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April 22, 2013

合気体験と歴史

 20日(土)は以前ここでお知らせした「気と心理ワークショップ2」に参加。

 合気上げを中心にいくつかのワークをしたのですが、前回と同様、いくつかの気づきを得ることができました。

 合気といってもただ相手に合わせるのではダメで、自分の中心の感覚を忘れないこと、力を抜いて、気を下に落とすことなどが要点で、よくいわれることではありますが、人にガシッと強く腕をもたれるとつい緊張してしまって、なかなかできるものではありません。それがあるコツがわかってふと力が抜けるとおもむろに技ができるようになり、とても面白かったです。

 同じような感覚は推手(太極拳の組手)をやるときにもたまにあるのですが、ついパターン化してしまうので、普段やらない課題をすることで自分の動きに対して意識がよくなったようです。

 ワークショップには本ブログを見て参加した心理士さんがいらしくれて、ささやかでもお知らせしてよかったと思いました。

 何年か前に日本心理臨床学会で黒木賢一先生や老松克博先生らと「武術と心理臨床自主シンポジウム」をやりましたが、そろそろ「気と心理臨床」の自主シンポとかワークショップなんてやってみたいですね。誰かやりませんか?

 ところで合気といえば、そもそも合気道は今、大河ドラマ「八重の桜」でやっている会津、そして甲斐の国・山梨との縁が深いのは、日本人ならみなさん当然ご存知でしょうね(え、知らない?なんと!)。
 では、簡単に説明しましょう。覚えですから細部は間違っているかもしれないので、正確には史書を当たってください。

 合気道の元になった大東流合気柔術を創始したのは元会津藩士・武田惣角という人です。惣角もなかなか強烈な個性の人だったらしく、ドラマに出てもいいキャラだと思います。この間塚原卜伝をNHKでやってたようだし、八重や会津藩家老の西郷頼母(今回は西田敏行)や柔道の嘉納治五郎との絡みなんて期待します。
 合気道界で大同団結してNHKに陳情したらどうでしょう。惣角役は、外見の記録(チビでくしゃおじさんみたいな感じ)は無視してジャニーズ(岡田准一とか)でもいいです。

 そして、伝説では合気道、合気の術はもともと武田家にルーツがあるとされています。これは惣角の教えを受けたすべての合気道各派がそのように伝えています。

 それはあながち荒唐無稽ではなく、会津藩の祖、保科正之は二代将軍、徳川秀忠の庶子だったのですが、育ての親となったのは武田信玄の娘、見性院という人だったのです。見性院は立派な人だったらしく、正之を優れた人物に育て上げました。
 嫉妬深い秀忠の妻(お江、上野樹里が演じてましたね)の攻撃も毅然とはねつけたそうです。

 そして見性院の周りには武田の旧臣たちが慕って集まっていたそうです。

 やがて保科正之は信州、高遠城の城主になりました。高遠城は今は桜の名所ですが、縄張りした(設計した)のはあの山本勘助といわれます。見性院も一時期いたようです。ちなみに保科という姓も山梨に多いですね。

 保科正之は後に会津に移って会津藩の楚を築いたのですが、その際武田の旧臣たちも何人も移っていったのかもしれません。その中に武術を伝える武士も当然いたでしょう。それが連綿と伝えられて合気道になっていったのかもしれません。

 そして八重と覚馬の山本家は、山本勘助の子孫あるいは遠縁を名乗っていたとか。以上の経過を考えると、証拠はないかもしれませんが、けして単なる家系に箔をつけるためではなく、あながち無関係とはいえないことがわかると思います。

 山本勘助については長くその存在が疑問視されてきましたが、近年の古文書の発見で「やまもとかんすけ」なる人物が確かに実在し、武田家の中である役割を果たし、江戸初期までその子孫、係累がいたことが確認されたようです。
 本ブログでも少し報告しました。 実在した山本勘助  山本勘助の残像

 というわけで、「風林火山」と「八重の桜」はつながっているというお話でした。

 

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Comments

山梨に大東流を教える教室が出来てくれたら、いつか通って練習したいです。

Posted by: 渡辺 | April 23, 2013 at 01:34 AM

 渡辺さんに道場を開いてほしいです。

 よろしくお願いします。

Posted by: アド仙人 | April 23, 2013 at 08:58 PM

leo大河ドラマ、小説で有名になった武田惣角ですが、明治の戸籍は農民で藩士ではなかった。先祖の国継も国会図書館の調査で甲斐武田家の該当者なし。長年調査した西郷頼母研究家は、大東流は頼母と惣角の創作と発表、西郷四郎の山嵐も無関係と発表しました。
 私の調査で、戊辰戦争後に同居した藩主護衛役の御供番佐藤金右衛門は、小姓と同じ職場で御式内を教えた。孫娘コンが惣角と結婚しました。合気は気を導入した武術、真言密教・修験道・易学を教えられるのが隣村の易者でした。
 武田惣角武勇伝、武田時宗遺稿集がありながらも、子孫が全面公開せず、史実を美化したことで、故郷では奇人変人のままでした。真実が語られて、偉人の評価がなされるようになりました。
「合気の創始者武田惣角」著者より。

Posted by: 池月映 | May 03, 2013 at 05:15 PM

 池月映さん

 詳細な情報をありがとうございます。
 とても興味深かったです。大東流のルーツについては私も一部書かれている内容に知っているのもありましたが、細かいところは知らないので参考になりました。

 貴サイトを拝読しましたが、私としては惣角に成田山の真言密教の影響がうかがえるところも、実は私の家もその系統なので、興味深かったです。

 大東流は虚実が混乱して研究も大変でしょうけど、是非明らかにしてください。

 外の世界に出て大成する人は一般に地元では不評なものです。山梨でも同様です。
 保守的な地元の人には、普通の人が見向きもしないものに異様に打ち込む人は、確かに「変人」にしか見えないでしょう。
 そうはいってもこれほど日本の身体文化に大きな影響を与えた人なのだから、いつまでも変人扱いせず、会津で惣角の顕彰が進むことを祈っています。

 また、武術の世界は過去の偉人に仮託してルーツを神話化させることが多いですが、史実は史実として、一概に否定することはないと思います。そこに込められた人々の思いも見ておきたいです。
 会津には藩主をはじめ旧武田関係者の末裔が確かにいたでしょうから、誇り、あるいは劣等感みたいなものがあったのでしょうか。

 その上で、惣角は「キャラ」が立っているのだから、虚実織り交ぜて、時に荒唐無稽な惣角のドラマが作られることを希望したいと思います。

Posted by: アド仙人 | May 03, 2013 at 05:59 PM

大河ドラマの関係で旧武田家に関する調査もしました。会津藩祖保科家、家老北原家、内藤家、梶原家は甲斐武田の家臣団です。家老西郷家の元は保科家でした。四代目の家老保科正興は、正之公継室が起こしたお家騒動の責任を取って失脚しました。そのかわりに、姻戚関係にある西郷家が家老職になった。
 家老職は九家ありまして、家老職に就いた古い順から主席家老、次席家老になります。ですから、家老になったばかりの西郷頼母が主席家老にはなりません。
 武田姓の家臣もいますが家禄は百石以下で低い。甲斐から来て農民・商人になった事例は、会津では少ない。
 武田惣角の生家の村に、武田国次夫婦の位牌が残されていますが、惣角生家の直系でない。甲斐から来た、武術が伝えられた証拠はなく、むしろ否定的な証拠がある。
 生家の幕末の姓は竹田で、明治の戸籍で親戚の武田姓に統一されました。身分は農民で士族ではない。
 家老西郷家と農民武田家では身分の差があり、西郷頼母に紹介したのは、同居人の御供番佐藤金右衛門としか思えないですね。
 武田家は信長に弾圧されましたが、家康の時代には高く評価され、武田家を名乗り家臣になった者が多い。武田家に誇りを持っても、劣等感はない。ですから、惣角生家が武田家なら、藩士になっていないとおかしい。藩士ではなかったのは、甲斐武田とは無関係だったということです。

Posted by: 池月映 | May 09, 2013 at 10:09 AM

 池月様

 またまた詳細な情報ありがとうございます。
 保科、北原、内藤、梶原はみんな山梨のある地域で多い姓です。武田は意外に少ないですが、「お館様」ですから当然かもしれませんね。むしろ遠方の方が仮託しやすかったかもしれません。
 武田ブランドが会津に生きていたことをうれしく思います。

 日本の古武術には詳しくないのですが、武術が流儀として体系化するのは戦国以降といわれていますから、何が武田由来とか明らかにするのは難しいかもしれませんね。
 当然それだけの武士がいたのだから、戦闘技術が伝わり、そこから生じる精神的文化が会津魂といわれるものが生まれたのかもしれません。

Posted by: アド仙人 | May 09, 2013 at 12:31 PM

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