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March 01, 2011

老子を体感する

 廖赤陽著「気功で読み解く老子」(春秋社)で、最初に老子の著書(?)「老子」第21章の印象的な一節を引きます。

道の物たる、

ただ怳(こう)ただ忽(こつ)、

忽たり怳たり、

そのなかに象あり、

怳たり忽たり、

そのなかに物あり、

窈(よう)たり冥(めい)たり、

そのなかに精あり、

その精甚だ真にして、

そのなか信あり、

 なにやら意味深のような、わかったようなわからないような感じがしますが、やはり言葉が古くてわかりにくい!著者はこんな風に現代語訳します

道そのものは、

ただ恍惚のなかにしか見えない、

ただ恍惚のなかにしか感じない。

ぼんやりうっとりして、

そうしたうちに何か見えるようである。

うっとりしてぼんやりして、

そのうちに何か感じるようである。

このような奥深い幽玄のなかから、

精気が湧き出てくるのがわかる。

この精気の流れは甚だしく真実であり、

そのなかから、生命の情報が伝わってくる。

 うん、これは何かわかってくるものがあります。

 タオ(道)を見、感じて理解するには「恍惚」の中に入るしかない。

 そして恍惚の中に浸っていると、次第にエネルギーがわき出してくるような感覚がしてくる。

 そのエネルギーとは生命そのものである。

 まさにこれは気功体験そのものです。

 著者はご自身の実践する気功の体験を描写します。

 知らず知らず、恍惚の奥深い暗闇のどこからか、生命のエネルギーが湧きだして、両手の間に何か風が吹くような感じがする。温かくなったり、しびれたり、何か電流のようなものが走るように感じる。吸い寄せられたり、押し広げたり、何か磁石のような引力や圧力を感じる・・・・恍惚あるのみ。時は恍惚の中に静かに流れてゆく。五分、十分、十五分・・・・あなたは目覚めてもいなければ、眠ってもいない・・・・

 気功だけでなく、坐禅や瞑想、ヨーガなど、類似する心身の実践法の経験者なら、誰でもこれに似たような体験、すなわち、恍惚の中から浮かび上がった生命エネルギーの胎動と魂の喜びを経験したことがあるだろう。

 本書を読み、気功をし、また本書を読むと老子と共にいるような思いになります。
 心身の実践なしに東洋思想を理解することは不可能なのでしょう。

 最近「老子とビジネス」など様々な分野で応用されているのを見かけますが、先ずは気功をして心身を「老子モード」にすることが肝要と思われます。

 良書です。

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