橋下さんの身体意識
橋下徹大阪市長の発言問題が取りざたされていますが、ここでは違った角度から彼を見ていきましょう。
発言の内容や彼の思想はともかく、なぜ、彼があのような言い方しかできないのか、心理学的なパーソナリティー論から説く人もいるでしょうが、もっと根源的な身体意識の在り方が規定しているのかもしれません。
運動科学者・高岡英夫先生が独自の能力で代表的政治家の身体意識を分析しています。以前安倍首相の分析結果を紹介させていただきましたが(安倍さんの心と体)、そこで橋下氏も出ているので、リンクしておきます。去年末の総選挙時に高岡先生がWebで発表したものです。ですから今の時点でこうだから元はこうだ、みたいな後付けというわけではありません。
高岡先生独自の用語があるので、なじみのない人にはわかりにくいでしょうけど、橋下氏のところだけ抜粋すると、センター、上丹田、中丹田は見るべきものなし。他の政治家もそうだけど、人の能力を極めて高い次元で強化するセンター(正中線)がないのは非常にやばいでしょう。
「下丹田」はそこそこ形成されているので、安定感やタフさに通じるような強さは持っているようです。実行力や前進力に関係する「裏転子」も石原慎太郎氏と同様にあるので、やはり前に強引に進む突破力はありそう、というところでしょうか。しかし、
石原慎太郎と橋下徹の流舟は、身体の後方・下方の出発点から、身体に入って前方に抜けようとしているところまでの形状はいいのですが、そこから前に向わずにUターンして、自家撞着している点が大変惜しまれます。(中略)
さらに国民・大衆との心の交流を担うリバースについて調べてみると、今回取り上げた5名の政治家では、いずれも見ることができません。
また、人々を愛し、育て、励まし、人心を愛情を持って掌握し、あるいは人心を時に強引に掌握するために欠かせない、掌から前腕、上腕にかけて形成されるパームという身体意識について言えば、石原慎太郎と渡辺喜美には、不充分ながらもある程度の奮励や愛情を注ぐための支えとなる、パームが見られます。一方、他の三人もそう強力ではないながらも、野田佳彦と安倍晋三では、愛情と強引さが五分五分に混在したパームが見られ、橋下徹では愛情の表皮をかぶり強引さを中核としたパームが見られます。
「自家撞着」「愛情の表皮をかぶり強引さを中核とした」あたりが興味深い。なんか橋下氏の本質をついているような気がしますが、どうでしょうか。
似たような傾向のある石原氏も含めて、本当に相手のハートに届くことはなく、言いたいことだけを言い放っているような気がするのは、この身体意識によるのかもしれません。
なかなかよいところを突いているような気がします。
もちろん、高岡説は客観的なものではないので、「信じるか信じないかはあなた次第」ですが、私は身体意識というのは大いにありうる次元だといつも思っています。
ちなみに、安倍、猪瀬、橋下と続いた「失言3連発」について内田樹先生の分析が秀逸です。日本の文脈、アメリカの文脈
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朝日新聞の報じた記事を事実と思い込んで謝罪した宮沢内閣の軽率さである。「する必要のない、というより、してはならない謝罪」をして世界に誤解を撒き散らしたのであった。宮沢内閣の犯した過ちこそが慰安婦問題の原点である。
Posted by: うなぎ | May 23, 2013 08:39 PM