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February 12, 2014

「我、六道を懼れず―真田昌幸連戦記」

 元々山梨にいるので、歴史物ではもちろん武田信玄が好きで、個人的なヒーローはやっぱり真田幸村だったのですが、ここ数年俄然私が関心を持っているのが、幸村の父、真田昌幸。最も好きな戦国武将になっています。

 いろいろ調べると結局真田家は昌幸がキーパーソンだったということがわかり、そのキャラクターにも関心がわきました。
 

 昌幸は英雄・幸村の物語では、父親として智謀の策士というイメージで描かれることが多かったと思います。豊臣秀吉から「表裏比興(ひきょう)の者」と呼ばれたり、徳川軍を2回も撃退した上田合戦のエピソードから、煮ても焼いても食えない老人といった人物像で描かれることも多かったようです。大体昌幸だって天下の簒奪者、秀吉に「お前に言われたくないよ」という思いだったでしょうな。

 しかし昌幸を考えるとき、幼い時から武田信玄の側近くに仕え、信玄から戦術、戦略を学びとり、「我が眼、我が耳」とまで信玄に言われて信頼されるようになった成長期を見逃すわけにはいきません。

 昌幸の初陣は有名な第4次川中島の戦い。信玄の側にいて戦況を見つめたり使い番をしていたと考えられます。信玄と上杉謙信の一騎打ちが本当にあったなら、間近で見たかもしれません。そんな激戦の中、信玄の弟・信繁が討死します。その姿に感激したのか、後年昌幸は「信繁」の名を息子につけます。「真田信繁」とは実は幸村の本名です。幸村は後になって人々が呼んだ名のようで、本来こちらのようです。

 信玄亡き後も何とか後継者の勝頼を支え、織田信長を迎え撃つための城も造りますが、時すでに遅く、武田家の内部崩壊がありあえなく滅びます。そこからが昌幸の真骨頂。従うべき時は従い、戦うべき時は断固として戦う、知力を尽くして生き残るという生き方がいいです。

 なんか信玄や信長は人間離れしているイメージがあるけど、昌幸は中小企業の社長が奮闘している感じがあって、共感しやすいですね。

 私の勝手なイメージかもしれないけれど、そんな物語が読みたかった。そしたらそれにピッタリの歴史小説が最近出ました。

 海道龍一朗「我、六道を懼れず―真田昌幸連戦記」PHP研究所

 昌幸が5,6歳の頃、信玄の小姓として使え始めるところから物語は始まります。信玄を師とし、信繁を兄のように慕う少年時代、他の同輩や武田の武将たちとの交流を通して学ぶ若き昌幸、そして上杉や北条、徳川との戦の様子がとても活き活きと描かれています。
 戦国の侍の成長物語です。

 小説の主な舞台が甲斐や信州なので、私には土地勘があるから想像しやすいというのも楽しかったです。

 お休みの時など、是非お楽しみください。

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