「おもしろ記憶のラボラトリー」
森敏昭編著「おもしろ記憶のラボラトリー」北大路書房は、認知心理学を語るシリーズの1巻目で、記憶研究を巡る最近の状況をうまくまとめてくれています。アドラー心理学の早期回想の勉強の一助になりそうです。
自伝的記憶、記憶と感情、展望的記憶、作動記憶、メタ記憶など、一口に記憶といってもいろいろな種類の記憶が研究されていることがわかって、一覧的に理解できて面白いです。
各章は一人の研究者が担当していて(似顔絵、プロフィール付き、京大系の人が多いかな)、研究者としての考えや悩みまでうかがえてそれも興味深いです。
早期回想に関連があるとすると、まず自伝的記憶ですが、同書でも「記憶は書き直される」ことを指摘しています。
記憶を思い出すということは、事実を箱にしまっておいて、ほこりを払って取り出すということではありません。いま現在の自分のありように応じて、私たちの過去はかなり柔軟に書き換えられるのです。p21
ただなんでも思い通りに書き換えられたら大変で、記憶はある程度の安定性があります。同書には、記憶の安定性が高い人は「現状満足度」と関係していることがわかったそうです。確かに今うまくいっていると感じる人は、書き換える必要はありませんからね。
自伝的記憶の機能として何があるか、というと、まず方向づけ機能があります。「自伝的記憶がその人の態度や価値観に影響を与え目標に向かって動機づける。p25」ということです。
記憶は目標を追求する際の動機づけの源になります。自分が何かを決める際に、そこに立ち返る場になります。
同書に出ている研究には、職業選択と自伝的記憶の内容が明らかに関連があるというものがありました。
他には問題解決のヒントという機能もあります。その人が直面している問題を解決するときに頼りにするデータベースとなります。
興味深いのは、「記憶の特定性の低い人」は問題解決力が低くて、特にうつの患者にその傾向が強いということです。
特定性が低いということは、「ある日、あるところの出来事」という具体的なエピソードとして思い出せず、漠然とした、抽象的な感じの思い出しか出せないということです。これは経験上、わかる気がします。早期回想が出てこない人の中に、うつの人がいることは明らかだからです。
対人的な機能というのもあります。
適切に自己を開示することは、親密な対人関係を形成するのに必要なことです。
また、集団で共通の思い出を共有することは、集団の凝集性を高めるのに有効です。また大切な情報を伝えるのに、記憶された物語を話すことはよくあります。世代から世代へ、家族や文化の歴史、教訓を伝えることになります。
認知心理学で記憶は一大テーマですが、臨床心理学でもどのように記憶を扱うかが問われます。扱わないということはあり得ないでしょう。
アドラー心理学的アプローチも、その中でユニークなものになり得ると思います。
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