« 四十にして枠を越えろ! | Main | AS IFの本質 »

October 11, 2011

論語、心のマニュアル

 前記事の安田登著「身体感覚で『論語』を読みなおす―古代中国の文字から」(春秋社)は、「四十にして惑わず」のところだけでなく、論語の新しい可能性を啓いてくれた、本当に面白い本です。

 本書のテーマは「心」、私たちが何気なく当たり前のように、実在するかのように扱っているものですが、孔子の時代は「心」の字はまだ漢字の中で新参者だったらしい。

「心」という漢字は、孔子が活躍するほんの500年前まではこの世に存在しませんでした。で、ある日、「心」が出現した。王朝が殷から周になったときです。

 その突然の出現に人々は戸惑い、「心」をうまく使いこなせないままに500年を過ごします。そんなとき孔子が現れて、人々に「こころの使い方」を指南した、その方法をまとめたのが「論語」ではないか、そう思いました。

 それならば「論語」には、現代にも役立つ「こころの使い方」が書かれているに違いない、そんな視点で『論語」を読み直したのです。

「心」の字がなかった時代、人々には心(自由意志)はなく、ただ「命」の世界に従って生きていた。「命」とは与えられた世界、運命、宿命といわれるように変えられないものを表します。

 それが「心」というものがどうやら自分にはあるらしいと、その存在に人が気づいたとき、「命」から離れ、時にそむき、妥協したり、「命」自体も変えようとし始めました。きっと心の悩みがその時から生じるようになったのでしょう。
 人類の不幸が始まったといえるのかもしれません。

 きっとその時代のあたりに人類は心、自己意識に目覚めて、その扱い方を求める中で、仏陀や孔子が登場したのでしょう。

 アメリカのアドレリアンで、アドラーを孔子との類似性で説いた人がいると聞いたことがあるけど、確かにあり得るなと感じ入った次第です。

「論語」は堅苦しい倫理の書と思ってたら、なるほどと思うことばかりで、最近漢字がブームらしいですが、いろんなことが勉強になってお薦めです。
 

|

« 四十にして枠を越えろ! | Main | AS IFの本質 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 論語、心のマニュアル:

« 四十にして枠を越えろ! | Main | AS IFの本質 »