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October 15, 2011

AS IFの本質

 アドラー心理学のカウンセリング技法に「アズイフ(as if)テクニック」というものがあります。自分の良くなる姿を具体的にイメージしてやってみる、あるいは目標のモデルとなる人物になりきって、演じてみるというものです。

 真似をしてなりきって演じることで、それまでになかった視点や行動を獲得するということだと思うのですが、同様の発想は他の心理療法にもあります。

 アドラーの場合は、ファイフィンガーという当時有名だった哲学者の「かのようにの哲学」から大きな影響を受けたところからきているようですが、私たちが見ている現実は自分自身がこしらえたものでありながら、あたかもそれが真実である「かのように」思い込んでいて、そこから脱却するには、そうではない「かのように」振る舞ってみることだ、という考えであるように思われます。

 ちょっと見には、「なんだ、ふりをするだけなのか」と浅いイメージを持たれるかもしれませんが、このふりをする、真似をするというのは人の根源的な姿なのだということを、前記事、前々記事で紹介した安田登著「身体感覚で『論語』を読みなおす」(春秋社)で認識させていただきました。

 同書でアズ、イフ(as if)は、中国語なので「如」です。「ごとし」ですね。

 うまくいかない人がうまくいく人になるためのキーワードが「如」です。
「如」は「ごとし」と訓じ、「まるで~のようだ」と訳します。そのようであること、そのようになること、それが「如」です。人間関係でいえば、「相手と同じような立場に立つこと」です。
 ・・・(中略)・・・
「如」の下に「心」をつけると「恕」という言葉できます。「恕」は「思いやり」と訳されます。孔子がもっとも大切にした徳目のひとつです。
 ・・・(中略)・・・
「恕」は「如」の下に「心」がついた言葉なので、「相手の心の如くになる」ことです。現代のカウンセリングで大切にされる共感(empathy)も「恕」です。「恕」こそがマニュアルを超える力です。p188

 恕が共感というのは非常に納得がいきますが、さらに面白いのは実は孔子の時代には「恕」の字はなかったらしいのです!
 前々記事の「惑」と同様、「心」の字を取ってみると「如」になります(戻るというべきか)。

 うまくいく人になるためのキーワード「如」です。「如」ならば孔子の時代にもあります。「如」は「まるで~のようだ」というのがその意味であり、「相手と同じような立場に立つこと」だと書きましたが、これも本当はそんな簡単な意味でありません。p190

「如」は単にふりをするとか演技するというのではなく、もっと全存在を賭けるような必死の行為だったらしい。
「如」という字は「女」と「口」からできています。同書には古い字形が載っていてとても興味深いのですが、甲骨文字において「口」は神の言葉、すなわち神託を表すそうです。
 つまり女性(巫女)が神がかりになって神の言葉を受けること、「神と人が一体となること」まさに「神人一如」です。

 孔子のいう「在すが如し」というのは、そこに神や祖霊がいるかのごとく祭るのではなく、実在としての神や祖霊とともに祭礼を行うことなのです。
 それが徳目となったときにも、「如」とは、相手の如くになることではなく、相手とまさに一体になることであり、「恕」とはただ相手を思いやることではなく、相手の心と自分の心とが一体になることなのです。
 それは、トレーニングなどという近代的な手段ではなく、「学(學)」という過酷な稽古や、古代から伝わる祭祀や儀礼によって獲得されるものでした。p192

 同書では神と一体となる秘儀がいったいどういうものなのかを諸研究から再現していますが、これがなかなかすごい。

 酒や食べ物はもちろん、生贄を捧げたりするのですが、その生贄も人であり、また人の顔の皮を仮面として被ることもあったかもしれないとのことです。
 きっとすさまじい雰囲気、状況だったでしょう。

 興味深いのは能の「翁」は、どうもその一片というか古代の秘儀の何かが伝わっているかもしれないという著者の想像です。詳しくは同書をご覧ください。
「翁」は甲府の武田神社で薪能をやったときの演目で私も観たことがありますが、その時舞台にいたのはなんと著者の安田登氏でした。安田氏の動きを初めて見ました。そのときは能自体が初めてでよくわからなかったけれど、「翁」は「能にして能にあらず」といわれるらしく、ずっと惹きつけられて見入っていました。

 著者は中国武術についても指摘しています。

 中国の武術には動物と一体化するさまざまな型があります。まず形を真似て、そして自然に心がついてくるようにする、それが東洋の伝統です。p209

 私も虎や熊、蛇、馬など型を学んでいますが、正直、何となくやっているみたいなところもありました。本当にそれらの動物のエッセンスが乗り移るかのように演武しないと。

 改めて真似すること、「かのように」なることの深淵を垣間見ることができました。
 面白かったです。 

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Comments

こんにちは、吉野と言います。

言葉の意味を深く考えるのは
興味深いですよね。

Posted by: 健康ダイエット◆吉野ゆう | June 28, 2012 at 12:37 AM

 吉野さん

 ありがとうございます。

 同書は言葉の意味を考える上で、非常に示唆的でした。

Posted by: アド仙人 | June 30, 2012 at 09:34 AM

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