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December 06, 2012

公共事業は大切だ

 中央道の笹子トンネルの崩落事故は、完全に他人事ではありません。月に少なくとも1,2回は上京するので、よく高速バスを使っていますし、山梨県東部に行くときにも自分の車で通るからです。通勤で毎日のように通っていた時期もありました。だから笹子トンネルは何百回(いやもしかしたら千に達しているかも)と行き来しているはずです。

 事故のあった日も、東京に研修や稽古があったら通っていた時間帯です。たまたまあの日は前々記事のとおり山梨で仕事があったから行かなかっただけでした。

 事故の直接の原因は検査体制の不備や意識不足があるにしても、その背景、大きな政治経済的文脈にはやはり小泉・竹中時代からの新自由主義的政策、「無駄な公共事業は削減!」的イデオロギーがあったのではないか。

 これは誰もが今回の事故で直感していることではないでしょうかね。

 だとしたら、私は小泉・竹中路線に殺されかねなかったことになる!

 以前から公共事業の意義を強調している三橋貴明氏と藤岡聡氏(京都大学大学院教授)は、今回の事故を受けて野田首相の出したコメントに憤っていました。全く正論だと思います。

 野田首相に強く抗議します

 いまや「無駄」「ばらまき」なんて言っている人は、日本が壊れていってもかまわない、人々が事故に巻き込まれて死んでもかまないといっているに等しいとさえ思います。

 では削減されたお金はどこへいったのか。一つの考えは、ここ10年ほど科学研究費、IT関連(特に都市部の)に向かっていったようです。有名大学人ではもちろんない私には、あまり知らないことでしたがそういうことがあったようです。
 それで我が国の科学技術が発展したのなら、けっこうですが、どうなんでしょうか。山中教授の業績は関係あるのでしょうか。わが心理業界はどうなんでしょうかね。

 理論物理学者の井口和基の公式ブログ がその辺の事情を書いています。
 この人、山梨の甲府の出身で今は徳島に住んでいるらしい。いわゆる陰謀論もいたずらに否定せず、科学者らしく平等に捉えて考える立場で、過激だけどとても面白いです。参考までに。

(お)昔(1970年代)の「公共事業」の金はどこへ行ったか?

これまたもう10年近く前に本に書いたことを何度も何度も書くのは「なんだかなあ〜〜」という感じなのだが、いわゆる田中角栄時代の「公共事業」や「大型投資」という、「コンクリート事業」に使われたものは、1995年の「科学技術基本法」の成立以来、大半がそっくりそのまま科学分野に回されたのである。毎年5兆円、5年計画で25兆円規模の予算が日本の国公私立大学と国立研究所や高専(高等専門学校)に回されたのである。

そして、我々が大学院生の1980年代のバブル全盛の頃には、阪大の1研究室(教授1、助教授1、助手2の4人+大学院生数人が普通だった)に対して年200万円程度が研究室予算だったものが、今では論文1本に1800万円もの国家予算が使用される時代になったのだ。

我々の時代パソコンは研究室に1,2台だったものが、今では1人1台以上ある。我々の時代には、教授クラスが数年に1度国際学会に出席できれば御の字だったが、今では人によって年に数回国際学会に出席し、今では1年中旅行している科学者ばかりとなったのである。

何か聞き覚えが無いか?

そう、「バブル」である。

我々の1980年代バブル時代、日本女性は世界中を旅をして、世界のどこに行っても日本女性がいたという時代だった。もちろん、海外留学、遊学組も目白押しだった。今では海外留学組は1,2万人程度に落ち込んだようだが、当時我々が留学した時代には、5、6万人が海外に出ていたのである。(ちなみに、これまた誤解がないように付け加えておくと、私はバブルの恩恵を一切受けていない。この時期の日本人のエリート留学生たちは日本国の税金から留学費用や渡航費用をもらったが、私は渡航費用は自費(自分で稼いだ金)、留学の奨学金はユタ大から頂いたものだ。TAという仕事(週20時間労働)で年8千ドル程度+授業料免除を奨学金としてもらって留学したのである。)

これと全く同じことがこの20年ほど「科学分野」、特に大学や国立研究所や高専で起こったのである。「金余り現象」というやつですナ。使わなければならない研究費が有り余るのである。

語弊があるといけないから付け加えておくと、そこは格差社会。大学間にも格差が出来た。だから、有名大学や一流大学と名前の売れているところばかりに金が集中して、老舗の地方の有名大学や地方の国立大学は”相対的に”劣化したのである。

なぜこうなったか?

もはや言うまでもないが、電通の命名の「B層」は、「人から聞いたことが自分が考えたことになる」という定義であるから、言わなければ分からないのかもしれないし、「聞かないことは存在しないに等しい」のかも知れないから、どうしてもくどくなる。

要するに、東京のある首都圏は4000万人ほど人口がある。ここに数百の大学がひしめき合っている。大阪神戸京都名古屋などの京阪神名も1000万人ほどの人口がある。ここにも200ほどの大学がある。

科学研究費は大学や研究所に配分される特別なお金である。ということは、こういった大学のある大都市だけがその恩恵を受けるのである。ここ徳島には国立大学が2つ、あとは地方の私立が2、3あるだけだ。どうやってその金をもらえますかいナ?

仮に大学間で1大学当り均等に配分されたとしても、このお金は大学の数に比例する。ところが実際にはマンモス大学ほどもらえるわけだから、「マンモス大学ってどこ〜〜?」というわけである。もちろん、「そりゃ〜〜、東京だっぺ!」ということになるわけですナ。

これが東京都が勝ち組に納まり、地方が負け組になった理由なのである。

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Comments

中央道、笹子トンネルの天井崩落事故。
詳細な原因は、まだ究明されていないようだが、老朽化などは理由にならない。
老朽化で人命を奪うようなトンネルを作ってはならない。
設計・施工ミスであり、その責任を免れることはできない。

Posted by: うなぎ | December 06, 2012 at 08:18 PM

 老朽化だけでなく、設計・施工ミスがあったなら由々しきことですね。

Posted by: アド仙人 | December 07, 2012 at 09:05 AM

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