オウム真理教事件について
オウム真理教事件のすべての裁判が終了したことで、最近新聞等であの事件はなんだったのか振り返ったり総括しようとする評論やインタビュー記事などが続いています。
どれも一理はあり、特に間違っているとは思えませんでしたが、やはりマスコミ的というか、文化人的距離からの発言で、食い足りない気もしました。
また、知人によると、テレビの報道番組には私の元上司が出ていたらしい。
オウムで世間が騒然していた最中に、富士北麓の教団施設から53人の子どもたちを山梨の児童相談所が保護したという「事件」がありました。覚えているでしょうか。あの時の児童相談所の所長で、前代未聞の一時保護を指揮して、その後も教団を脱会した家族を支援していたので、マスコミ取り上げられたのでしょう。
大変リーダーシップに富んだ、面白い所長さんでした。定年退職してからも天下ったりしないで、家族とうどん屋を開店しましたね。その点でも面白い人でした。
そして何を隠そう私も、その所長の指揮下でその児童相談所で働いていたのです。オウムの子たちの受け入れ、心理査定、ケアに携わっていました。
だから当時のオウム真理教内部の状況は、子どもたちの様子や話、関係者から漏れ伝わってくる情報でけっこう知ることができました。
世間的には大変な状況でしたが、現場的には充実した時間ではありました。
しかし私はオウム真理教自体について、かなり以前からその存在を知り、考え方や行動性、そして問題性をわかってはいたのです。
なぜなら、若い頃から私は当時は「精神世界」と呼ばれていた分野、オカルティズムや神秘主義、ニューエイジ・サイエンスなどを研究、紹介するグループや中心人物たちと深く付き合ってきたからです。その知識や人脈は、当時大学生だったにしては相当なもので、同世代のジョーユーとかの事件の当事者たちよりも絶対に段違いで、もし私がオウム真理教に入信していたら、たちまち大幹部になっていたでしょう。
しかし当然のことながら、当時からすでに彼らとは思想的にも対立的な立場に立っていたので、いちいち言いませんが時に摩擦があったりもしました。「こいつらとは合わない、やばい連中だ」と避けるようになり、お互いの運命が分かれていったのです。
そしてまたも運命のいたずらか、数年ほどしてオウム信者の子供たちの面倒を一時期とはいえ見ることになり、私個人としては妙な縁を感じることになりました。
つまり心理臨床家としてだけでなく、何となく「近い趣味嗜好」を持つ者としての感慨を持ちながら支援していたのです。
その時の率直な思いは、
「彼らはこうなったけど、私はならなかった。その違いはなんだろう?」
という問いでした。けしてそれは偶然ではないと思えたからです。
オウム真理教に走った彼らの問題や心理的病理、社会的病理を推測して、「いかに異常か」を論じるのはたやすい。でも圧倒的大多数のスピリチュアル文化に関心のある人はそうはならない。ほとんどの人は人生に迷いながらも健全に、建設的に生きている、それを知っておくことが「臨床的」には必要だと考えます。
私の場合、一言でいうと「グルイズムへの懐疑」「バランス感覚の保持」「相対化する視点」といったところかなと思います。
ひとつひとつ説明すると面倒なので簡単にすましますが、自分を一人のカリスマに明け渡すことで自我意識の放棄を求めるグルイズムは、カルト宗教の特徴で、非常に問題を起こしやすいことは知られています。基本的に自分への帰依、服従を求める指導者にはついていかない方がよいでしょう。
そこで大事なのは常識(コモン・センス)を疑いながらもしっかりと理解し、常識と非常識、科学と非科学、聖と俗、正気と狂気などをバランス感覚を大事にして理解し、歩むことです。
そして自分の考えや信念を絶対視することなく、また教えや思想を歴史や空間の大きな視点で相対化しながら学んでいくことがよいでしょう。個人的にはトランスパーソナル心理学の論客、ケン・ウィルバーの「意識のスペクトル論」辺りが基本的認識の方法として役に立ったように思っています。
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