をもう少し深く思索してみたいと思う今日この頃です。

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Comments

いつかtaichiさんの「行動心理学」の書籍の紹介記事を翻訳させていただいた時のことですが、
『共同体感覚』の原語は social sense だったと記憶しています。community sense ではないのを知り、少し驚きました。

social sense を「社会(的)感覚」とか「社交(的)感覚」と逐語訳しても構わないのでは、と一瞬思ったのですが、
日本語の「社会(的)i 」や「社交(的)」は、social の意味を狭義化(限定化)してしまうんだなぁ、と気づきました。

「社会」は、人間共同体の大きな1単位である「国家・国」をイメージするし、
また、たとえば「ネット社会」とか「日本社会・現代社会」という時の「社会」は、一般に社会学的な抽象概念として用いられるタームです。
「社交」は、たとえば「社交ダンス」や「社交性」といった限定された意味合いが強いです。

『共同体』という日本語(漢語)が、最も広義的で無限定的なのですね。
宇宙も地球も、見方によっては共同体であると考えれますし、
国家や各自治体・各企業・各学校・各組織(団体・集団)までが『共同体』に含まれます。
2名以上で構成している家族や友だち同士・恋人同士までが『共同体』に含まれると思います。

訳語としては適切ではありませんが、
意味の内実としては、
共同体とは「共生共存し合っている全てのグループ」と定義できると思います。

*僕は、都会の共同住宅(アパート)で単身生活をしているので、「家族」という単位の共同体(=グループ:英語では構成メンバーが2名でもgroupと言うのですね)を持っていません。
寝起きしている住まいの外に多種の共同体を持っています。
会社(職場)・学習サークル・自助グループ・卓球クラブなどです。
ご無沙汰していますが、ヒューマンギルドもです。

そして、パソコンのネット場で「mixiマイミク共同体」を持っています(この共同体は住居の内にあるのか外にあるのか・・・? 内と外をつないでいる共同体だと思うことにしています)。

ちなみに、僕の住んでる共同住宅(アパート)では、住人同士の接触はありません。
アイサツ程度です。
深夜に迷惑な音を出す住人もいるのですが、そういう人は『共同体感覚の欠けた人』なんでしょうね。
精神疾患や心理疾患のある人ではない、普通の会社員なのですが、
会社(職場)に適応ができていても、
アパートに帰ると「他の住民たちの迷惑を考えない」のですから、『共同体感覚』の欠如(欠乏)した人なんでしょうね。

長くなって、失礼しました。

これからも、アドラーの思想にについて「記事」を書いてください。
とても良い勉強になっています。
ありがたいです。


Posted by: 行動(元しんぷる) | July 17, 2010 05:51 AM

 行動さん

 ありがとうございます。
 共同体感覚について丁寧に考えておられて感心します。

 ドイツ語の「ゲマインシャフト」の訳語としてcommunity feelingという言葉もあるようですけど、socialが多いようですね。

 何でもアメリカでは冷戦や赤狩りの影響で、共産主義communismに連想が繋がりそうな言葉は避けたという話を聞いたことがあります。

 アメリカのアドレリアンもsocialが必ずしもアドラーの原意を正確にくむものではないという気持ちはあるらしいです。

 英語については得意ではないので、またご教示お願いします。

Posted by: アド仙人 | July 17, 2010 09:22 AM

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