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December 03, 2010

日本経済のナラティブ・セラピー

 混迷する日本経済に対して、「日本経済への処方箋」とかと称して、これまで多くの専門家がその対策を論じ、マスコミなどで唱道してきました。
 その多くが、日本経済は病んでいる、いつか経済が破綻する、財政赤字だから財政改革が必要だ、構造改革せよ、公務員を減らせ、増税せよ、といったものでした。

 それに対して、真っ向から反対する論陣を張る三橋貴明氏が自身のブログで面白いことを言っていました。
 日本経済への処方箋、ではなく、「日本経済を論じる人たちへの処方箋」です。
 治療方法は、現代心理療法の最前線の一つ、ナラティブ・セラピーです。

 ナラティブ・セラピーは、クライエントの持っている物語(ナラティブ)を大事にすると同時に、不都合のある物語はセラピストとの対話によって、より良いものに書き換えていこうという発想に基づくアプローチです。

 我がアドラー心理学はまさに、ナラティブ・アプローチの系譜にある(というよりその始めにある)といっても正しいと思います。

 三橋氏は政治的立場とは私とは少々違いますが、経済に対する見方は興味深く傾聴に値すると思っています。
 多分、おっしゃっていることは、私もよく知りませんが、思想的な経済学(新自由主義とかマルクス主義とか)ではなく、計量経済学とかより科学的な立場の人が言っていたことをわかりやすく解説しているもののような気がします。よくわかりませんが。

 本記事は分野が違う分、ナラティブ・セラピーの考え方がかえってわかりやすく出ています。

 おもしろいです。

 結局、経済に対する考え方というのは、その人の世界観(本記事ではストーリー)の反映なのかもしれません。

1月に宇都宮市の護国神社の桜ゼミナールの講師をお引き受けしたのですが、タイトルが今思えば絶妙でした。
「マスコミに騙されない、経済の読み方」
 マスコミというよりも、厳密には「マスコミに登場する評論家、コメンテータと自称する人々」ですが、彼らこそが日本国内で個人的なドミナントストーリーに固執し、情報の混乱をもたらしている張本人というわけです。

 さて、常に結論が同じ、ロジックが次々に変わる、都合の悪いデータは無視する、ドミナントストーリを補強する情報は嘘でも盲信する、まさにストーカー的な体質を持つドミナントストーリーの持ち主たちですが、彼らの「物語」を壊すにはどうしたらいいでしょうか。実は、先日の藤井聡氏との対談時に、きちんと答えを教えてもらっています。

 方法(というか対処法)は三つあります。

 一つ目は、ドミナントストーリーの持ち主に、正しい情報に基づく「オルタナティブ(代替する)ストーリー」を提示しつつ、ひたすら話を聞くというものです。要するにカウンセリングやセラピー(すみません、わたくし心理学は詳しくないので間違えているかも)の手法なのでしょうか。ひたすらドミナントストーリーを話させつつ、オルタナティブストーリー(本ブログで言えば、データやグラフ)で刺激し、「本人の気付きを引き出す」というものです。
 何となく、新興宗教にはまった人を引き戻す手法に似いているように思いました。

 二つ目は、ドミナントスートリーを「包含する形」でオルタナティブ(代替する)ストーリーを作ってあげるというものです。
 例えば、自民党に「日本の消費税は上げなければならない」というドミナントストーリーの持ち主がいて(実際にいます)、党の方針までもがそれに引きずられている状況があったとして(注:これは「たとえばなし」です。実際のところは存じません)、実は党の大半が、
「デフレのときに消費税上げるのは、まずいよなあ・・・・。でも、散々に『消費税上げなきゃ』とか『財政は健全化しなきゃ』とか言っちゃったし、どうしよう・・・・」
 と思っていたとします。

 この場合、
「まずは『必要な財政出動』でデフレを脱却しましょう。そして、インフレが加速しそうになったら消費税を上げましょう。インフレ期には増税が適切なソリューションです。さらに、インフレ期に政府が支出を増やしても仕方がないので、景気加速や増税で税収が増えたところで政府の負債(国の借金)を返済しちゃいましょう。財政健全化です。

 要するに、単なる、順番の問題なんですよ。別に、今まで言っていたことが間違っているわけではないのです。順番の問題です、順番の問題。そもそも、デフレ期とインフレ期の対策は違うわけです。当然ですよ」
 なんてオルタナティブストーリーを用意し、そちらに乗り換えちゃえばいいわけです。

 このストーリーの場合は、自民党が主張していた「消費税を上げなきゃ」が「嘘にならない」わけですね。単なる順番の問題ですから、はい。

 そして三つ目は、頑迷なドミナントストーリーの持ち主との議論をオープンにし、本人ではなく「聴衆」にドミナントストーリーの持ち主の異様性を見せつけるというものです。すなわち、本人の情報を修正するのはあきらめても、社会的にまともな情報が共有されるようになれば別にいいじゃん、という話です。すなわち、ドミナントストーリーの持ち主をマイノリティ化してしまうわけですね。

 この種の「作業」には、インターネットという空間は非常に有効だと思うのですが、いかがでしょうか。

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