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February 17, 2014

孤立の不安

 山梨が雪に閉じ込められて3日。幹線道路は除雪が進みましたが、まだ立ち往生の車は多く、今夜の地元TVニュースでは電車に閉じ込められているのは約600人もいるそうです。雪に閉じ込められたドライバーが駆け込んだ避難所全体に約700人はいて、孤立したホテルや集落はそのままみたいです。コンビニやスーパーはどんどん品薄になってきています。

 私は全仕事がキャンセルで、仕事場・心理臨床オフィス・ルーエまで歩いて、また雪かきして、疲れ切った体を休めていました。何もする気が起きない。

 他県の人は時々勘違いされていますが、山梨は雪国ではありません。東京よりちょっと降る程度、私は雪が降ると子ども心をくすぐられてうれしくなります。そこへ一晩に1メートル以上という豪雪地帯並みに降ったのだからひとたまりもありません。

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 オフィスの窓から見た景色。右側は山梨学院大学です。学生たちが動員されたようで、元気よく雪かきしていました。正面の道路で、自動車がよく滑ってキュルキュル音を立てていました。

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 自動車が通れるくらいには一般道は除雪されましたが、道幅はかなり狭いです。

 国の対応やNHKなど大手マスコミの報道が鈍いのではないかという不満がネットや山梨県民の間からうずまいています。凍死者が出たり、避難所に収容されるといった被害状況が明らかなるにつれてようやく報道が増え、国はやっと動き出しました。安倍首相は3日もたった今日、政府派遣団を組織し上空からの「視察」をしました。県も災害対策本部を設置しました。

 確かに私もテレビでオリンピックを見ながら、イラッとすることがありました。地元チャンネルは災害情報を流すけど、全国的にはほとんど流れていないようでした。周囲の人も同じ思いを抱いたようで、不満を何人かから聞きました。 

 やはり私も「遅い」と思う。
 私は特に深刻な被害はないのでわずかですが、「被災者心理」を感じました。「助けが来ないのではないか」「見捨てられているのではないか」という思いが小さいながらわきました。おそらく多くの県民は同じような不安を感じたように思います。こういうとき、リーダーには現実の支援の手が多少遅れることがあっても、何かアナウンスをしてほしいと思うものです。それがまるでなかった。

 神戸の震災の時の社会党、東北の震災の時の民主党も非難されましたが、安倍首相や今の自民党も感度は似たようなものということです。「国を守る」と言いながら、こんなものでしょう。高岡英夫先生が言う通り、この人には「肚」があるようには思えない。

 地震や津波のようにいきなり破局的事態に至る訳ではなく、「徐々に」事態が明らかになる雪害であったこと、これまでここまでの事態に至ったことがない地域であり「想定外」であったこと、雪が降った翌日が土日で関係機関の職員が手薄であったことなどが、判断の甘さに影響したのかもしれません。
 しかしそのようなできない理由を挙げたり、まして除雪車が足りないなど前政権の民主党のせいにするなんて論外。言いわけではなく、姿勢を見たいのです。男を見せるいいチャンスだったのにね。

  一方NHKは、当初オリンピックに熱中していた感が強いですね。下に引用した上杉隆氏の記事は、構造的にできれば災害情報より、「お祭り」を優先したい気分が影響したという見解です。大いにあり得る話です。先方は言い訳するかもしれないけれど、オリンピックがなければ絶対扱いは違っていただろう。

 幸い私の地域は電気も水道も通り、ネットも使えるのでツイッターやFacebookを通じて、孤立している感じは少ないです。有益な情報も多くあり、やはりソーシャルメディアは小回りが利くのでこういうとき頼りになると実感しました。それだけに違いを感じます。

 こういう非常時は、リーダーやマスコミにはより大きな視点から、迅速な支援の姿勢や被災した人に安心感を与える感度の良い発言を示してほしいと思いました。

(転載貼付始め)

なぜNHKは山梨の大雪災害を報じないのか?

14日から振り続いた雪は、山梨などの甲信越地方を「陸の孤島」にしている。

 国道20号線、中央自動車道、中央本線などの「甲州の大動脈」も、いまだ復旧の見通しの立たないまま、3日目の夜を迎えようとしている。

「県内だけでも、家に帰れず、車の中で過ごしている人々が数百人にのぼるのではないかとみている。凍死や一酸化炭素中毒など死の危険に直面している人も少なくないはず。政府は本当に対応を急いでほしい」(県庁職員)

 ネットの世界では、安倍官邸の反応が鈍いとし、テレビ局も山梨の悲劇を「ぜんぜん報じていない」と大騒ぎである。

 実際、今回の場合、その指摘は正しい部分が少なくない。

 その最大の理由は、ソチ・オリンピックにある。

 日本の場合、オリンピックの放映権は、数年前からNHKと民放で構成される「JC」(ジャパンコンソーシアム)で決定し、電通を中心として広告出稿などのスポンサー割当までをも振り決めていく。

 年々高騰する膨大な放映権料は、テレビ局に取っては死活問題であるゆえに、五輪関連番組はアンタッチャブルな絶対的な「商品」となっているのだ。

 そうなると困るのは、大地震や災害や戦争などが起きた場合の緊急報道である。

 とくにNHKは、政府から非常事態宣言などが出され、緊急災害放送を余儀なくされると困ってしまう筆頭であろう。

 というのも、NHKの災害報道(臨時災害報道も含む)は、放送法(第8条など)で定められ、大災害時には報じなければならないものと義務づけられているからだ。

 ということで、仮に、オリンピックの時期でなければ、甲府放送局初のNHKニュースは遊軍などの力も借りて、もっと充実したものになっていただろう。

 報道か、放送か…

 日本のテレビ局がこの命題を突きつけられたときに、どちらを選択して来たか、云わずもがなであるが、筆者の第二の故郷・山梨にとっては哀しいばかりだ。

上杉隆

(転載貼付終わり)

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