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August 18, 2011

野生の概念:共同体感覚

 アドラー心理学自主シンポジウムのために参加した先月の教育心理学会では、他にもいろいろな発表に触れることができました。

 私が見聞きした中で一番関心をひかれたのは、招待講演「野生の概念形成:胚細胞から新しい労働までの概念の拡張の軌跡 Expansive concept formation in the wild:Trasing trails from a germ cell toward new ways of life and work」というもので、ヘルシンキ大学のYrjo Engestrom(ユーリア・エンゲストローム)という先生によるものでした。

 私も初めて聞く内容で、十分に分かったわけではないのですが、「野生の概念形成」という言葉、発想に惹かれました。
 あのレヴィ・ストロースみたいな感じかな。

 私の理解の範囲で振り返ります。

「野生の概念」というのはどういうことかというと、そもそも「概念の意味」というものは本来は研究者の実験室や厳密に定義された研究行為の中で生まれるものではなく、現場の実践の中で生まれて、使われるものであり、それ自体が未来志向なものだ、ということです。
 生活する人たちが実践し、相互作用する現場=野生ということでしょうか。

 概念形成と概念変化は人の認知と学習研究の中心的トピックである。しかしながら、このトピックは必ずと言っていいほど、実験室あるいは教室文脈で研究され、しかも学習される概念はよく知られたものであるか、事前に実験者又はインストラクターによって決められたものである。この講演では、概念に関するあたらしい視点を開く。そのために野生の概念形成つまり集合的仕事活動における概念形成の研究に関する理論的方法論的視点を発展させる。この視点に立てば、概念とは仕事に従事する。コミュニティーに対して実践的な影響をもたらすような、複雑で、生成的で競合的な構成体となる。

 地球温暖化、テロリズム、ソーシャルメディアなど、私たちの日々の思考、行動に影響を与える概念は、文化的媒介の影響を受けた野生の概念の例だといいます。
 なるほど、これらは明確に定義されていないけれど、いつしかみんなが使い出して、普及することによって、確かにある種の思考や行動の「枠組み」になっています。

 こういった概念が生成されてくるには、ある「危機的な出会い Critical Encounter」があって、そこから、ある核となる概念(胚細胞と呼んでいた germ cell)が生まれます。胚細胞とは、「完全な全体性の中で最も小さく、単純な単位 smallest,simplest unit of complete totality」です。

 野生の概念は、ある「危機」の認識から生まれる。必要性、ニードといってもいいでしょうけど、危機という以上、その概念がなければその危機が突破できないという切迫感を伴う認識があるのでしょう。

 そして生み出された概念が意味の方向性を開いていく。概念の具体的な実践の中で、人々に使い続けられ、検討されることで「生きられたもの」になる。その概念は生きた概念となるのです。
 そして、その概念が多方面で使われたときにようやく完成を見る。
 それに対して、専門的な「反省的な関わり」がなされ、検討し直されることになる。
 これが概念の生成のプロセスだということらしいです。

 エンゲストローム先生は、一例としてマルクス経済学の「商品 commdity」という概念の核、胚細胞として「使用価値 use value」「交換価値 exchange value」を挙げていましたが、私にはよくわかりません。

 講義のメモだけでここに書いていますから、お読みになっている方にはわかりにくいし、私もよくわかっていないので多分かなり間違っていると思いますが、私には野生の概念形成という発想が面白かった。

 まず浮かんだのは「共同体感覚 social interest,community feeling」というアドラー心理学の中核概念でした。
 これはまさに、野生の概念といってよいのではないか。

 共同体感覚ほど多義的で、広がりがある(あり過ぎる)心理学概念はないといわれます、良い意味でも悪い意味でも。真っ当な心理学者なら、心理学の概念として認めないかもしれません。

 しかし共同体感覚は、アドラーが第一次世界大戦という史上初めての大量破壊兵器による殺戮戦という悲惨な現場を目の当たりにし、まさに「危機的な出会い」をしたことで、「このままでは人類はいけない」という危機意識を持ったことから着想したといわれます。

 それがアドラーはじめ後継者たちが「あれかな、これかな」「ああでもない、こうでもない」と具体的な実践をしながら、使われ続け、検討されながら、教育、子育て、研修、臨床と多方面に広がっていって「生きられたもの」になったといえるのではないか。

 共同体感覚を神棚に祭り上げてもだめで、具体的な実践の場をどう現すかが大事で、その場を作って、共有したり、検討し合うべきものだと思うのです。

 エンゲストローム生は「その人の可能性を引き出すカテゴリー概念が大事」とおっしゃってましたが、その点でも共同体感覚は、その人の「健康な心」を引き出すわけで、本講演の主旨にかなうものだと思いました。

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