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September 12, 2012

「戦後史の正体」

 この夏各方面で話題になった「戦後史の正体」(孫崎享著、創元社)を読みました。噂に違わずよかった。

 高校生にもわかる戦後史の本として著されたとのことですが、それは一種の方便として、誰にでも生き生きと戦後政治・外交の本当の姿がわかるようになっています。
 学者ではなく、内部の状況がわかる元外務官僚で、しかも国際情報部門のトップの経験がなければここまで書けなかったのは間違いないでしょう。

 本書のエッセンスは、敗戦後、アメリカの属国・日本がいかにして作られてきたか、日米誰がそれを進めてきたか、誰がそれに抗おうとしていたか、そしてどうなったかについて、一貫した理解が得られます。極めてそれは明瞭な図式で、この視点を持ってさえいれば今の政治状況が読み取れたり、これからどうなるかまで予測できてしまうようなものです。
 現象の構造を記述し、規模がデカすぎるから操作はできなくても、誰がつぶされるかピッタリ予測までできるのだから、これはこれで科学性があるといえると思います。

 それほどのものだからこそ、これまで公然と「アメリカの圧力」について語ることはタブーであったのでしょう。そして、それを語る者に対して「それは陰謀論だね(だからダメだ)」と訳知り顔に言う者が後を絶たなかったのは困ったものです。本当はわかってないのに。政治を動かすのは金と陰謀に決まっているだろうに。

 戦後日本の外交は、アメリカの圧力に対する「自主路線」と「追随路線」、この二つの勢力のせめぎ合いであること、それがわかれば、著者も言いますが、「まるで霧が晴れるようにくっきり見えてくる」体験ができます。

 日本は1945年9月2日、ミズーリ号で降伏文書に署名しました。そこから「戦後」が始まります。この戦後の最初の日から、日本は「対米追随」と「自主」のあいだで重大な選択を突きつけられたのです。

 多くの政治家が「対米追随」と「自主」の間で苦悩し、ときに「自主」路線を選択しました。歴史を見れば、「自主」を選択した多くの政治家や官僚は排斥されています。ざっと見ても、重光葵、芦田均、鳩山一郎、石橋湛山、田中角栄、細川護熙、鳩山由紀夫などがいます。意外かもしれませんが、竹下登や福田康夫も、おそらく排斥されたグループに入るでしょう。外務省、大蔵省、通産省などで自主路線を追求し、米国から圧力をかけられた官僚は私の周辺にも数多くいます。p8

 ここに当然小沢一郎も入るでしょうし、著者も本書の最後に入れています。

 また、こうした排斥は米国側の人間が行うだけではありません。哀しいことですが、米国との関係を最重要視する日本人のグループ、つまり戦後日本の主流派ですが、彼らが排斥に加わります。それが日本の姿です。戦後の歴史の中で、そうした排斥にもっとも多く関わったのは、おそらく吉田茂首相でしょう。p10

 と、本書では吉田茂への批判は手厳しいものがあり、いろいろなエピソードが書かれており、「アメリカに対決した骨太の政治家」というイメージが全く逆であることを暴いています。

 そう思うと最近始まったNHKの吉田茂礼賛ドラマの正体も見えてくるというものです。

 どちらが正しいとは一般の我々には難しいことですが、本書のような本によって、相反する二つの視点がおそらく政治家や官僚の中だけでなく、日本人全員の中にあると自覚できることは良いことだと思います。

 私の中にも自主路線的なものを強く支持する面と、追随でなあなあでいきたい気持ちもあります。

 敗戦とは、かくも一民族の心の中を葛藤に満ちたものにするということです。

 リンク先のアマゾンに著者の動画があって、本書の解説をしていますよ。

 

 

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Comments

実効支配とは、
ロシアの国家元首・メドベージェフ大統領が北方領土を訪問。
韓国の李明博大統領が竹島を訪問。
日本の野田首相が尖閣列島を訪問。
ということになるのかな。

日本の国は、米軍に頼ることなく、日本軍で守れ。
そのうえで、相互に安全を保障すれば、日米は対等になる。
我が国は、虎の威を借る狐であってはならない。
自分の力を示せ。力は正義である。(Might is right).

力がなければ、正義もない。単なる歌詠みである。ひ弱な花である。
他人に仕事を任せておいて、いちいちあれこれ言うのは不謹慎である。いつまでも、未成年の姿勢をとるな。
消去法を得意とする論客ばかりでは、総理の寿命も短くなる。筋の通った政治もできない。

未来社会の建設には、建設的な意見が必要である。
未来構文がなくては、未来の内容は過不足なく構築できない。
未来構文があれば、理想が語れる。無ければ、筋の通らない空想・空論になる。

日本語の文章には、未来・現在・過去の区別がない。
現在のことは過不足なく考えられても、過去と未来に関してはそれができない。
日本人は、未来のことに辻褄を合わせて語ることは得意でない。
最悪のシナリオなど考えられない。悪夢は常に想定外になる。
だから、有事の際の危機管理も破たんする。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

Posted by: noga | September 12, 2012 at 08:14 PM

nogaさん

コメントありがとうございます。

日本らしい実効支配といえば、竹島、尖閣でAV撮影ですかねえ。

「和」テイストでいきたいですね。

Posted by: アド仙人 | September 12, 2012 at 10:10 PM

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