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December 04, 2012

「気の精神分析」

「気」についての真正面からの心理学関係の本は多くはありません。

 以前黒木賢一著「気の心理臨床入門」(星和書店)を紹介したくらいでしょうか。

 佐々木孝次著「気の精神分析」(せりか書房)は精神分析学の観点から気を論じた珍しい本です。
 しかし難解でなるラカン派に依拠しているので、なかなか読みこなすのに大変です。精神分析関係も仕事柄それなりに読みますが、私とは思考スタイルが違うために身につかないことがあって、いつもよくわからないところが残ります。
 おまけに著者の文体も、練りに練っているというか、けっこう粘着的なために、速読できる代物ではありません。

 それでも、気について徹底的に考え抜かれていて、優れた考察や良いフレーズに出会うことができます。

 著者の視点は「言葉としての気」にあり、中国における「万物の根源的エネルギー」という考えを基本にしながらも独自の広がりを持った「日本語における気」について論じています。日本的気の受容と実践による歴史的過程が説明されています。

 そして、精神分析において気と似た概念である「欲動」との比較、心の病と気、日本人特有の集団同調主義を生み出す「空気」の考察などがなされています。

「気」には、もともと自然と人間を一つの全体にする役割が与えられている。人間についてみると、それは身体と精神の活動が、同じ一つの源泉から生じるという考えである。言いかえると、それは人間について、有形の物質としての身体活動と、無形の体験としての精神活動が連続しているとする見方である。p35

「気」が活動している森羅万象の宇宙では、自然と文化が対立していないからである。言うなれば、両者は連続して、一つのものになっている。p78

 気を通じて身体と精神の活動がつながっていく。
 私的には、心と身体の不可分性、相補性を主張する全体論を採るアドラー心理学で、気功や瞑想や身体行法に自然に携わる人が多いのも実感できます。

 そして、気と欲動(リビドー)は確かに類似した概念だと思われます。気功の理論では「精」に近いとは思いますが、広い意味で気に入れていいでしょう。

気と欲動は精神の活動力を生むエネルギーという性質において共通するところがあると考えられる。p57

 しかし、「欲動」は、あくまで「人の心が活動するときだけ動く」もので、「質的に違う特徴」があり、「何らかの形や姿として心に与えられなくてはならない」、つまり表象化されなくてはならないといいます。

 対して気は「人の心のなかの表象に関わりを持たない」「万物を一元的にとらえようとする立場を背景にして、表象にかかわらない」点で欲動とは違うことを指摘しています。つまり気は、表象として意識に上ることを必要としていない、求めていないということでしょう。

 日本語における気は、ものごとを本質的、観念的、抽象的に説明する観念語ではなく、体験を描写する記述語、具体語、写生文に近いと考えられます。

 そのときの、そこにおける心の動きを伝えることに専念している。p152

「(気が)狂う」「咎める」「揉める」「塞ぐ」「滅入る」「重い」などなど、それらは心の動きと直接には関係のない言葉のようにみえながら、日常の体験からはっきりと実感することができる。まあ、目の前に思い浮かべることのできる具体的な風景ではないが、体験を述べた描写として現実味がある。p153

 日本における観念語は総じて中国、最近は欧米からの翻訳語です。気も元々は中国語ですが、長い歴史の中で観念語ではなくなり、今や完全に日本語に溶け込んで「心の動きを描写する表現の要素」になったのでした。確かにそうかもしれません。

 それゆえに「気」は広がり過ぎてあいまいになって、学術的思考になじまなくなったといえるけれど、日本特有の心の世界を作る重要な役割を果たしてきたと思います。

 本書には、苫米地英人氏の「気は情報」というような斬新なアイデアはありませんが、重厚な考察が続いて、日常何気なく使っている気という言葉がどのような言葉なのか、考え直すことができました。

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