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November 26, 2012

新陰流の勇気

 柳生新陰流、誰もが知っている超有名流派です。

「秘伝 11月号」(BABジャパン)は前号ですが、柳生兵庫助が尾張徳川家に伝えたという「尾張柳生」の継承者、春風館道場加藤伊三館長の興味深い記事がありました。武道家の日野晃先生が取材・インタビューした記事です。

 加藤館長は御年80歳にもなられるのに、素晴らしい剣の動きを体現しているまさに達人らしいです。

 その加藤館長、新陰流の極意を体現するために最も重要なものは何かと問われて、「勇気」とお答えになりました。
 アドレリアンとしては、「おお」と注目しないわけにはいきませんね。

 新陰流における勇気とは何か。それは技の型に現れ、型を練磨する中で培われるものです。

 「勇気」その裏には何があるのか。それはその構えから見て取れる。
 まず「捨て身」なのだ。相手に対して左肩をさらけ出し、刀を後方下段に構えるその姿。その型にはもう一つ大切な要素が潜んでいる。それは「自らを斬らせるという事。

 言葉にすれば「捨て身」であり「自らを斬らせる」であるが、現実的には恐ろしく困難な次元の話だ。何故なら、一瞬の躊躇だけで自らは絶命する。そこには生命を賭ける「覚悟」が、精神の最も深いところになければならない。この時代の「勇気」とは、当たり前の事だが生命の綱渡りであり、背水の陣の心持ちであろう。
 そういった覚悟の剣が、尾張柳生の真骨頂だ。・・・(略)・・・

 まず「勇気」。「一刀両断」を単純に見ても「勇気」が必要だと、誰しも思うだろう。何しろ相手に対して、左肩が裸同然だからだ。そして「全て後の先」と仰っているところからある種の待ちが絶対に必要である。それがなければ「後」にはならない。

 そこで、一つの推理として逆から考えてみると、構造が見えてくる。「勇気」・・・それは誰でも初めからある訳ではない。はじめから命をさらけ出せる者がいたとすれば、それは“無謀”だ。その「勇気」を培う術が“後の先”である。  p40

 柳生新陰流は勇気を養う。さすがです。

 おそらく優れた武道・武術の教育効果の最も枢要なところがそこにあるのでしょう。

 同誌には剣を振るう加藤館長のお写真が多数あって、古の武士の風貌に魅了されました。

 調べたら加藤館長の動画がありました。必見!

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