靖国参拝の目的
年末の安倍首相の突然の靖国参拝で、それを巡っていろいろな議論がありました。
右巻きの人は喜び、左巻きの人が非難するといういつもの状況ではありますが、特に目を引いたのは、アメリカ政府が批判、もしくは批判っぽい態度を示したことです。それを巡って、左巻きは「それ見たことか」と息巻き、右巻きの日米同盟礼賛派は、アメリカの批判を少なめに見積もろうとしているようです。
いろいろな意見があるとは思いますが、安倍首相の靖国参拝を巡る経緯と背景が田中宇の国際ニュース解説にあったのでメモします。長文なので、これでも一部です。
はっきりいって政治的には、英霊がうんたらかんたらは目的ではなくて、手段でしょう。靖国参拝の「目的論」を知る必要があります。
ついでに、靖国参拝した首相は長期政権になる傾向があるのは、英霊が守ってくれているからだという人までいるようですが、下記を読むと単に対米従属の官僚に担がれただけで、ある意味構造的に強かったからということのようです。偉くもなんともない。
小泉らが首相の靖国参拝によって中国を怒らせ、日中関係の改善を阻害する策を採った理由は、それによって日本の国是である対米従属策を維持できるからだ。冷戦後(もしくは72年のニクソン訪中以来)、米国は、日本や韓国、フィリピンなど東アジアから軍事的な存在感(プレゼンス)を減らしていく長期的な傾向にある。中国からの誘いに乗って日本が日中関係(や日韓関係)を改善すると、米国は「東アジアは地元の諸国どうしで安定を維持できるので在日・在韓米軍が不要になった」という姿勢を強め、日米同盟は長期的な縮小・空洞化が進む。これは、日本の権力を握る官僚機構が「米国(お上)の意」を解釈(曲解)する権限を持ち、民選された国会を越える権力を持ち続けてきた戦後日本の権力構造の終わり(日本の真の民主化)を意味する。だから、官僚機構に担がれて政権をとった首相ほど靖国参拝にこだわるし、官僚機構と対決する姿勢をとった政権(たとえば鳩山・小沢)ほど、対米従属をやめたがり、親中国的な姿勢になる。
自民党は小泉政権まで、対米従属でありながら中国とも良い関係を保つバランス外交を重んじる長老が多かったが、小泉は首相だった5年間に長老たちを次々と引退させて「自民党をぶっこわし」、対米従属を維持するため中国敵視を煽る戦略に乗せようとした。米国は、01年の911以降、単独覇権戦略をとり、イラク・イラン・北朝鮮の「悪の枢軸」を潰した後、中国やロシアの政権も転覆するだろうと、日本の官僚機構は考えていた。それが小泉の自民党ぶっこわしの背後にあったのだろう。しかし米国は、イラクとアフガニスタンの占領で04年ごろから失敗色が強まった後、中国やロシアの国際影響力を容認し、中露に助けられて世界運営していく方向に静かに転換した。米国は、中国に頼まれると、日本に対し、中国との関係を悪化させるなと圧力をかける状態になった。 (消えた単独覇権主義)
06年9月に首相が小泉から安倍に交代する際にも、おそらく米国から安倍に対し、首相になったらまず中国と韓国を訪問せよと圧力がかかったと考えられる。加えて、自民党内のバランス派(対中協調派)と、対米従属一本槍派(対中敵対扇動派)との相克もあった。その結果、首相になるまで中国敵視の傾向が強かった安倍は、首相になると真っ先に中韓を訪問した。安倍は一回目の首相だった1年間、中国敵視に転じず、一度も靖国参拝しなかった。それが当時の安倍に対する首相就任の条件だったのだろう。小泉のような行動の自由を、安倍は持たせてもらえなかった。だから12年に再度首相になったとき、安倍は、前回の束縛から解かれた反動で、中国敵視の加速に加え、改憲、国家秘密法など、小泉がやりかけたが達成できなかった案件を進めようとした。 (改善しそうな日中関係)
安倍が靖国参拝するつもりだということは、事前に米国も知っていただろう。安倍の靖国参拝を事前に制するかのように、昨年10月3日、日米の外相防衛相安保協議(2+2)のため訪日していた米国のケリー国務長官とヘーゲル国防長官が、千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪れて献花した。千鳥ヶ淵に関しては、靖国神社をめぐる日本国内の議論の中で、戦犯が合祀されている靖国神社でなく、千鳥ヶ淵を、最も重要な戦没者慰霊の場所とすべきだという意見が、リベラル派や公明党などから出ている。首相が靖国でなく千鳥ヶ淵に参拝するのなら、中国や韓国との対立を扇動せずにすむ。 (Shunning Yasukuni would be one way for Shinzo Abe to say sorry)
安倍は米国のメディアに対し「靖国神社は、米国のアーリントン墓地と同様、国のために亡くなった人々を慰霊する場所であり、そこに指導者が参拝するのは自然なことだ」と述べていたが、ケリーらの千鳥ヶ淵参拝に際して米政府高官は「日本で、アーリントン墓地にあたるものは(靖国でなく)千鳥ヶ淵だ」と述べた。米国は、2閣僚の千鳥ヶ淵参拝によって、靖国にこだわる安倍や自民党や右翼でなく、千鳥ヶ淵重視への転換を主張するリベラル派や左翼や公明党(や、かつて靖国戦犯合祀に反対の意をお示しになった昭和天皇)の味方をした。 (Japanese prime minister's visit to war memorial was provocative act)
安倍は、米閣僚の千鳥ヶ淵参拝に機先を制され10月に靖国参拝できなかったが、その後12月に参拝するとのうわさが流れた。米国は安倍に、靖国参拝するなと非公式ルートを通じて何度も要請した。しかし安倍は、米国の要請を無視して年末に参拝した。米国は駐日大使館を通じて、安倍の靖国参拝を批判する表明を出した。米国は、日中関係を改善するための仲裁を準備していたが、それが安倍の靖国参拝によって無に帰したとも指摘されている。 (Japan PM ignored Washington to visit shrine, U.S. official says)
安倍は、靖国参拝したら米国に批判されることを十分に予測していたはずだ。米WSJ紙は「米国に非難されたことは安倍にとって意外だったようだ」と書いているが、たぶん違う。米国の中枢で日本を牛耳る担当者をしているとされるマイケルグリーンが「米政府高官の多くが、安倍の靖国参拝に驚いている」と言ったと報じられているが、これまた「いい加減にしろマイケルグリーン」である。米政府は事前に安倍の参拝予定を知っていたはずだし、安倍は米国に批判されるのを知りながら参拝したはずだ。 (Abe Visit to Controversial Japanese Shrine Draws Rare U.S. Criticism) (U.S. Criticizes Japan War Shrine)
小泉も、米国に批判されながら靖国参拝を続けていた。対照的に、米国に批判されるので靖国参拝しなかったのが、最初に首相になったときの安倍だった。安倍は、前に首相になったときに靖国参拝しなかったことを後悔していると表明したが、後悔の本質は、小泉のように米国に批判されても靖国参拝を敢行すれば良かった、ということだろう。今の安倍にとって、米国の批判は恐れる対象でなく、乗り越える対象になっている。
小泉は、颯爽と好き勝手な発言を繰り返しつつ自民党をぶっこわし、米国の批判を無視して靖国参拝し、うまくいきそうもなくなったらさっさと首相も議員も辞めてしまい、辞めてなお「原発を全廃すべきだ」などと、タブーを壊す正しい「問題発言」をタイミング良く発し、格好良く全国民の注目を集めている。何をやってもなかなかうまくいかない、格好悪さが本質の安倍は、小泉がまぶしく見え、コンプレックスを抱きつつ無茶を繰り返している。コンプレックスにまみれた安倍が独裁的な力を持っていることが、今の日本が抱える大きな危険の一つになっている。
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