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June 15, 2016

『タモリと戦後ニッポン』

 けっこう話題になって売れているらしいです。
 
 私は芸能人の中では、タモリが一番好きで、普段テレビは観ませんが「ブラタモリ」はもちろん、「タモリ倶楽部」は毎週欠かさず観ています。70年代末、イグアナやハナモゲラ語なんかの妖しい芸で登場し、マニアックでマイナー、カルト的な趣を持って大衆におもねることなく、それでもなぜか大衆にも好かれてお笑い界の大御所になったタモリは本当に不思議な存在だと思います。
 
 対人関係の取り方、こだわりや趣味の持ち方、20年間ほとんど変わらぬ規則正しい生活を維持し続けたところなどから、わかる人にはわかると思うけど、タモリは自閉症スペクトラムに入る人だと思います。その「濃さ」にはいろいろな議論があるかもしれませんが。だからタモリは現代で最も成功し、最も愛された自閉症スペクトラムの人だと思います。
 
 本書はタモリの生い立ちや人生と戦後日本の歴史、特にテレビと芸能界の歴史を重ね合わせた怪著です。赤塚不二夫やジャズの山下洋輔、YMO、たけしやさんま、鶴瓶、SMAPなどが次々に登場し、とても興味深く、60年代に生まれた私は本書に書かれた戦後史のエピソードのすべてを体験しているわけはないのに、共感とノスタルジーを感じました。
 著者もよくこれだけ調べたと思います。
 
 タモリは昭和20年8月22日生まれ、敗戦の1週間後です。まさに戦後の日本とともに育ったわけですが、タモリは典型的な戦後日本人にはならなかった。まさにタモリはタモリという独特なキャラクターになったといえます。それは生来の資質(自閉症スペクトラム的なところ、本書はその辺には気づいていません)と、独特な家族の体験が背景にあったためであることがうかがわれます。
 
 それはタモリの父母、祖父母がタモリの生まれる前、満州で過ごしていたことです。よく知らなかったのですが、戦前の満州は大変先端的な「都市」だったそうです。日本が侵略して西洋機械文明を導入した実験国家で、タモリの祖父は南満州鉄道(満鉄)の駅長をしていたそうです。
 
 タモリの本名、森田一義は、陸軍大臣や首相を務めた田中義一にあやかったそうです(姓名判断で字をひっくり返したらしい)。この点は関東軍参謀・板垣征四郎と石原莞爾から取った小澤征爾と同じですね。
 
 しかも家族は太平洋戦争前に帰国したので、終戦時の悲惨な体験はなく、「満州にはいい思い出しかない」そうで、福岡に帰ってからも、幼いタモリに、満州がいかに良かったか、日本がいかにつまらんかを縷々話していたそうです。
 そこから著者は、「タモリが幼少期より家族からさんざん聞かされてきた満州の話は、彼のなかに都市的なものへの志向と田舎への冷めた見方を植えつけたような気がしてならない」と述べています。
 
 戦後日本の文化の境界付近に常にポジションニングして、クールな批評精神を発揮し続けてきたタモリの原点が満州にある、というのは興味深いです。
 
 ちなみに幸せな生活を送っていた満州から家族が帰ることになったのは、「神道を信仰していたタモリの祖母がある日拝んでいたら、この満州の地はいまに火の柱が立つとお告げがあり、それで家族を説得して1939~40年ぐらいに日本に帰ってきた」そうです。
 
 何気にすごい話です。先ほど自閉症スペクトラムの話をしましたが、典型的なそれだけでなく、何か独特な感性の資質がタモリの家系にはあるのかもしれません。
 そういえば、先日の「ブラタモリ」で伊勢神宮をやったときに、タモリのお父さんが神道が好きで皇学館を志望していたという話をタモリがしていましたね。祖母の影響でしょうか。一見無宗教で唯物論的なイメージのタモリですが、中沢新一の「アースダイバー」が大好きという話も別に聞いたことがあり、意外な精神世界を持っているのかもしれません。
 
 本書にはそんなことは書いていませんが、タモリは極めて変わり者であるにもかかわらず、いつも誰かがサポートしてくれたり引き立ててくれるという人生で、まるで神様のご加護があるかのようです。
 
 芸能界の裏話的な話も多く、小ネタに事欠かない楽しい読書でした。
 

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